詰所夜話
平家物語(自由律に)「prologue」周辺エピソード
部屋の中に皿が置かれ、その中で松の木片がちろちろ燃えている。臭い、煤けた臭がする。せいぜいその周りに座っている男の顔を濡らす程度の光だ。燃えきってきたので一人が小片を入れて灯を継ぐ。
「そんなに顔を寄せては黒い顔が余計に黒く煤けるぞ。」
木片を入れた男がからかう。
「松の火はそんなものじゃろ。それでだな、、、」
「おう。」
「信濃国は山また山じゃが、四つの広い平野があってな。税収が意外とあがる国なんじゃ。信濃守として任期中に決められた税を納めるなら余分に徴収した分を懐に入れる役得が多いともいえるの。さて藤原陳忠というのは仕事熱心な奴で赴任以来決められた税を送っておった。そして懐へもな」
「ふん。」
少し離れ寝転がっていた男がつまらなそうにした。
「清盛まあ聞け。そうして任期が終わり京に帰るために行列を仕立てて出発した。馬を連ね、荷を多数の人足に背負わせ本人は騎馬じゃ。山国ゆえ道は桟道が多い。ある場所を通った時、突然馬が暴れて陳忠ごと崖の下に落ちてしもうた。供の人間はこれはどうしたものかと崖を覗くばかり、ゴホッ!」
「ヤニがきついな。吸ってむせたか。菜種油でもあればな。」
「そんなものが手に入るわけがなかろう。まだ難波に宮があったころ持ち込まれたがついぞ日の本では作りが少ないままじゃ。使うならどれほどの費えか、、、」
「せめて松の埋もれ木のかけらがあれば。」
「清盛よ、それもこんなとこでは使えまい、、するとだな、崖の下から声がした。陳忠のこえじゃ。耳を向けると
『篭に縄を結び下に降ろせ~』
と叫んでいる。急いで準備をして降ろすとやけに軽い。慎重に引き上げるとそこにはヒラタケが山と入っていた。ぽかんとしているとまた下から降ろせという。次はずしんと重たかったのでより力を入れて引き上げると、陳忠が入っていた。大きなヒラタケの房を3つ持ってな。それで橋に戻ると
『落ちた先の木の枝に引っかかってワシは助かった。そうしてみると目の前に取り切れないほど多くのヒラタケが生えておった。取れるだけ取って上がってきたが、いや惜しい。宝の山に入って手ぶらででてきた気分じゃ!』
とこう言った。周りの者は苦笑しながら
『それはえらい損をしましたな。』
と応じていたが、それを聞くや
『まったくそうじゃ!受領は倒れたならば手に当たる土をつかめといわれているのに、大損じゃ!』
と余計に悔しそうにした。そこで年長の目代が
『普段より職務をこなし賢明なあなたでこそ、思ってもみないこのようなことになってもやるべきことを見失わなかったのでしょう。いや、感服しました。』
となぐさめたそうじゃ。」
「ハハハ、あとでこの話を聞く人はみんな笑っただろうな。」
一同が笑っている中、一人笑っていない男がいる。
「楽しんでないのか、清盛。」
「いえ、面白いと。ただそれだけ気が利いてすることが役得とヒラタケ取りとは、と思ったので、ヒラタケが難波に宮があったころの珍味ということは知ってますがね。今のマツタケのようなものかな、と。」
「なんじゃい、そこまで面白くはなさそうじゃの。ではこの話はどうじゃ。今、京の都で話題になっているのじゃが、都の大路のある場所に今夜のような雨夜ともなるとトゲが体中に生えた化け物が光って立つという、、、、」
今昔物語集巻第28
第38「信濃守藤原陳忠、御坂に落ち入りたる語」より
・桟道、、、、崖の段になったところに人や馬が通れるように足場を組み橋板を敷いた橋
・松の埋もれ木、、、松の木を土に埋めて数か月以上置き、掘り出すと朽ちているところと松脂が集まり残っているところに分かれる。残った方は松明としてよく燃える。
・目代、、、、代官。諸国の守として赴任するものは自ら任命したスタッフを自費で連れていって職務に当たらせた。このために役得が必要という面はあった。