東にあるは天与の地③稲穂の湖(うみ)は仏の計らい 後編
平家物語(自由律に)「炎立ちて」周辺エピソード
「お~い、皆んなー。もうすぐ出来るよー。」
クリ村の娘衆が夕餉を用意してくれている。
「ほら智巧さんも早く!」
ノが連れに来た。周囲の男衆の目線が一気に集まる。少し早いがゾロゾロと向かう。近くの地面に土を盛り竈が作られ大鍋が掛かっている。何が煮られているのだろう?匂いだけで腹が空いてくる。
鹿肉だった。丸ごと1頭分が煮られている。智巧は固まった。私度僧とはいえ肉食は、、、。凍りつく僧を尻目に夕餉が始まった。次々と差し出される器に羹が注がれてゆく。美味しそうな食事、そしてクリ村の娘達、盛るのを見ながら新羅村や倭村の若者が声をかける、
「このあと空いてたりする?」
「なんか用事があるなら言ってくれ。」
馬に乗ることに慣れたクリ村の娘衆はスラッとしていて、カッコよさも感じる。そういう娘が盛ってくれて、話もできる。疲れも吹っ飛んでゆくのだろう。
「坊さん、今日も進んだな!」
ジェミン、狩人と打ち合わせていると椀が運ばれて来た。せっかくのもてなしだがどうする?
「智巧、せっかくだ。心の中で読経して頂け。」
恒心がそっと耳打ちしてきたので、覚悟を決めて受け取った。ノがニッコリとした。
「ここ、いいか?」
足助が見るとソドンが立っていた。
「いいよ。」
特に何も考えず答えた。横の平狗が睨んでいると思ったら、ソドンの後ろの奴もこっちを睨んでいた。パシッ、
「睨むなっ。」
そいつの頭をソドンが叩く。しばらくは皆で黙々食べる。すると
「足助ー。」
トゥルの声。まずい、こっちに来る気だ。と思うと
「げっ、ソドン!」
くるりと踵を返すと走り去って行った。
「、、、、、、後で俺の方から言っとくよ。」
「構わないさ。もう他家の娘だからな。」
妙な空気になり坂東のからっ風の様に乾いた笑い声が出た。しかしソドンにとってはこれで話しやすくなったらしい。
「足助、お前はそのうち2年、軍役にも出るだろうが、その後はどうする?」
「へっ?その後?」
我ながら抜けた声が出た。周りが笑う。
「実は俺はもうすぐ武蔵国府に国衙勤めをするんだ。」
足助は驚愕した。庸や労徭、軍役で国府に出向くのは壮丁なら決まっている。でもそこにある国衙で働く奴がこんなに近くにいるなんて。
「親父は昔からそうしろと俺に言ってきた。読み書きや丁寧な言葉遣いもその為に習わせた。」
「国衙で一体、何を。」
「まずは下働きをひたすらするらしい。荷を運んだり、木簡を用意したり、そんなもんだろうな。でもそれで終わるつもりはない。ゆくゆくは国衙内でも重要な仕事を任されるように努めるさ。」
「凄い、、、、。」
「そんなんじゃない、足助、クリ村も新羅村もこの日本では宿を借りているようなものだ。いつどうなるかわからない。なら、力をつければ良い、必要とされれば良い。そのためだ。」
「考えたこともない。」
「クリ村は倭村と繋がりが深いから、呑気さが移りすぎだ。それに倭人の様に暑いからとすぐ裸になったり、女達も気まますぎる。」
「ははははっ!」
急に笑いがこみ上げてきた。真面目な調子でこんな事を言われて妙な可笑しさに囚われてしまった。ソドンが怪訝な顔をしていると、衆が動き始めた。食事も終わって、今日も終わり、だ。
「来年は出来るだろうため池に水を貯める。そして春の田植えの時期に貯めた水を各田に引く。今年は湧き出す水を最大限に使い、米を最大限に収穫するには、、、、。」
仏法衆や三村の男達が打ち合わせを重ねる。倭村の米作りの知識でなんとか初年度から上手くやりたい。
「やり損なったところは次の年に正して取り戻せば良い。水が有るなら必ず有る程度は取れる。」
竹彦が励ますように言う。年が明けて如月もう今年の稲作が始まる。先日、厚めに敷いた落ち葉を土と混ぜた。そして今日は、トゥルが畦道を通り、牧の方に歩く。その後ろを大人達が続く。少女と衆の間に足助。巫女に問う役だ。馬が草食む牧の向こうの野原、タンポポが可愛らしい花を重ねている。神憑きのトゥルが停まった。ゆっくり振り返る、この時の眼をどう言ったらいいのだろう?しっかり見ているのに眼には何も映っていないような、、、。「足助。」狩人が促した。
「祖霊は山から来ておられるか!」
声が上ずった。
「この花咲きを見よ、子孫と働くためにきておられる。」
普段の声とは違う静かな威厳に満ちた声が応える。
「なれば今宵は宴を。もてなしましょう。」
「良き!」
足助の方に歩みだしたトゥルがガクッと未来の夫へ倒れ込んだ。
「馬を、早く引け。」
少女を乗せた馬を先頭に村に戻ってゆく。それを最後尾で見ながらソドンは生まれ育った山や野、向こうの村を目に刻み込んだ。もうすぐ武蔵国府に出発する。故郷とはお別れだ。少年ソドンは村に置いてゆく。国衙で働くは若者になったソドンだ。
「人、祖霊共に、、、栄えよ、我が故郷。」
この年、稲の生育は良かった。神の恵みか仏の慈悲か?長月の終わりには黄金の稲穂が波打つ田がそここに出来た。嬉しいが刈り込みが大変だ。倭村衆に教えられクリ村総出で穂を刈っていると新羅村からの若衆先頭には
「ソドン!久しぶりだなぁ。」
足助は思わず声を上げた。半年ぶりだが随分大人びている。
「国府から三日前に帰省した。昨日までは新羅村の今日はクリ村の稲穂刈りよ。」
「これが租として国府にもってかれるのは何ともイヤなものだね。」
「まだ猶予される。国も始めから、根こそぎ、をするほど非道じゃない。」
「どーだか。」
そう言って笑い合った。すぐに穂を刈り始める。トゥルはいつの間にか向こうに行っていた。まったく。
収穫が終わった田には火を打つ。あと一歩の春小麦に火が移らないように気をつけて。でも火打ちはお手の物だ。村を覆う煙の中でもため池は掘られ続けていた。
「随分進んでいますね、智巧さん。」
声に振り向くとノが立っている。
「工人も雇っているから普請が速い。三つの村の衆もみんな来ているからどんどん進む。年明けぐらいには行けるんじゃないか、と。」
改めて感じる人の力の偉大さよ。
「ふーん、、、、そしたら智巧さんは?」
「とりあえず武蔵国内で次の場所を探そうかな。色々話が来てるからね。」
「〜〜〜〜」
「?」
何かを小声で言うとノは去って行った。
「こ、こんな所でソドンは勤めているのか?」
平狗、竹彦はぽかんとしている。冬の庸で国府に来ているついでにソドンを訪ねる新羅の若衆についてきたのだ。足助も用がある。外で待っていると出てきた。
「よっ!新羅の大将!」
お調子者のコラムの声に照れたような顔をした。
次に足助。鹿の裘を持っている。
「租免除、労徭の今年の免除の口利き、ありがとうございます。せめてものお礼に。」
大事そうに差し出されたものを、大事に受け取る。
「国府が開拓の促進に優遇には寛容だったからな。下級官人でもなにか出来たかな?それで、池はどうだ?」
「年明け頃には出来る。二年前には村外の高所だったのに、ウソみたいだよ。」
「そうか、、、、。」
これが仏の御力なのだろうか。
「おい!ソドン!クリや倭の連中とばかりしゃべるな。故郷を忘れたか。」
からかうような声が飛んだ。
「官舎でも帰り道でもさんざん話すだろう。急かすな。」
庸からの帰りに共にソドンも帰郷するのだ。
年が明けて睦月、池は完成した。この地に穿たれた大きな穴。そして山からの水を貯める恵みの源。
「工人、仏法衆、三村の衆、おめでとうございます。労苦が実り、ため池はここに出来上がりました。」
智巧は人々を前にこう切り出した。
「この池にはすぐ水が流れ、山の豊かな水が満ちることでしょう。仏の人に向ける慈愛のように。この池がかりでこの地には今までにない富が生まれます。我々、仏法衆はこの年々の実りのいくらかを払いとして頂き、武蔵国の地に道や池を新たに開いてゆきます。この地の富が国を巡り、会ったこともない人々を富ませ、新たな生を導いてゆくのです。それを成す元となる皆様こそ仏の教えを体現する者達、仏に繋がる仏性を発した者、仏と言うべき者です。どうぞ自らの力を誇ってください。そのような人々が住む地を称して言うのです、(仏国土)と。」
雨が山に野に降り染み込むように、言葉が人々の中に刻まれる。その中を一人の娘が歩んでくる、狩人の娘、ノだ。突然跳ねるように智巧に飛びつくと叫んだ。
「他になんて行かせないから!狩人の娘ノは今日から智巧の嫁となります!」
「「「「「「なにいぃーーー!」」」」」」
「わっせ、わっせ、わっせ。」
弥生の頃、水の満ちた池に向かう人の群があった。一人の僧を担いでいる。
「手荒なことはさせないでね!私の伴なんだから!」
ノが心配そうに見ている。狩人がなだめるように
「倭村では村の娘を娶ったよその男はこういう祝いを受けることになっている。俺もやられた。心配するな。」
堰に着くと
「そぅら!モテ男殿を放り込め!」
竹彦が叫ぶと智巧の体が宙に舞い、バシャンっと水に落ちた。
「引き上げろ!」
棒が差し出される。掴んで上がりだすと、途中で放されてまた落ちる。それをもう一度繰り返し、ようやく上がることが出来た。ノが慌てて走り寄る。
「これで祝いは終わりじゃ。これからは智巧殿は倭村にとっても身内、共にあるものぞ!」
ワッと歓声が上がる。
体を拭かれながら智巧は思った。この民の奔放さに畿内も坂東も違いはない。この地に芽吹き茂る草の様な、、、まさに「民草」の中に縁を結び働きかけてゆく、そしてこの地の仏法の広がりの一つの表れとなる、それは私度僧である自分に示された道なのだろう。
「さあ、婿殿を馬に乗せろ!村へ向かうぞ。」
クリ村の若衆が群がり馬に乗せ、手綱を取るは足助。後ろから新羅若衆が歌声を響かせついて行く。
春、弥生、祖霊・人共に働く季節が今年も始まる。
男性名より女性名の方が適当につけている感が強いと感じるでしょうが、これにも理由があって近代以前の女性名の適用さを表現しておかなければ、と思ったからです。戦国時代に織田信長の娘で「茶々姫」が居ますが、柳田國男によると実際の呼び方は「ちゃ」であると。その母お市の方は身分の割に「いち」ぐらいの呼び方だったし、濃姫は「の」ぐらいの呼ばれ方だった。
とにかく個別の確認が出来さえすれば良いという名付け方が男性名よりもはるかに長く続いていた、そういうかつてあった名前感の世界を表現したいと思い、男性名と女性名は差をつけています。




