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東にあるは天与の地③稲穂の湖(うみ)は仏の計らい 中編

平家物語(自由律に)「炎立ちて」周辺ep

ザクザクザク。

山の土が穿たれる。智巧も村人を指図しながら掘る。自らの体も使って働くことで周りを励ませ、そして些細な工事の機微を見出してゆけ。畿内の事業の中で学んだやり方だ。というよりこうしないと人は動かないだろう。まずは区画の表面の土を掘り、それが終わると一枚一枚土の皮をはぐように掘ってゆく。時々、土を検分する。湿気を持っている。

「湿気ではだめだ。水が出なくては。」

つい口に出る。いや、こうするべきだ。

「ハーーーッ、ヨッセイ、ヨッセイ土を掘りゆく、仏の御手!」

節を回して調子リズムを取る。調子にのせるのではない、人の集団の律動を読み取り、それにかぶせる。それから動きを導いてゆく。静かな森の中に掘る音や人の息遣いだけでは徒労感が出てくる。出始めてくるとこの調子を使って集団の動きを励ます。これも学んだものだ。経文と同等に身にしみこんでいる。

きょとんとしていた狩人やジェミンたちが聞くうちに掛け声に身をゆだね始めた。

「土を掘れ掘れ、石をば運べ、土や石が動けば経文一唱、仏国土への道が進む!ハ――ッ、ドッコイドッコイ。」

智巧自身が土を掘る音の調子リズムを大きく響かせ、ダレが出て来たと見るや、うたを謡う。すると人の動きに力が戻る。

「坊さんよ、そういうことなら働く必要はねぇ。指図に徹してくれな。」

狩人が言ってきた。笑みが浮かんでいる。人の集まりがノッてきている。ここからは自分は指図に徹するべきだろう。

「ハァーーーッ。仏の意志に導かれ、いざいざ動く民草に、道は成る成る、橋も成る成る。」

身体を手で叩き音を出す、そうしながら掘り出される土を見る。小石が少し増えた。

「おもしろーい!」

見るとクリ村の子供たちが集まってきている。響く歌が楽しみに飢えた子供達の耳を引き付けたのだ。?向こうの方から子供が何かを乗せた馬を引いてくる。足助とノだ。近くに来ると荷を下ろすかめと何かが入った袋、薪、何をする気だろう。気づけば浅く地が掘られ、石が組まれている。集まった女子供が足助とノを助け動く。据えられた瓶に袋を傾けると水だ。数人がかりでもって注いでいる。あの水を入れた袋は何で作っている?

「足助、それじゃあ伐ってきて!」

ノが薪を入れながら言う。山の斜面に入った足助の手の小刀がさっと光った。枝が落ちてくる。こっちでは火がついている。手際が良い。

「良い枝だね!さすが足助!」

水を熱しながら青葉の枝をあぶっている。

「狩人、あれをするのか?」

「ああ、休憩を楽しみにしておいてくれ。」

集まった男も女も何を作っているのかわかっている様子だ。土を掘る音が強くなる。張り切っている。

あぶった枝は湯の中に突っ込まれてそのまま沸かされている。嗅いだ覚えのある良い匂いがしてくる。茶!?こんな田舎で。

「智巧殿、あれが冷めたら休みませんか?」

狩人が言ってきた。

「そうですね。そろそろと思っていたところです。」

あと一仕事ぐらいしたあたりか。


「ほれ、この器を使いなされ。」

グス爺と倭村のコマル爺が木彫りの器を多く持ってきたところで休憩となった。思ったより進んでいる。あとは結果が欲しい。瓶の人肌の温かさのお茶を皆で掬い飲みながらそう思う。掘り出された土は水気が多い、イケる。そう思うが出るまではハラハラする。井戸が出来てもしょうがない。求めるは水路の水源。そう思案していると、祈っていた。

「そろそろ始めましょうか?」

狩人の声で気づく。ゾロゾロと戻ってゆく。

「皆んな、頑張ってー。」

そう言うとノは馬に乗って帰っていった。若い男達の視線が去ってゆく騎馬のノに集まるのは眩しい太ももだけではない。なんと速いものだ、まるでつむじ風、、、憧れに似た目を襲歩ギャロップで馬を駆るノに向けている。

「この世が仏の慈悲であふれるように、あふれ溢れる水のいで、いざいざ掘りて迎えよう、、、」

そろそろでてくる頃だろうが、と思案した時だった。

「智巧!み、水が!」

ジェミンの叫び声が上がった。ここにいる全ての目線がジェミンの足元に集まる。濁った水が湧き出している。ガバッと被さるようにグス爺が伏した。

「ここ、ここで、こんな浅い所で水が、、、、ありがとう、ありがとうございます、、、、。」

じっと見ていた狩人が横に目を向けると智巧が手を合わせていた。小さく震えている。

「ここにも仏国土、仏国土が。民自身の力で、、、。」

呟いている。祈りが周りを満たした。

そして日が傾いてきた。今日はここまでだ。


「水が出てからも大変なんです。膝まで浸かって土を掘り下げないといけませんので。」

「なーに、数十年待ち望んだ水だ。皆、ツライとは思わないさ。それこそ海の向こうで培ってきた我らの強さでやり遂げる!グス親父も明日は儂も掘る!と張り切っていたからな。」

はははっ、と狩人が答えた。さっきまで話を聞いていたノも足助も寝息を立てている。日が昇り起きたら、また騒がしいだろう。


「今日は新羅村が用意する期待しておけ。」

水に足を入れ掘り出すとジェミンが言った。向こうでコマル爺やグス爺がひょこひょこ土を運ぶのを若者たちが止めている。

「今日も茶が?」

智巧は昨日の味を思い出した。ごくほのかに苦みが感じられて渋みがなく、飲みやすい、乾きがあっという間に潤された。思い出すだけで喉が鳴る。

「坊さんよ、昨日と同じと思われたら困るぜ。何せ強国新羅の裔の新羅村だからな。」

見に来た女子供まで掻き出された土を運び水源は深まる。深さはこれぐらいで十分か。

「さあ皆さん、新羅の茶をどうぞ!」

滅多に村外で姿を見ない新羅村の女達がお茶を運んできた。

「坂東でこんな本式の茶が楽しめるのか、品も良いものだ、、。」

「流石。これは山茶ではありません。村で作っているものです。どうも我々に付いて海を渡ってきたらしいのです。」

茶ノ木に足が生えて避難民達に混じってきたとでも?

「不思議なことに誰も新羅を出る時に茶ノ木の種は持っていなかった。しかし村の草分け達が畠を開き、家を建てた頃、村の一角にいつの間にか生えてきたのです。故郷で飲んでいた茶と同じ味わいの木が。それ以来、この味が村と海向こうの故地を繋いでおります。まあ、今は亡きシルラ爺から聞いた話ですが。」

「、、、、千里を越えて故地を想うよすがとなっている、、、。」

「味が良いから倭村にも種を植えて作ってるんだ。良いものを貰ったよ。」

倭村の若者、竹彦が言ってきた。

「クリ村にカナが嫁入りする時にはそこにも分けたんだ。もうちょっとで楽しめるようになる。」

そういえばそれっぽいのが生えてたな。

この後、数日の働きで水をたたえる水源ができた。東国における小さな一歩だ。


「冬に庸が終われば、水路を掘りましょう。それからため池を。」

クリ村の集まりに新羅、倭村の衆も来ている。

「ため池が最後で?」

稲作が分かる竹彦が尋ねた。

「まず水路で水源から水を通せば来年にもいくらか米が作れます。そうしながら2年を目途に池を掘る、そうして一気に田を広げる。それが良いでしょう。」

智巧は言った。村で米が作れるようになると池を掘るやる気も増すだろう。力を最大限に引き出す工夫だ。

「庸はともかく労徭はどれくらいになるかだな。」

狩人が言う。ここらへんは読みづらい。

「水路、ため池は話を通している工人集団に任せて、人手を出来るだけ出してもらえれば国との兼ね合いは楽ですが、、、、。」

やり方は色々ある。一番早いのはすべて任せる方法だ。

「坊さん、その費えはどれほどになる?」

ジェミンの問いに真正面に答える。

「米が出来た時の収穫の一割それを数十年、大体それぐらいです。」

周りからため息が出る。「それは無理じゃ」「租よりも高いな。」そうだろう。

「水源の時のように村の人手で補って、重要な所だけと言うなら、もっと少なく出来ます。ただ冬や夏の厳しい時に、、、、」

「それでいこう。海を越えた我々にはそれを成せる。」

狩人が静かに言った。方向が決まった瞬間だった。

工人には水が土に染みこまない工夫、堰止めをしてもらう。労力は村。智巧は全体を統べる役目だ。開始は冬。ようやくここまで来た。しかし、これからでもある。

散会した後になんとなく狩人と話が始まった。

「大君の居る畿内の人は、アンタみたいな人が多いのか?」

「それこそ人によりけり、ですよ。」

「そうやって他人に尽くしているのは我等には信じ難い。仏法を奉じるとそうなるのか?」

「、、、、我々は仏縁を求めて繋げる者、いや、或いは、、、新羅村の茶ノ木はいつの間にか在り、周りに求められ広がっていっている。あの様な者。茶ノ木はただ懸命にそこに生えているのみ。人がひたすら求めているのです。そして広がった先で人々を憩わせている。求められるまま応じている。ただそれだけ。」

「この村を開いた爺さんのダルスは畿内を通った。俺も出来るなら畿内に行ってみたかった。」

「武蔵国府とは段違いですよ。」

そう言うと笑った。自分のごとき若造が知った風な事を!


冬に備えて武蔵国府に居る仲間に伝えると春小麦を刈った頃にもう一団が来た。

「足助、久しぶりだな。暇だから早く来たぞ。」

「おっちゃん。掘り始めるんだね。」

この一帯の熱気が工人も仲間をも煽ったのか。工程を話す。足助達、子供が珍しそうについてくる。

夏の終わりに一足先に始まった工事は、代わる代わる周辺三村の村人が働きに来た。ここの人は自ら動いている智巧は思った。経験上、民が乗って動いていると進みが速い。地に血管のように細い水路が進んでゆく。

「智巧。お前はもう民に仏法を説いているのか?」

「いえ、まだ。」

「それにしてはここの人々の目は既に明るさがある。道の一つでも通した後のようだ。」

「頼れるもののないところから村の草分けをした者達の心ゆきかもしれません。」

話している所に蹄の音。集団の目線が即座に移る。

「智巧さん、おじさん達。お茶を煮るね!」

「ここの娘達は、皆、馬に乗るのか。奇景というべきか。しかし、あの姿は悩ましく男衆に映らないか?」

「ははは、、、、しかし、良いところを見せようと張りきりますよ。」


カナが嬉しそうに言った。

「アナタ、ノに縁談がいくつも来ているの。これであの子も蓮の葉を逃れることが出来そうね。」

足助ダルスが決まったと思えば、ノも。まあ本人がどう思うかによるかだな。」

「もう!女の子は手を引いてもらえるうちに縁づかないと。女盛りは短いのよ!」

そんな親の会話は知らず。ノとトゥルは井戸から水くみだ。

「ねえ、トゥルちゃん。」

「何?ノ。」

年下だが何故か呼び捨てだ。だが気にしない。

「なんで足助を選んだの?それが分からなくて。」

トゥルは歳の割にませた表情をした。

「他よりマシだから!」

ノはポカンとした。

新羅村ウチってさ、男が偉そうなんだよね。なんかおんなじ兄妹でも、もう娘は男の所有物ものって感じで。」

「どこでも、でしょ。」

何故、わざわざ言うのだろう。

「ノ、そうじゃない。ウチは大勢で移住してきたから、村の中だけで婚姻してきた。オモニは外から来た珍しい人。だから驚いていた、すごく村内の女って窮屈。クリ村や倭村はノビノビしているのに!」

怒っている。少女の身を震わせ。

「もう前から口約束だけど近くのソドンと私は婚約するって話だったの。その話が出た途端、ソドンのヤツ、俺のオンナ、みたいに!他の男と話すなとか肌を見せるな、とか!ゲホッ。」

むせた。それだけ感情的になっている。

「もう、すごくイヤ。でも仲の良かった達からも離されて、何も出来なくて。だけど、時々来る足助は親類って事で会えて。それで水運びとか、重い物を動かすときは普通にやってくれて、、、嬉しかった、、、。」

「クリ村は男も女も手が空いてたら何でもしなきゃいけないからね。」

「だからクリ村に行きたいと思った。足助の居る所で。」

耳まで赤くなっている。そっとノは抱き寄せた。足音が近づいてくる。足助だ。顔が赤いトゥルを姉が抱いている。少し戸惑っている。

「足助、なに?」

ノの腕の中から明るい声が飛び出す。もう笑顔だ。

「牛馬の世話が済んだ。水汲み手伝うよ。」

「もう!それぐらい出来るのに。」

そう言っているうちにもう水を汲もうとしている。

「後で水路見に行こう。」

「またぁ?掘ってるの、そんなに見たい?」

微笑ましい様子だ。人を好きになるって、いいな。

「足助!」と声を上げる。2人がノを見る。

「アンタやるじゃない!」

そう言って井戸に水汲みを放り込む。


今日は新羅村の若者が来ている。一人、熱心な者がいる。

「工人さん?ここの土は水を吸い込むけどちゃんと流れますか?」

「小僧、儂は菅彦だ。工夫が必要だな。水路の土を徹底的に踏み固めるだけでずいぶん違う。他にも小石を敷いて踏む、石畳を敷く。工法は様々だ。量が少しなら切った竹を渡すということも出来るぞ。」

「そう、、、、ですか。」

「こんな話、面白いか。」

「はい!」

「手伝うだけあって、変わり者だな。」

言っているうちに日が傾いてきた。

「ソドンー、帰るぜ。」

若者一行は去って行った。この分なら冬までには水路掘りは終わる。快調だ。


晩秋に春小麦を刈り入れる。そうすると庸の季節だ。今年から足助も行く。

「来年からの池掘りにも役立つだろう。そう思って努めてこい。身体には気をつけてな。」

留守のグス爺はやや気まずそうに言った。側で見送りに来たトゥルが足助の手をずっと握っている。

「足助ー。お前、村に残れよー。」

周りの若者達が冷やかしている。ぎゅっと足助は片手をを重ねた。

「見送りはここまで、行ってくる。」

手が緩むとそのまま離れていった。そこで一度振り返り手を振る。20日の庸、しばしの別れだ。


庸には智巧もついて行っている。

「武蔵国府で骨休めをして来い。帰ってきたら池で忙しいぞ。」

仲間の恒心の薦めに押し切られてついてきた。疲れてはいないが。国府に来ると武蔵国分寺が智巧らの集まりに話を聞きたいと持ちかけてきた。これは良い。畿内で出来なかった国や国家仏教側との協力がなるかもしれない。むしろこちらのほうが忙しいかもな。

合流した新羅村の壮丁とも一緒に働く。その中の数人がクリ村の衆の中にいる足助を見て目つきが変わった。しかし作業に忙しく気付いた者はいなかった。

「クリ村の衆よ、その水を入れる袋を譲ってくれぬか。」

「その靴も、良い値をつけるぞ。」

作業中も国府の人間が声をかけてくる。牛馬の皮を使った道具はとにかく色々な人が求めてくる。特に内臓の膜を内側に張った革袋。水を持ち運ぶのに便利で引く手が多い。

狩人ガルド、もっと高値に釣り上げろ。それでも売れる。」

倭村の竹彦が耳打ちする。どうもクリ村の男はやりとりに向いていない。

「あと、あそこの鹿のかわごろもも売ってほしいのだが。」

これは断った。頭、上半身、腕を覆う裘は作るのに手間がかかる。そして出来ても新羅、倭村の衆にまず渡す。抜群の温かさを誇るこれは数がない。

足助は村で皆が暇を見つけて作っているものが国府の住人にもこれだけ求められているのを見て驚いた。こんなに価値のあるものを作っていたのか。庸から帰ってくる男達が多くの物を携えて帰ってこれる理由を知れて胸がときめいた。

足助ダルス!坊主のとこに置いてる袋を持ってくるんだ。高値でとっとと売り切ってしまえ。」

ジェミンの声が響く。今年は智巧の案内で彼らの宿所にも分かれて泊まっている。

「〜〜〜〜!」

もう駆け出している。自分達のための労働はとても気持ちが良い。後ろを若者達が追っている。その時、ふいに

「クリ村、狩人の息子、足助よ!」

声がかかった。振り向くとガツン!と衝撃が世界を揺らした。よろっと堪えた目に長身が映った。目がつり上がっている。怒相だ。その後ろから

「ソドン、ここでやるんだな!?」

の声、沢山いる。

「村の娘をさらった落とし前、付けてもらうぞ。」

口調はやや丁寧さがある。しかし怒気に満ちている。自分はウカツだなと足助は思った。トゥルが「嫁ぐ話になってた男」のことは告げていた。しかし、それが時をおいて、狙って突っかかってくる、その事には思いが至らなかった。心の中に殴られた怒りと痛みの恐れが入り混じる。しかも先手を取られてる、不利だ。突然殴られた瞬間の怒りを必死に思い出し、心に火をつける。

「足助、くじけるな!」

「負けて戻れるものか!」

既に囲まれている。その外側からクリ村の仲間が声を上げる。体中に血が押し寄せめぐるのを感じた。

歯を強く食いしばり前に出る。ゴッ、蹴りが当たった。手で防ぎ耐え、組み付く。簡単に引きはがされて突き飛ばされる。新羅村の囲み手達が受け止め、中央に押し戻された。このままでは負ける、、、。

「トゥルがどうであれ気にはせんがな、、、。村から女を盗る奴は許さない。それだけは思い知らせる。」

「、、、、、、っ!」

勝機を見出さねばならない。でかい相手に勝つには、、、。一瞬後ろに引く。相手がピクッとした瞬間、前に奔る。慌てて蹴って来た、、、脚を狙って!つかめた!にぶい衝撃が脇に響く。

「、、、っ!あ、、放せ!」

ガツン!拳が頭に当たった瞬間、体中の力を振り絞り脚を上に跳ね上げた。上体が揺らいだところを全力で押し倒した。上に乗る。あとはめちゃくちゃに殴り続ける。

「ああああああああ!」

「う、、、く、うう、、、。」

耳にドカドカ足音が聞こえる。新羅の若者が輪を崩し、止めに来ている。

「おい、やめろ!死ぬだろ!」

むこうの方でも騒いでいる。喧嘩の熱に当てられてもみ合っている。

「やめろ!やめんかぁ!国府で騒ぎは許さんぞ!」

向こうから役人が走ってくる。しかし足助には見もしないし聞きもしない。絡みつく手を振り払い、ただ殴っている。ガチッ、体が固められた何人もが組み付いている。体の動きが止まると意識が急に闇に落ちてゆく。


「申し訳ない。」

ジェミンは狩人に頭を下げた。側にはソドン。まだ寝込んでいるのを無理に連れてこられている。狩人の横にいる足助も体中が痛みだらけだ。

「大体、若いころは荒っぽいことをやりたがるもんだ。人死にが出なくてよかったんじゃないか?」

狩人が足助を見る。どう言っていいかわからない。勝った高揚はすでになく、痛みだけが残っている。その中でなぜか目の前のソドンも痛いんだろうな、、と思っている。ずいぶんと荒れ狂ったものだ。

「俺もどうしていいかわからずに、ずいぶんと殴って、、、、ごめん。」

しんどそうに佇むソドンがはっとしたように見る。視線が絡みつくと、頭を下げた。

「役人がカンカンだ。明日、仲直りして話は済んだと言いに行こう。」

狩人がそう言うと異論は出なかった。


騒ぎはあったものの、庸は問題なく終わった。村への帰路を急ぐ。早く池を掘りたい。

「へっくしょん!」

隣の平狗ヘングが大くしゃみをした。鹿のかわごろもを売ってしまっている。

「お前は、、、これから冬の盛りだって時に裘を手放す奴がいるか!」

「へへへ、だってよ鉄の鍬を数本持ってきたんだぜ?あんな古いものと引き換えに。家にゃ新しいのをしつらえてるから売った方がいいだろう。」

ワイワイ言いながら帰る。その中に智巧もいる。武蔵国分寺との話は結局、自分たちの意義を説明しただけで終わった。ただ、ため池掘り用の鉄製の道具は貸してもらえた。とりあえずの収穫はあったと思うことにした。あとは結果を出すこと。それだけだ。


「智巧さん、お帰りなさい。お茶を煮るね。」

村での出迎えでノが言った。側ではトゥルが足助と手を取り合っている。帰って来たと感慨深くしていると恒心に下見に誘われた。

「ため池の範囲を見てみたが、土は掘りやすい。人数さえいれば仕事は早く済みそうだ。多分水を通さないところまで早く掘れるだろうな。」

「そうですか!村の衆も励むでしょう。」

「、、、、智巧、お前は水源、このため池、水路、これをどのように思いついた?」

「と、言いますと?」

「水源からの位置、高低差、水の流れの配置、よくできている。思いついたときに、人から何か聞いたか?」

「、、、森の方に清水がかりの山田があると聞いたときに、小高いところ、そこから畠に至るところが光って見えたのです。そういうことがありました。後で考えてみると、ため池、水路の位置にぴったりだとは思いましたが。水源は泉の下の方で当てることが出来て幸運でした。」

「畿内でいる時に、師から言われたことがある。橋、道、堰、ため池、、、作るべきものがある場所はそれ自体が光を放つように佇んでいる。そここそが人の世を栄えさせる要点。仏の導きの指し示す場所、だと。お前はそれが見えるようになっているのかもな。」

「兄弟子、、、」

「集まりの中でこのことは伝えておく。国家から離れて、在る我々にはそのような才を持つ人間が一人でも多い方が良いからな。」

「まずは、成ってから、ですがね。国府の仲間も乗り気になっています。」

仏法を信奉する我らの働きに世界が応えつつある!不思議な高揚感が智巧を満たしていた。

数日休んでもう池を掘り始めている。関東平野のからっ風吹き付ける中、集まった村人は元気だ。

「話には聞いていたが、いやはや奇観だな。」

村人の格好を見て恒心が目を丸くした。鹿の首の皮を頭巾フードに、身体の皮は上半身を、足の皮は袖に。一つながりのかわごろもを着ている人夫の姿はまるで鹿が立ち上がって働いているようだ。それが集団で動いている。

「国府で噂の(鹿の人夫)、奇妙だが、なるほど暖かいだろうな。」

この寒さの中動きが良い。雪がそこまで積もらないここいらなら冬の間にかなり進みそうだ。


「ハーッ!先祖おやのくださる山の水、流れ流れて池が成る。仏の御手に導かれー。」

智巧の声が三つの村の働き手を励ます。その声をやって来たノがうっとり聞いている。

「コマル爺!いい加減にせんとケガをするぞ!」

倭村の若者達がヨタヨタ土を運ぶコマル老をからかっている。

「お前らや倭村の奴らのああゆう所がどうかと思うんだよ。失礼だろ。」

ジェミンが狩人に呟いた。こういう時には老人は引っ込んどくのが良いと言うのがウチらの流儀で失礼ではないのだがなと思ったが、狩人は言わなかった。隣にいても新羅村の慣習もクリ村には分かりにくい。それでも共にあることはできている。今はそれで良い。その横を足助が土を運んでゆく。重い。張り切っても足が進まない。まだ14歳だ。もう少し少なくすれば良かった。そう後悔していると土の袋を誰かが持った。

「っ!ソドン!」

思わず声に出た。

「荷が勝ちすぎている。手が要るだろう。」

それだけ言うと黙々と手伝った。土捨て場に着く。捨て終わると何も言わずに戻っていった。力持ちだな、去ってゆく後ろ姿を見てそう思った。よく勝てたものだ。

冬の工事だが鹿の裘のおかげで寒さに縮こまることなくひたすらに掘ってゆく。仏法衆、工人、村の者達が力を合わせ自らの為に働く。税の為ではない。

「これが人の力、、、、。」

人数の割に進捗が早い。この労働は自分達のものだからだ。そしてこの活気に満ちた働きこそが仏国土を招来する。智巧は動き回る民草を見てそう思う。師、行基の教えが身のうちに染み込んでくる、そういう気がした


茶、、、日本にとっては外来種。しかし縄文時代の遺跡から化石が出土する史前移入種。野生化した茶ノ木は「山茶」と呼ばれることもある。

蓮の葉になる、、、、後継ぎがなく、死後、血食してもらえなくなる事を昔、こう言った。そのような霊は縁のある生者のお供えで飢えを満たすことになるが、直系ではない彼らは器でなく木の葉或いは蓮の葉等大きな葉で供え物を給された。「蓮の葉になる」、一昔前まで使われていた「蓮っ葉娘」といった単語はこの祭祀方式が元になっている。

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