東にあるは天与の地②坂東大開拓時代(ワァク・イースタン)
平家物陰(自由律に)「炎立ちて」周辺エピソード
668年、高句麗滅亡。新羅北方と唐東方にある国が百済に続いて滅亡した。「半島情勢は複雑怪奇」であった。百済の滅亡時に続き避難民が倭国に押し寄せ続けた。そんな30年近くの大量流入期のある時、倭国に向かう船の中ににやや毛色の違う集団が紛れ込んでいた。
「海の向こうは混沌としているな、、、。」
大君大海人は報告を受け、言った。無論歓迎だ。多くの未開地を抱え人口はいくらでも欲しい。
「坂東の武蔵、上野、下野に伝えろ。避難民による開拓により尽力するように、とな。」
「家畜が多くないか?」
対応の官吏が気づいた。服装も少し違う。ただ高句麗から来た民には違いない。馬や牛の群れを巧みに操る様子は手慣れた、、、というより先天的な物を感じる。とりあえず農耕従事の庶民と報告した。他の集団とは壁がありそうだが。しばらく居留地で留めているとそこら辺の土をかき、種を撒いている。
「平地にいる農民というより、山地のまつろわぬ民に似ているかもな。」
話が広がるにつけ経験豊富な者が言った。
「そういう者がいるのじゃよ。移動を繰り返し、行く先々で野や斜面を焼き、蕎麦や蕪を撒きそれを食べて暮らしている。数年経つと住処も何もかも畳み、去ってゆく。変わった奴らがな。」
どうも他の連中と言葉も少し違う。そうして家畜が死んだの、他の連中が畑を荒らしたのと揉めているうちに移住先が決まった。行く先は武蔵国。しばらく留まってから去っていった。移動は極めて迅速だった。
「ここがお前達に与えられた土地だ。近くに海の向こうにからやって来た集落もあるから助け合うようにな。」
役人はそう言った。国家の助けは当てにするなと言うことか。周りを見る。大和国とは樹相が違う。照葉樹は少なくなって針葉樹がかなり混じっている。手つかずの割に草原もある。自分達が生きてきた半島の北の草原に大和国よりは近い。土は、、、、何だろう、軽い。フワッとしていて水を貯めない感じだろうか?
「ここが新しい、我らの地。」
ダルスはやっと口を開いた。いつぶりだろう?
80人ほどの集まりが広がって探索する。
「広い草原がある。家畜はそこで放とう。」
「向こうの森は大木だらけだ。こちらの林は下生えも多くて、明るい。乾燥しているから燃やすなら今だ。」
「居はそこで。」
疲れているが陣割はすぐに決まった。今日はそこまで。後は休む。
「親父、僕はてっきりもっと拓けた所に行けると思ったのに。せっかく決意して、、、」
「グス、言っても仕方がない。ここは我らが力を尽くす地。」
「話に聞いたけど、二昔前に秦王の末裔だと吹いていい土地を貰ったのも居るらしいよ。なら僕らも高句麗の支流だとかで。」
「グス!偽りを吐くな!」
横で寝ていた娘のネがびっくりして起きた。
「ここで留まり土をひっかくことにしたが、草原での心まで捨てるな!」
「、、、、、」
望んだ移動ではない。高句麗に唐・新羅の連合軍がなだれ込んできた時、その混乱と切迫の中でやむを得ず逃げた。津からの船に突っ込み、東の倭国にたどり着いた。その更に東に今、流れてきた。何一つ望んで事ではない。
「我らの地は移るたびに農人に奪われ狭まっていった。そして動乱が始まると(まつろわぬ)とされた我々は国軍にも蹂躙された。もうたくさんだ、どこか、誰のものでもない地を見つけ自分達のものとする、そのためにどのような苦しみがあろうとも!しかし、心が濁ってはダメだ。グスそれだけは守れ。」
目が潤んだ。「うん、、、。」そう言うとグスはネを寝かしつけて自分も寝息を立てはじめた。
火を入れる時は気をつけなければならない。堆積物が分厚く積もっているから火の勢いが凄まじい。ボンヤリ者は火に巻かれて死んだりする。しかし火の凄まじさは実りの豊かさだ。数年間食料には困らない。でもそれ以後は、、、、と思いながら焼き始める。風上から風下へ、火止めの溝まで燃え走ってゆく。向こうで見慣れた風景を見ると気が休まる。そう火を見ていた。
「なぜ焼く!」
大声に振り向くと怒り顔の男が立っている。その後ろにはグスぐらいの青年。
「喰ウタメダ。」
たどたどしく答えた。途端にキョトンとした顔。
「倭国人ではないのか?どこから来た。」
と言ってから
「火民か?」
新羅の言葉が出た。なら使える。
「火民は知らない。草原で生きてきた。」
「新羅はそれも火民と呼ぶのだ。」
やり取りが出来た。
「倭の王からここを耕すように言われた。それ以上は分からん。」
「役人が知らせてきた連中か。しかし急に煙が流れてくると驚くだろう。挨拶ぐらいしろよ。」
確かにそうだ。やることが多くて頭から抜けていた。周りから集まる同族を制し、包みを出した。
「すまない。」
詫びられてようやく近寄ってきた。
「鹿の干し肉だ。倭国にも鹿は多いからな。人に慣れていない分取りやすい。」
「鹿を狩れるのか?あの素早いのを。」
「高句麗にいた頃から得意だ。」
それを聞いてやや丁重になった。目ざとい。
「シンギャの息子、シルラク。子供の頃、動乱を避けて家族に連れてこられた。あんたも?」
「ついこの間、来た。」
そう言いながら火の様子も見ている。
「まあ慣れないとこで大変だろうから、知っていることは教えるぞ。ところで、鹿狩りが得意ならウチの村近くで狩らないか?増えてそこら中で飛び跳ねて困っているんだ。」
「狩らせてくれるなら有り難い。行かせてもらう。」
「そん時は声をかけてくれよな。」
大君になっておよそ10年。日々兄の味わったであろう大変さを思う。ただ兄を支えることを考えていたし、甥が大君になった後は吉野で静かに見守るのみと思っていた。
「また喫茶されているのですか?いくら体に良いと言っても、、、、。」
讃良妃が伺うように言ってきた。
「茶を飲むと気分が良くてな。悪いものではないだろう。」
日嗣の御子である自分がしっかりと立たねばこの国の成長は果たせない。何としてでもこの地に唐の如き律令によって統治された王権を確立する。それが紫香楽宮に攻め上がり甥から天下を奪った自分が負う使命。その為に、茶で少しでも気力が湧くなら、、、と飲んでいる。
「避難民が入植した東国経営といった難題もあるしな。」
「あのような未開の地がどうにかなるもの?」
「成らぬのなら、唐や新羅に追いつけぬ。坂東は大きい。」
坂東に冬が来た。
キャンッ!
鹿の悲鳴が響いた。今日は4頭目。本当に多い。
「シルラク、これはお前の所の分だ。」
ダルスは言った。明らかに機嫌が良い。
「鹿を獲ってくれるだけで、お返しなんて。」
「昔からの掟だ。場を借りた分の分け前は忘れるな、とな。」
肉を貰えるのは有り難い。しかし、ダルスの村(と言うより棲家の集まり)に行った時に見た「呪い」が頭から離れない。村の外れでぐずぐずに溶け始めた鹿の死体に矢がこれでもかっと言わんばかりに刺してあった。これをすると矢の力が強くなって、狙いが外れても当たりさえすれば獲物を倒せる矢になる、そうダルスに言われた。屍毒である。技術や知識を呪いとして受け継いでいる。
「親から教わった。親はその親から。その親は、、、。」
弓矢を扱う時はいつもの仏頂面ではない。しかしあの矢が刺さった肉は、と、どうしても思ってしまう。
「ところで娘のネの様子はどうだ?」
始めて見た時、とてもこの冬は越せないと思った。それくらいガリガリに痩せていた。
「お前が持ってきてくれたマントウ?が効いたのか、元気になった。居留地にいた頃よりもだ。」
「良かった。ああいう柔らかいものは弱りに効くんだ。」
「船に乗っているときに妻もああなってな。アレがあれば助かったかもな。」
「ああ、、、。」
沈黙が訪れた。他の連中は鹿を解体している。無言に耐えかねたシルラクが口を開いた。
「ダルス、なら蕎麦や稗ではなく麦を作るのはどうだ?麦があればマントウが作れるぜ。」
「麦も良いが、米が作りたい。」
思わぬ答えだった。
「あれは、イイ。土にへばりついて生きるならあれを食いたい。」
目が真剣だ。
「ここに来てから20年だが、ウチでも米は作れない。この地は水を吸い込んでしまう。沢山の水がないと出来ないが、それが、ない。」
だから麦を多く作っている。
「お前の村の向こうの坂を越えたところの倭人の村では作れている。」
「行ったのか!?倭人の村に!」
「秋に鹿狩りの下見に行った時に遠目に見ただけだ。そこは、、、黄金の実りで覆われていた。麦ともまた違う輝き。」
唇が波打った。味を思い出している。
「あそこの向こうには小さな池がある。それを使って田んぼが少し作れるんだ。天水がかりでは無理だ。だから麦を作っている、、、。」
「良い所は倭人のものだな。」
「あとから来た俺等にゃこんなものよ。しかし!なっ。」
声に感情が乗る。
「それでもなんとかやっていってるんだ。ウチもそっちも。ダルス!麦をやるなら道具を貸すぞ。お前が使ってる、あの棒っきれみたいのじゃないやつだ。」
「あれはただの棒だ。」
「稗とかならあれで穴を開けるだけで良いが、麦は土を耕さねばならん。でないと草に負ける。貸してやるから使え。」
ダルスは先っぽに金属の付いた板に柄のついた道具を見たことを思い出し口元が緩んだ。結局、話はそれまで鹿の分け前を置いて男達は帰っていった。
冬が深まる。高句麗にいた時よりも寒さはマシだ。耕作地を見て回る。シルラクの言うとおりにここで麦を作るべきなんだろうな、米はどうも作れなさそうだ。向こうの方で馬が蹄で雪を掘っている。下の草を食べるためだ。馬が掘ることで牛も山羊もこの冬に草が食べれる、厳しい中で必死に生きている。
年を越した頃に父のゴスが覚悟を決めた。
「もう儂は食を摂らぬ。」
「親父!秋の収穫もあるし、わずかな支給もある。その時ではない!」
ダルスは声を上げた。グスとネが凍り付いたように佇んでいる。
「今は行けてもこの先は厳しくなる。ダルスよ草原の掟を思い出せ。」
飢えに遭うなら老人がまず食を断ち、次に子供、壮年、青年は最後まで残される。そうやって高句麗の草原で飢えを生き延びてきた。
「わしが早めに食を断つ。だからできうる限り孫たちは生き延びさせてやってくれ。老いらくの身で小さな者が倒れるのを思うのは、、、耐えられんわい。ダルス、働けぬ者を抱える余裕は今、ない。若い者が生きねばならぬ。」
故地を出発した時には100人、湊にたどり着くまでに90人、船の中で85人、居留地で84人、武蔵に着いたときに80人。次々に倒れて行っている。この数年でどれほど死ぬのか、、、、。外で寒さの中草を探す馬の姿が浮かんだ。
「少しずつ、麦をやっていこうと思うんだ。」
シルラクの村近くで今日も鹿を仕留めた後にそう言った。
「そうか!種麦はまかせてくれ。」
嬉しそうに声が返ってきた。
「あの土を掘り起こす道具、いい木切れがあったから削ってみたんだ。」
手に荒く作られた物が握られている。この地の土ならこれでも相当掘れる。
「まずはそこら辺で試しにやってみろ。柵は作れよ?馬や牛が喰っちまうぜ。」
とにかく多くの実りが欲しい。野を焼いて数年作ってどこかに行くことはできない。ならば、、、、最初からやるべきことは決まっていた。シルラクを見つめて乞うように言った。
「色々お世話になる。」
寒さが緩むというより、わずかに日の照りが強くなる。春の予感はいつもそうやって感じている。土を掘り返している。まだ早いと言われたが不慣れな分、早く取り掛かりたかった。
「これで麦ができるの?」
一緒に耕しながらグスが言った。「出来るさ。」声を出す手間も惜しいというようにそっけない。去年焼いたところの一部を掘り起こしている。ここに麦をまく。
「おーい。ダルス。ネがまた森の近くに行ってたぞ。」
見ると隣の男がネを連れてきていた。
「またか!」
走り寄って行った。回復してから少し様子がおかしい。今日はこれで中断し、家族三人になった住処に戻る。
「兄、母がね、森の奥に行ってみなさい、って。奥の方には、、」
何度夢の話を聞いただろう。森へふらふらした後はいつもこれを言う。
「今は大変なんだ。しっかりしてくれ!」
グスにはこう言うしかできない。
「ムゥが夢でそう言ったのか?」
あの森には入り口までしか行ったことはない。亡妻が何かを知らせようとしているのか?そう思い始めた矢先、シルラクから話が来た。
「坂の向こうの倭人達も鹿を狩ってほしいそうだ。狩りの腕前があっちまで届いたようだな。」
春を前に鹿が村に来ているのを狩れということだ。
「あっちの言葉は分からん。」
「俺もついて行くから大丈夫だ。しかし前もって言っておくが奴らが連れ去ってゾロゾロ歩いているのや、互いに体を折り曲げる挨拶をしているのを見て笑うのは辞めろよ。小さいのがチョコチョコしているのは笑けるものだが。」
思うところがあって素直に受けた。
「あと稲を植えている所はジロジロ見るなよ。奴らも警戒するからな。」
お見通しか。
冬を越したばかりの鹿は最も弱っている。走りも遅く狩りやすい。わずか数日で10匹を狩った。見たこともない弓矢の走りに倭人も目を丸くした。急遽もてなされた。
これだこの味。木の葉に盛られた飯が出てきた時に叫びそうになった。ありがたくいただく。村長は笑顔を浮かべている。でも好意は持っていないなと感じる。シルラクが場を取り持つように話している。不意に
「ダルス、この村の様子はどう見えますか?と聞いているぞ。」
と取り次いできた。田だ。田んぼがある。米があそこでできる。
「木の周りに田を丸く作るのですか?」
と思いつくままに聞いた。シルラクの顔が陰るが、なんとか取り次いだ。長は意外な顔をしたが、すぐに戻した。
「そちらでも田を打つのですか?だと。」
「やりたいとは思っています。米を作りたい。」
「せめてヌタ場があれば撒けば生えてくる、と言っている。」
「あと?木の周りで作ると実りが良い。良い種を選び、苗を育てて植えればなお良い、らしい。」
意外に教えてくれるものだ。
「でも水が。」
そうシルラクが取り次ぐと大きく頷いた。聞かずとも「もちろん!」と分かる。そのあと何か言ったが
「感謝しろ?水を出してくれた祖霊に?日々、想え?」
不思議顔に訳された。
ザクッザクッザクッ
こんなに地に深く刃が入るものなのか。シルラクの畠を耕している。先に青銅が付いているので地面に突き刺さるように掘れる。この感覚は不思議に心地良い。しかし疲れる。
「ダルスのおっちゃん、もうダメ?」
シルラクの息子シルラがからかってきた。
「今日で2度目だが、まだ慣れない。だからキツイな。」
自分のところをやる以外に手伝いに来て学んでみろとシルラクに言われたが、、、これでは先が思いやられる。
そう思っていると一息入れることになった。
「ネちゃんはスゴイね。この前ケガをするって当てられたんだ。目が怖かったけど。」
シルラの話の途中でシルラクが器を出してきた。
「使えよ。葉っぱやミナつなぎの器以外にちゃんとしたものがあったほうがいい。」
「こんな水も漏れない器をもらって良いのか?」
「もうお古だ。ウチが畿内に着いたころに墳墓から盗掘されて流れていたものだ。安かったが、大事に使ったのもあって、よく保った。麦作り祝いだ。」
「毛皮の寒さ避けを代わりにやるよ。今、噛んで作っている。」
「気にするな。そっちの畠をやる時に泊めてもらうからアイコだ。」
話し終わるとまた耕す。これからする事をもうすぐウチでもする。
「種を撒いたら薄く土を振りかけろ。鳥にやられるからな。」
「稗や蕎麦は撒いたままだから、うっかりしそうだ。」
「ちゃんと手をかけてやらないと。かけてやればやるほど麦は応えてくれる。稗や蕎麦と違って実っても弾けずに穂に残って人を待ってくれるものなんだ。大切に接しないと。」
「蕎麦はすぐ弾けるからな。」
だから撒いたままで鳥に相当食われても一面に生える。これは接し方を変えないといけない。とにかく手をかける。それだけに収穫の喜びは格別だろう。夏の終わりの収穫が楽しみだ。そうやって耕しているうちに気付いた。人が多い。みんなこちらを見ている。
「そんなに俺が耕すのが珍しいか?」
「見ているのは娘のネちゃんだよ。倭人の村にも知られているからな。」
「、、、?なぜだ。」
シルラクはあきれた顔をした。
「神憑きの少女がピタリと当てるんだ。当たり前だろ。」
「、、、、、ピタリと?」
「ダルス、子供ともっと話せ。聞いていないのか?」
「ああ。」
こういう男を何というのだろう。無愛想?武骨?草原の男はこういうものなのか?
「この前、シルラが伝言でお前のところに行ったんだ。でも留守だったから、ネちゃんに言付けて帰ろうとした。その時言われたそうだ、
もうすぐケガをする。気をつけて
と。それから数日して、いつも通る道でシルラは足を挫いた。そんな事があったのだ。」
「そんな事が。」
「倭人達にも知られているのはな、お前が初めてウチの畠を手伝いに来た時にネちゃんもグスも来ただろう?その少し前、ウチと倭人達の子供達が揉めてやり合ってたんだ。その中の倭人の家で大切にしていた木造り椀を気に入っていつも持ち出してイジっていたコマルという奴がその騒ぎで椀を失くしてしまった。親に怒鳴られ、殴られて泣く泣く探しても見つからない。その日も探していたら歩いてきたのが」
「ネ?」
「そう。そしてどこか遠い目で言ったのだ、
一本柏の石のカゲ
と。藁にも縋る気持ちで見に行くと、見つかったということだ。倭人もタマゲたらしい。」
話を聞きながらダルスはいつか聞いたネの言葉を思い出していた。森の奥には、、、、。何がある?また言葉を思い出した。「水を探すなら山の麓を探せ。」我らを生き延びさせてくれた昔からの知恵。ドクンと血の波が体の中に広がった。
「シルラク、ならば気になることがある。聞いてくれ。」
ザッザッザッ。
20人ほどの男が麓の森の中を行く。麦の種をまき終わったから人が集めれた。ダルスの村からはダルス一家以外は近所の男だけ。草原の男たちはどこか暗く深い森を恐れる。あくまで薪を取るために入口周辺をうろつく、それぐらいだ。水を探しに前にも来たが気が進まなかった。そこまで深いところを探すわけではないのだが。あとはシルラクの所から来た10数人、それと倭人の村からも来た、長のヨヒコ以下数人だ。挨拶しようとすると向こうから近づいてきた。
「祖霊サマが下さる水を探そうとするのは!イネを育むのに欠かせません!導かれた少女が!我々を連れて行ってくれますっ!」
前も思ったが米のことになると目が彼岸にむくこの老人も神憑きの素質があるのだろうな。ヨヒコの声に応じるように、ネの目も光沢が消えてゆく
「母が呼んでいる、、、行こう、、、、。」
グスが背負って後ろをシルラが行く。いつも薪を取る明るい林を通り、木下闇の中へ。昼でも地上にとどまる暗さ、ひんやりとした空気。
「湧水がある感じはするんだ。そこまで深くゆかなくてもここらを皆で探すべきだ。」
水を感じる微細感覚は草原の民にとって死活にかかわる能力だ。自分がそう感じるなら近くに有る、ダルスはそう確信する。あとは僅かな水の露頭を見出せるかだ。
「五百小竹分ける獣道、岩を目指して笹に踏み込め、、、、」
有る、昏さが切れた明るさの中の笹の下生え。狩人の目は苦も無く獣道を見出した。一行が進んでゆく。どこか異世界に踏み込んだ観がある。ビクンッ!グスの背でネの体が波打った。
「岩が見える!あそこから声が、、、」
「水が!イネがまた広がってゆく、、、」
「「ネ!?」」グスとシルラが同時に叫んだ。すごい力で地に飛び降り、走ってゆく。鹿が跳ね走るような速さだ。その後ろにヨヒコが続く。どこにその力があるのか。
「シルラク急げ。」
ダルスも奔る。間違いないここは「水が湧く地形」だ。感覚が鋭敏になっている。岩の基に着く。そこでネとヨヒコがへたり込んでいる。ここで大人数で一気に探し当てる!
「水が、、、、もうそこに水が、、、」
ヨヒコの喘ぎ声が続く中、全員がだれの指示でもなく広がって探す。地面が湿気に満ちている。森の中の闇の切れ目に笹のかき分けられ、しだかれる音がひたすらに響く。
「親父!」
グスの叫び声に目を向けると、ネが一点を指さしている。その誰も探していない一点に目が走る。同時に奔っていた。有った。土が切れ、砂利と砂が混じった層が顔を出しているところから清水が湧き出ている。
「お、おおおおおおおぉぉ、、、、。」
肺腑から絞り出されたようなうめき声、小さく体が震えている。
「ダルス、、。」
呼びかけたシルラクは顔を見てギョッとした。グシャグシャに泣き崩れている。この後、散々シルラクにこの時の顔をイジられたが気にならなかった、シルラクも涙を浮かべていたからだ。
「祖霊が水を下された、、、イネが育ち、、、米が採れる、、、、幸せが満ちてゆく、、、、。」
恍惚としたヨヒコの声が耳に繰り返される。
倭人のタケオと森をゆく。通い慣れた道だ。すぐに水場に着いた。あれから一カ月、春の真ん中。麦の芽が出てきた。今日、小さな田を作るための検分をするがヨヒコは来れなかった。老いらくの身で神憑きをしすぎたのが原因でまだ寝込むことがある。急遽、このタケオが来た。のっぺりとした鈍そうな男だ。そう思っていると
「ネさまには倅のコマルがお世話になりました、、、」
と言ってきた。あの器失くしのコマルの父か。なるほど、こいつの子ならボンヤリとしてそうだな。しかし水場に着くと顔つきが変わる。周りを鋭く見回してゆく。
「ほんの苗代田程の大きさと言うならここが良いでしょう。」
地をほじりながら言った。
「ここの清水はすごく冷たい。湧き水から少し離してここで。掘っても水が出ないここに作り、水路で水を導きながら温めないとイネの育ちは悪くなります。なんなら、ミナつなぎの甕でも掘り置いて貯めてから田に入れましょう。必要な時以外は水路の道を防いでおいてください。」
「水は常にいれるのではなく?」
シルラクも問う。
「田の水を温かくするためです。溢れるさせるほど入れることはありません。夏には田に水を入れない時期も必要です。そこまで手をかけるなら豊かな実りが得れます。」
麦以上に手をかける必要があるな、、、。
「今年はこの耕した土に周りの笹を焼き混ぜ、菜を作る。それが成ったら全て土に鋤き込みまた刈り貯めた下生えを焼く。来年は春小麦を作り、収穫してから藁を焼く。そして再来年の春からイネを植える。これだけの用意が必要です。と言っているぞ。」
シルラクが取り次いで言った。再来年からか。長いが
目標が見えたので気持ちは明るい。畑を焼き、畠で麦を作りながら用意をしよう。
「苗はこちらから渡します。長のヨヒコから言われているので。」
そうシルラクが訳した時、思わずタケオの手を取り握りしめた。あまりに強く握ってタケオは驚いた様だ。
その秋、菜を畠に鋤き込んで下生えを燃やした。老人達、子供達が何人か死んだ。それでも思ったよりはマシだった。働ける者達が必死になって食べ物を得ているからだ。しかしこの冬も何人か死ぬだろう。耐えねばならない。翌年は麦。よく実った。村の方でもより麦を作るようになった。
「どうだ。村の周りにこの黄金の輝きが広がるのは格別だろう。」
シルラクが秋に言った。この頃にはネも落ち着いてきて滅多に神憑りしなくなった。どうも去年はそういう年頃にあったということか。この年、グスとヨヒコの孫娘との縁談が決まった。
「永く付き合うことになりそうですな。」
めっきり弱ったヨヒコの満足そうな声を聞いた。そしてそれが彼との最後の会話となった。年を越して春。準備が成った田に苗を植える。タケオが持ってきた苗は見るからに生命に溢れていた。
「冷たい水で育てるイネです。これだけ強い苗でも相当枯れると思ってください。でも長だったヨヒコも山の上から見てくれています。大丈夫。」
祖霊が高い山の上に登って子達を見守る、というのは草原でも言われていた。我が父ゴスもこの山の上に居るだろう。見守ってくれ。
夏、3割枯れたが残りは元気に茂っている。何て濃い力強い緑だろう。このイネの根付きを見てダルスは自分の足が根を生やしこの武蔵の土に食い入ったと感じた。そして、ふと想う。
「我が妻ムゥ、お前が導き、励ましてくれたのだな。ここに根づけ、そして生きてゆくために踏ん張れと。」
湧き水の側の岩に顔を向けてそう思った時、日に雲がかかり周りが陰った、その中を落ちるはずのない青葉がひらひらと落ちてゆく。
グスは棲家を直している。嫁が来るなら少しでも家を良くしたい、周りの畠ももっと広げて麦を増やす。これからはここが我らの故郷、最近ようやくそう思えるようになった。
夏もこれからが本番。その中を馬が今日も元気に草を食んでいる。
畑、、、、この場合、焼き畑をしている耕作地。
ミナつなぎの器、、、、粘土がない場所でカタツムリと土を突き混ぜて形を取り、焚き火で焼き作る粗悪な器。名称は勝手に名付けた。
司馬遼太郎の著作(「街道をゆく」だったか「草原の記」なのか他のエッセイだったか)の中で古代の朝鮮半島からやって来た渡来人を語る中で「半島北部に住んでいた遊牧民が紛れてやって来たとして、彼らが当時未開だった関東に定住し、鎌倉武士の源流の一つになったという想像」を語るのを読んだことがある。そういう様子を取り扱った小説を読みたいと思っていた。とはいえ、他に無さそうなので自分なりに鎌倉幕府の足場となった関東の成立と絡め描いてみようと思い、試みています。




