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東にあるは天与の地 ①戦に破れて

平家物語(自由律に)「炎立ちて」周辺エピソード

663年、朝鮮半島の動乱に介入した倭国豪族連合軍はクム川での戦いに敗戦。白村江の戦いとして知られるこの戦いの後、倭国は大四島とそれに付属する島々を「天下」と認識するようになった。


「船が向こうから帰ってきた。まただ。めちゃくちゃに人が乗っている。」

何度目だろう太宰府にこんな状態で船が入るのは。百済への合力で海を渡った軍勢は皆ボロボロになって帰ってきた、船も人も。敗残兵の他に元任那領の住人、百済の住民がすし詰めになって乗っている。よくこれで玄界灘を越えれたものだ。

「出発する船はみんなこんな感じだった。まだまだ来るぞ。」

「それにしてもこれでよく、、。」

「死んだり、向こうで捕まり奴隷になった者も多い。運が良かったよ。」

この後、30年続く大流入期の始まりであった。途中、高句麗の滅亡もあったので流入は留まることはなかった。一説に当時の人口の10分の1に当たる人口が流入したとも云う。「新撰姓氏録」では3分の1が半島起源とされるので、もっと多かった可能性もある。


「それほどに人が来ているのか。」

実質、政治を行う中大兄皇子は言った。半島での勢いを駆って唐や新羅が攻めてくるかもしれない。それに備えて防衛態勢の整備に忙しい。そこにこの避難民である。もともと任那と往き来が多かった九州・四国にはより一般住民が。畿内には王族、貴族、貴顕が多く渡ってきている。頭を抱えながらも頭に閃くものもある。

「大海人が言ったことがあるな。海辺に寄り着く者は幸であると。」

奴は品部が海辺の民だからそういうことに詳しい。今度改めて話してみるか。この事態を嘆くだけではなく活かさなければならない。

「各地に号令。海を越えてくる者達をよく検分しろ!」


「あ、あの。コチラノ言葉、ワカリマスカ?」

「!?」

「〜〜〜〜!」

「任那二イタカラ、少シ、、、。」

困難が多かったが、律令制に向かって法も国も役人も発展途上の倭国。なんとか内訳が分かってくる。

「ふむ。」

報告を受けて中大兄は頷いた。この中で、王族、貴族、貴顕は特に土地を多く与えるべきだ。ただ大和は昔から豪族達が耕してきた地、空きはない。ならば、、、

「山城国、近江国に領地を与えよう。朝廷から近いし、耕地開拓には困らない。大陸の国並みを再現できたら素晴らしい。」

「知識人、官僚は朝廷で統治の術を指導してもらう。今、一番有り難いな。」

他にも布衣ではあるが優れた技術者がいる。

「仏師、建築関係は寺院に属させる。陶器作りは各地の調査権限を持たせ、良い粘土を探させそこで窯を作らせる。鞍作は大和に。利水関係者もまずは大和から。」

他にも鉱山の技術を持ったものもいる。これも使えそうだ。そしてそれ以外は

「諸国の開拓に当たらせる。平地が広い未開の関東が良いだろうな。」

素晴らしい。敗戦を乗り越え国家が一歩も二歩も前に行く。負けたからといって、めげていられるか!


避難民達の運命が決まってゆく。

カッカッシャリッ

木を削る。良い木質だ。これなら良い仏像が彫れる。これからは大和国の寺院で制作の技術を教えながら仏像を彫ってゆく。側で見ている見習い達は真剣だ。この調子ならすぐに技術をものにするだろう。

「心のなかで経を唱えながら一彫り一彫り進めなさい。僧が経を読むように、仏師は仏の姿を掘り出すことが信仰の表明。丁寧に形作った仏は世の衆生の光となる。それが我らの喜び。」

小さい頃に父から言われたことを倭国の工人に伝えてゆく。百済生まれの自分が大陸の技術で倭国の木を彫る。そこにどんなカタチが現れるのだろう、それは出来てみないとわからない。しかし、戦に遭い逃げてきた自分のような者の心を優しく包み込み慰めてくれる、そんなカタチが現れて欲しい。


「あんたどこへゆくんだ。」

居留地で知り合った男が声をかけてきた。

「山城国。」

大和国の上の方らしい。

「結構近いところなんだな。俺のところは武蔵国だよ。」

「どこですか?そこって。」

「ここから日が出る方向へひたすら進んでいった遠方の地らしい。でっかい平地があるらしい。」

「随分と遠くへ、、、。」

「身一つで来た能無しには、そういうところしかないってことさ。まあ山麓の平地をチマチマ掘るのは嫌だしな。新羅のように大きく平たい所らしいからそこで頑張るよ。そっちは山城?山の中なのか?」

「その中に平地が囲まれているらしいんです。秦の始皇帝の子孫だと名乗る一族がその地に行くのに誘って貰えて。」

「ハッタリと倭国人は気づかないものなんだな。」

「人を束ねる才があるんです。人好きがするというか。そこが見込まれたんでしょうね。」

「そこで良いのか?」

「新羅領任那だったんですよ。ウチは。故郷と似たとこで生きれるなら、、、て。」

「まあそう思うな。」

「、、、、あっちに行ったら神を祀りますよ。故郷で守ってくれていた我らの神をね。そうするだけで心強いから。」

「いい祭祀場(ところ)が見つかると良いな。」

それで別れた。それっきりお互いの行く末は分からない。


土を掘る。ダメだここでもない。焼き物を作るのにちょうどよい粘土はなかなか無い。百済から来た鉱物探しの集団と協力して動いている。ここらへんの地形ならありそうなものだが。

「畿内でももっと鄙の方に向かわないと新しいものは掘り出せないぞ。」

「いや。なんなら未開の上野国下野国あたりに行かないとデカいのは見つからないだろう。」

彼らとはそのうち別れるだろうな。我等とは狙うモノが違う。良い粘土は畿内一国を探し回れば多分見つかる。辺境までゆく必要はない。ああ、早く器を作りたい。粘っこい土をこね、細心に焼き、すべすべしたカタチを作り上げる。陶芸の技を持つ者だけが味わえるあの快楽を早く味わいたい。そうして出来上がった物はツナギとしてカタツムリを土と一緒につき潰して形作った器を焼いて出来たもの(それは土の器でしかない!)すら貴重で木の葉に笥を盛るような倭国の民草に宝として喜ばれるだろう。その喜びは陶を作る我らの喜びでもある。早くそれを手に得たい。


鬼室福信は百済末期の将軍だ。王をないがしろにして独裁したため除かれた。そして百済は唐・新羅に攻められ滅びた。その一族は近江国に土地を与えられて開拓に努めた。「大きな(おうみ)」を囲む地の開拓は大いに成功し、沃野となった。向こうから来た移民も倭国の民も海から我が国の海岸に寄り付いたモノというべき彼を慕い、鬼室福信を祭神とする神社がその後建立された。日本と大陸との幸せな歴史の一例というべきだろう。

天智帝は逃げてきた王族、貴族、貴顕を多く当時、鄙と呼ばれた山城国、近江国の周辺に配置した。王権がやがて自らを育んだ大和盆地を出て、志楽京、そして平城京、平安京に出て行った事を考えると先々を見据えていたのだろうか。ともかく当時の畿内の人口の十分の一に及ぶ数の避難民達は倭国中で生きてゆき、民を受け入れた倭国自身も力を増した。日の登る所に近き東の大地、7世紀この列島の地に刻み込まれた一挿話である。

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