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俗塵の中こそ我が住処

平家物語(自由律に)「旧都叙情」付属ep

「今日は草庵の方に居るらしいな。」

祇園社の神人じんにんが行く、その後に犬神人達が続く。顔に巻き付ける布と柿渋色の服装は一目で彼らと分かる。下級神官である神人じんにんのさらに下に位置する被差別民だ。そんな彼らが後ろから5、6人続いて左京の岡崎に向かっている。荒事が起こるのかもしれない。

「妖説を広める怪僧と言ってもほっとけばよくない?」

若い男が言う。

「神人サンも気が立っているのさ。都遷みやこうつりで社の職人衆に手すさびで作らせていた品のけが悪くなっている。銭が入らずいらいらしてるからどこかにぶつけたいのさ。でも、ミツ、他で言うなよ。」

イチは若い男に言った。ミツと呼ばれているらしい。

「ゲッ、犬神人だ。」

そんな囁きと眼差しを受けているうちに着いた。白河禅房(現・金戎光明寺)だ。

既に人が出てきている。

「法然上人を出していただきたい。禅房に踏み込む事はこちらも望まぬ。しかし」

ここで止まった。集まりが割れて僧が出てきた。落ち着いている。

「何用です?」

「随分と当方、祇園社に突っかかって妖言を吐いているようなので今日はこちらから出向いたまで。」

「私はそのようなことはしていませぬが。」

周りの老若男女が心配そうに見ている。

「おとぼけを。阿弥陀仏を称名すれば全ての者は救われるといい加減な事を広めていることは?」

ミツは棒を強く握った。相手が論に詰まったら打てと言われている。

「それは少し違います。我々、皆が阿弥陀仏によって救済されることが決まっている事を知った時にありがたさのあまりに出る声が(南無阿弥陀仏)であるとは言いましたが。」

「悪事を働く者も救済とは、世を乱すことをしても良いと?」

「良いとは言いません。そういう輩は検非違使によって引っ立てられるでしょう。貴方がたはそれをよく見ているはずです。ただ万人は広大無辺な阿弥陀仏によって死後に救われ成仏します。誰でも、そこは変わりません。」

「そんな事を言うなら衆生はだらけて、良く生きなくなるでしょう。」

「そうでしょうか。父母の厚い恩を受けて育った人が何とか老いた父母を守る様に、阿弥陀仏の大願を受けている事を知った人は良く生きる事でそれに報いようと思うものです。阿弥陀仏の様に周りを助けることで。」

ミツはぽかんと聞いている。

「ではこの犬神人でもっと言うのか?」

犬神人を指さした。周りがざわつく。

「もちろんです!」

なにの迷いもない。神人がたじろいだ。

「不浄なものを触り、検非違使の下働きとしても動き、人を傷つけるもので、、、」

「代わりありません。阿弥陀仏から見て、あまりに小さなこと。救われます。」

ありがたさを改めて感じたのか、自然な所作で手を合わせた。ミツは体の緊張が抜けてゆくように思えた。

「氏神氏子の特別な御由緒、それを表す敬神の行いこそが救済を導くのだ。始めから、全てが、とは詭弁だ。乱世に乗じて氏子を惑わすな!我ら氏子と犬神人がひとまとめなわけで済むか!」

祇園社の社領となった河原から集められる者達。彼ら自身も神人と同じく思っている。不思議なことに。

「氏子って言ったって、神人だって人を殴ったり、僧兵とやり合ったりしてるでねえか!」

いつの間にか周りに人だかり。そこからなじる声も飛ぶ。

「ひとまとめで、、、と言われますが、広大な仏神の目から見て衆生の間に別が見えるものでしょうか。そもそも本地垂迹説で仏の力の顕れが神と言われています。仏神の力にも別が立つものでしょうか?」

「ほ、仏が、、、、。それはかつての、ということ。今は垂迹本地、つまり神の力の現れこそが仏だと、、、。」

「いずれにせよ仏神は巨大な、人を救おうとする者。どういう姿で行われようと違いはないでしょう。」

「ぶ、無礼な!神罰が恐ろしくないのか!」

「この世の中の騒ぎこそが、恐ろしい。私はそう思います。だからひたすら阿弥陀如来におすがりして、他力本願。専修念仏。を提唱しています。」

いつの間にか群衆となっている。法然の言葉に「道理じゃ。」「その通り!」と同調する。顔が愉快そうに光っている。

「神と御由緒のある我等は恐れぬ。思わぬとも氏神は氏子を守って下さるものだからだ。」

「阿弥陀如来もイヤだ、救われたくない!と言う者の為に裸足で駆けつけてくる、ありがたいモノです。」

温和というより、やや恍惚としている。

「6回天地が消滅する間、悩み苦しんだ巨大な光の塊が願を立てたのです。全ての衆生を救済するまで自分は決して成仏しないと。ただそれを知れば良い。そしてひたすらにおすがりするのです。ありがたい阿弥陀如来に抱かれ生きて、終われば御下(みもと)にゆける。そんな私達なのです。」

「南無阿弥陀仏(ああ、アーミタラー)!」

周りを囲む群衆、その中の若い女がそう叫んで気絶した。それに続いて女達の叫びが続く。男たちは集まりの前に出てきている。ヤル気だ。

「連中が興奮してきています。今日はこれぐらいにしてやりましょう。」

イチは言い争う神人に耳打ちした。

「周りがどうであれ、、。」

そう言った彼はようやく周りが殺気立ち始めていることに気づいた。あんぐりと口を開けている。

「帰り道は我らが確保します。ご安心を。ミツ。」

イチは呼びかけてギョッとした。ミツはボンヤリとした表情で棒を抱え、手を合わせている。

「おいっ!」

怒鳴り声に気づいた瞬間、視界いっぱいに拳骨が広がった。地面に倒れたミツから棒を取ると地面を激しく叩く。

「神人のお帰りだ!道を開けろ!」

女子供が多い面を目ざとく見つけてすごい剣幕で迫る。

「さ、お早く。」

神人を先に足早に去ってゆく。その姿をミツはひたすら見ていた。すると急に襟を引き上げられた。

「犬神人が、、、、。」

睨みつける男たちの目。どこか起こっていることを理解できない。

「上人様を付け狙って暴れるひとでなしめが。」

憎しみを向けられた。

「人でなしじゃない。」

声が出た。なぜだろう、これまでは何とも思わなかったのに。法然がハッとした顔を向ける。何事かを周りに告げた。


翌日、ミツは白河禅房の隅で目を覚ました。ふらふらと立ち上がったところで人に「今夜は禅房に」と手を引かれたのだ。寝起きの頭で昨夜の夢を思い出す。といっても犬神人になる前の河原での日々の事だった。

本来、誰のものでもない境の地である河原には現世を漂う人々が集まる。乞食かつじき、傀儡師、遊女、歩き巫女、乞胸、非人、穢多、難民、さまよい、数えればきりがない。雨は橋下で防ぎ、あばら家といっても恥ずかしい住処で寒さを防ぐ。そうして寄り集まり、非人は汚れを片し、傀儡師は芸を、穢多は水辺でならした皮を売り生活の資を得て生きている。何も出来なくても売る身体はある。

「おうぃ、銭をくれてやるぞ。集まれ!」

悪ガキが小高いところから声を上げる。集まってきた大勢の前にチャリンと銭が落ちる、ビタだ。そんなものでも争って取る。ミツも中にいた。その争いをケタケタと笑いながら、次は集まった人めがけて鐚を投げる。鐚の時も食い切れ端の時もある。とにかく使えるものなら当てても怒らない。あちらも心得て石は投げない、命を狙われるかもしれないからだ。頭に当たれば笑い声はひときは大きくなる。このために使えなくなって捨てられた銅銭、あるいは偽粗造銭を集めている。ほんの僅かな価値があるものを投げ当てて大きな楽しみを得ているのだ。コン!ミツの頭に当たった。えへらえへらと笑って取る。そこで目覚めた、嫌な気持ちだった。初めてだった。

草庵で過ごす。何も言ってこないし、何もしない。何日かして祇園社から人が来たらしい。門前で揉めていた時に「どうする?」と聞かれたが、戻る気にはなれなかった。

「お前は、ミツと言われていたのか。」

なんとなくぼやっと過ごしていた。その間、草庵での説法も聞いたし、辻説法も後ろからふらふらついて行った。その帰りに法然が声をかけてきた。あまりに何気なく聞いてきたので

「犬神人になってからは」

と抑揚なく言った。

「その前は?」

「河原ではお前とかタカとかノビとか。」

「これからどこにゆこうとかは?」

聞かれて、何も思いつかなかった。ただ生きている。どうすれば良いのか。つい

「分からない。」

と呟いた。

「、、、、お前は何日か前、手を合わせていたね?納得出来たか?」

「なんとなく、聞いていました。そしてなんとなく手を。」

「親の子に抱く心は慈悲だ。慈(この世に生まれてきたことをうれしく思う心)と悲(こんな厳しい世に生まれてきたことをわが身として悲しむ心)を子に抱くからこそ、子は無心に親にすがる。阿弥陀仏と人の関わりもそのようなもの。お前はそれをなんとなく感じていたのだ。」

「、、、もっとわかりたいと思うなら。」

「この法然も道の途中よ。極楽へも行ったことはないしな。延暦寺500年の学問の精華を足場に、それを以て世間にある。教えれることがあるか、どうか。まあ、この草庵で知れることがありそうなら居れば良い。」

「犬神人であったとしても?」

「少しの縁でもそこから人を救うのが、阿弥陀仏。その前では漁師だろうと武士であろうと犬神人だろうと大したものでもない。」

「南無阿弥陀仏!」

肺腑の底からの叫びを挙げると、バサッ。ミツは顔の布も柿渋色の着物も脱いで地に伏した。どの道、阿弥陀仏の御下にゆける。ならばこの得難い残り時間を精一杯生きねば。


「あそこだ、辻説法をしておるぞ!」

神人が叫ぶと犬神人の衆が走り寄ってゆく。サッとその前に人が出る。

「お願いします!説法が終わるまでは、お待ちを。」

その顔を一人が殴った。しかし退かない。

「祇園社の氏子がいるところで説法などと、、、、ミツ!?」

再度振り上げた拳が止まる。髪を下ろしているが間違いない。

「イチさん、お久しぶりです。どうか今日のところは。」

「お前は、祇園社の御威光を感じないということなのか、、、、。」

「神も仏も僅かな縁を見逃さずに救うなら、草木まで仏性を持つこの国土。何があっても平気で生きてゆく(悟り)を皆が得て、今上の御代も栄えましょう。その助けになると思って、どうか。」

「おい、何を言っている」「神罰が下るぞ!」

怒号がイチの後ろから響く。

「イチさん。祇園社もその広大な力をヒョイと立ち寄ったものにまで及ぼすのであれば、衆生は説かずとも威光を知るでしょう。是非、神主殿にも。」

「妄言を!」

後ろの連中も驚くほどのイチの音鐘。

「通りすがる者が宋銭を持ってきて救われるほど、我らが神は見境のないものではないわ。、、、しかし辻説法も許さぬほどに偏屈でもない。神人様。どの道、人心の不安につけ込む売僧まいす。最後まで聞き、存分に論破しましょうぞ。」

「ふぇ!?」

指揮の神人がキョトンとしている。

「あ、、、、いや、騒ぎが起きていると言うので来たまで。辻説法なら神もどうとも思わないであろう。神主殿には儂から知らせておく故、放っておけ。」

そう言うと早くも踵を返した。後ろに不満顔が続く。

「いつもこれで済むと思うなよ。我らとしても退けぬ一線はある。気をつけてもらおう。」

イチはそう言うと一行の後ろに続いた。その後ろ姿を、あの日とは違い、しっかりと見据え手を合わせる僧そのものの姿がそこにあった。







鐚、、、、製造時の粗悪さ、摩耗で使用に耐えなくなった低質銭。偽造銭も含む。一貫は銅銭千枚だが、このような低質銭の混入を前提に一貫=千枚(+数十枚)の勘定がなされていた。とんでもなく低い価値ならあったのだろう。

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