「叛」乱の夜に
平家物語(自由律に)episode9「「反」ではなく「叛」なり」周辺エピソード
長谷部 左兵衛慰 信連。略して長兵衛と呼ばれている。鬼殿を警護する武士であった。しかし職務を超えて熱心だ。金枝玉葉に連なる自分だからかどうかはわからないが、心底仕えてくれている。平家への叛乱が露見して焦る自分に
「女装をしてお逃げください。後のことはお任せを。」
と準備を整えてくれた。侍にはこのような頼りになるものが多い。時勢は武士ということか。
御所で留守番として以仁王に仕える女房達を避難させて、荷物の整理をしていると「小枝」が置いていることに気づいた。
「宮はこの笛を肌身離さず持っておられた。これを忘れるとは、よほど焦っておられたのだろう、、、」
そう言うとたまらない気持ちになった。「少し出てくる」と叫ぶや、後を追って夜の中に駆け出した。
以仁王は三井寺に避難することとなった。御衣を重ね着して市女笠をかぶって女装している。鶴丸という少年が荷物を袋に入れて頭にのせて従う。急ぎのあまり溝は飛び越えて進む
「あの女房、はしたないなんて思わないのかね。」
通行人のあきれ声も耳に入らない。とにかく急がねば。
「お待ちを!」
後ろから声がかかり、凍り付いたように立ち止まった。観念したように振り返る。
「長兵衛か、、、。」
ほっとして声が出る。手にあの笛。
「お忘れだったので。何とか追いつけて幸いでした。」
一層に頼もしく見える。
「よく届けてくれた。この横笛は私にもしものことがあったら棺に入れてくれと言っていたものだからな。長兵衛よ、ともに三井寺に行かぬか。」
焦っていたとはいえ声を掛けることも忘れていたとは。
「お言葉、ありがたいのですが、もう検非違使庁の役人がやってきます。片付けも残っていますし、肝心な時に御所にいなかったとなれば長谷部信連の名も廃ります。三井寺に行くのなら弓矢の道にいる者として、追っ手を打ち破ってから参ります。それではこれで!」
行動に無駄がない。狩衣の上に胴巻きを付けて衛府の太刀をさしている。その姿が去って行くのを状況も忘れて見続けた。
御所に戻って諸事を済ませると検非違使庁から300人の捕り手が押し寄せてきた。指揮は源兼綱。何か考えがあるのか門から離れて立っている。光長という者が歩み出て来た。
「御謀反の噂がるのでお迎えに来ました。急ぎお出でを。」
「宮は参詣に行ってここにはいない。騒ぐな。」
「ここ以外にどこにいるというのだ。ならばどこに参詣したのか。探すぞ。」
キッと捕り手を睨み、
「門のうちに下馬もせずに入るとは。しかも邸内を探すだと?無礼者!長谷部左兵衛慰信連ここにあり!ケガして後悔するなよ。」
心臓が早まり体中に熱が広がってゆく。衆の中から大男が歩み出してくる。大力の金武だ。大床の上で叫んだ長兵衛目掛けて飛びかかる。その後からも10数人。
「〜〜〜!!」
狩衣の袖や帯、邪魔になりそうなものを昂ぶりそのままに引きちぎった。ヒュカッ
「なっ!?衛府の太刀が斬れるだと!?」
「特別拵えの衛府の太刀よ!味わえ。」
大太刀や大長刀を持つ相手たちに散々に切りまくる。慣れた鬼殿の薄暗い闇の中。だから一人でも斬り合える。勢いに怯みを相手が見せるや、風に吹かれる落ち葉の様にさっと庭に飛び降り今度は衆の後ろから斬りかかる。衆が崩れ、てんでバラバラに攻め、逃げ周り始めた。
5月十五夜の月が地上の騒ぎを見ている。広い御所を存分に走り回り、バラけた中の一人に狙いを定める。
「ヒィッ」
そんな奴は情けない声を上げて人がいない方へ走る。その先は行き止まり、そこで斬る!ザシュッ。ぎゃッ。
「またやられたぞ!囲め、回り込め!」
後ろから追ってくる声を隠れ、駆けて振り切る。また狙いをつけ、追い始める。多勢を一人で追い回す。武の世界に居る者が一度は夢見る趨勢だ。走るというより奔るだ。
「宣旨を持つものにこんなことを、、」
「宣旨?それが何だ!」
そうしてひたすらに奔り斬っているうちにカキッと刀が折れた。捕まるのも癪だし腹を切ろうと思うと、小刀を落としてしまっていた。瞬時に高倉通りの門から脱出しようとすると、一人が斬り掛かってきた。大きく長刀を振るのを飛び越えようとすると避け損なって腿を刺し通された。「!」。そこに大勢で取り押さえられた。闘志はあるが、体が動かぬ。これで縛られ六波羅に連れて行かれた。
「随分と暴れたな。」
指揮の源兼綱は最後まで門から遠くにあった。
御簾の中に清盛がいる。大庭に長兵衛は引き出され、大床には宗盛。
「宣旨とは何だと言って、検非違使相手に暴れたと?取り調べて河原で首をはねよ。」
それを聞くと大笑いが湧いてきた。
「最近、御所の周りを人がうかがっているので盗賊かと思って放っておくと、大勢が押し込んできました。そら、来たと思っているところに、確かに宣旨を、とは言いましたが、賊というものはだいたいそう言うか、公達が居られる、と吹くもの。それくらい知っているのでやり合ったのみ。賊相手に宮の居場所を聞かれてからとしても答えはしないでしょう。」
そう笑いのままに言い切って、それ以上答えなかった。
「正に剛の者。」
「先年も大番役が取り押さえかねた強盗6人を一人で追いかけて4人斬った奴よ。」
「惜しいな。」
居並ぶ平家の者がさわめく。御簾の中で清盛は口元を緩めた。
処分は伯耆の日野への流罪となった。清盛はこういうところが時々顔を出す。平治の乱時に義朝を斬った後に幼い頼朝や義経を流罪にする事を納得したのと同じ顔だ。
始めから乱に参加するつもりだった源兼綱はこの時、参加がバレる前に京を脱出。養父の頼政と共に以仁王の居る三井寺へ合流していた。また、長兵衛が届けた横笛「小枝」は橋合戦の間も以仁王の手元にあり、合戦で倒れた以仁王はこれによって平家に遺体を回収された。
源平合戦が終わった後に長谷部信連は関東に下り、梶原景時を通じてこの経緯を語り、頼朝は感嘆。能登国に領地を得たと伝えられている。
以仁王、、、、高倉宮。後白河法皇の次男。高倉天皇の弟宮。




