借家人の悲哀
グレッグとマリアを夕食に招待した当日。
夕食にはサーモンステーキとポテトサラダをふるまい、デザートには前日に焼いておいたアールグレイのシフォンケーキを出した。
「えっ、このケーキを自分で作ったの?買ってきたものみたいだよ?」
グレッグが本気で驚いた目で尋ねた。
実はベーキングを始めたのは最近で、初めて作ったケーキがあまりにも美味しくて自分でも驚いた。
とはいえ、そんなことをそのまま伝えるわけにはいかない。
「昔からベーキングは趣味だったのよ。」
と、うそのようなことを言いながらケーキを切って客にふるまった。
ケーキを一口食べたマリアが感嘆の声を上げた。
「わあ、本当に美味しい!甘すぎなくて……」
「お前、すごいじゃないか。料理もうまいし、ベーキングもうまいし。」
「はは。」
甘いケーキと温かい紅茶を味わいながら、本格的に同僚とのおしゃべりが始まった。
しかし、休職してからそれほど経っていないのに、会社の話がまるで他人事のように感じられた。
ああ、こんなんじゃ復職の時に大変だな。
会社で起きた出来事や、赤ちゃんベッドでぐっすり眠るルカの養子縁組の話で盛り上がった。
そのとき、グレッグがうらやましそうに尋ねた。
「休んでていい感じ?」
「いいよ。最近は趣味で木工でも習おうかと考えてる。」
その一言をきっかけに、結局私は自分の初作品である赤ちゃんベッドについて思いっきり自慢してしまった。
マリアとグレッグはなかなか良い反応を見せてくれて安心した。
「趣味の話になったけど、最近母が編み物をしすぎてて心配なんです。」
マリアが自分のセーターを指さして言った。
なかなか暖かそうに見えるそのセーターは、なんと手作りだった。
「お母さん、かなり腕がいいんですね!」
心からそう言って、じゃああなたも編み物が得意なのかと尋ねたところ、マリアは笑いながら首を振った。
「何度か編んだことはあるんですけど、私は編み物の才能がなくて。小さい頃は太い毛糸で作ったセーターよりも、真冬でもスタイルが出る服の方が好きだったんですよ……」
「ほんとに売ってるみたいですね?じゃあ、お母様は編み針と毛糸さえあれば冬服には困らないってことですね。」
グレッグが感嘆しながらマリアのセーターを眺めた。
「正確には秋服から春服までですね。毛糸の太さを調整すればいいだけですし。それに、マフラーや帽子、手袋みたいなものも全部編んじゃうんです。関節が痛いはずなのに、退屈だからっていつも何かを編んでるんですよ。」
マリアが少し心配そうに真剣な表情で答えた。
そんなふうにあれこれ話しながら、驚くほど和やかな夕食の時間を過ごし、マリアとグレッグは帰っていった。
私は皿洗いも後回しにして、すぐさま編み物の基本について検索し始めた。
秋、冬、そして春服までカバーできるなんて!
もちろんかなりの熟練が必要だろうけど、今回も私にバフをかけてくれたマニトアプリを信じることにした。
ネットには編み物用の無料パターンがたくさん載っていた。
初心者向けから上級者向けまで。うまく探せば、デザインも良くて簡単に作れるアイデアパターンもあった。
でも、これはちょっとチートすぎないか?
有名芸能人が着ていたセーターが素敵だったので、目分量で編んでみたところ、思った以上にちゃんとした服ができあがった。
自分で作ったセーターを着て、しばらく鏡の前を離れられなかった。
袖口、首周り、中央に入れた模様、そしてきれいに仕上がった裾まで。
セーターの下にシャツを重ねて着ると、きちんとしていて高級感のあるスタイルに仕上がった。
デパートで買ったと言っても信じてもらえるほどだった。
そして数日間のDIY服作りに関するネットリサーチを終えた私は、当然のように家庭用ミシンを注文した。
ガタガタ、ガタガタ……
ガタガタ、ガタガタ……
「……ばあ。」
「ん、ルカ起きたね。」
「うん……!」
私は勢いよく動いていたミシンを止め、ルカを抱き上げた。
綿でできた白いパジャマに包まれたルカが、手足をちょこちょこと動かして笑った。
「パジャマが大きすぎたね。ね、ルカ。」
「!」
まるで私の言葉を理解して答えるかのように喃語を話すルカにキスをしながらささやいた。
「でも、すぐ大きくなるから仕方ないね。」
「うん……!」
「ごはんにしようか?」
「あばば……!」
かわいい。私はルカのほっぺにもう一度、ちゅっと音を立ててキスした。
そして床にある物を踏まないよう注意しながら台所へ行き、赤ちゃんの口に哺乳瓶をくわえさせた。
「おいしい?よく飲むね。」
哺乳瓶を吸いながらにっこり笑うルカに、私も笑顔で応えた。
いつものようにゲップをさせた後、再びベッドに寝かせて、眠るまで少し遊んであげた。
また眠りたくなかったのか、目を閉じながらも最後まで笑いながら喃語を続けていたルカが完全に眠りについたのを見て、ようやく腰を伸ばして部屋を見回した。
「はあ、狭いな……」
すでに一ヶ月近く、隙あらばあれこれ家具を作ったり、赤ちゃんのおもちゃを作ったり、服を作ったりしていた。
そのおかげで、小さな部屋ひとつ付きのこの家は今にもはち切れそうだった。
ポイントを使って買いそろえた工具や調理器具、ミシンなどは、自分のサイズをはるかに超える量の物を生み出し、家中を埋め尽くしていた。
全てを自分で作るほうが安く済むだけでなく、品質もはるかに良かったため、会社に復帰する前に必要な物をできるだけ作り置きしておきたかったのだが、置く場所が足りなくなるとは思わなかった。
ルカはまだベッドの中だけで一日を過ごしているけれど、いざハイハイを始めれば、そのときには家がもっと狭く感じられるはずだった。
普通は生後6ヶ月からハイハイを始めるらしいが……本当に悩ましい。
出生届の日付通りに計算すると、ルカはまだ生後2ヶ月になったばかりだが、赤ちゃんはあっという間に成長するものだ。
それにルカは、どう見ても他の赤ちゃんより成長が早いように思えた。
まあ、出生届より早く生まれていた可能性もあるから……。
「……困ったな、本当に。」
赤ちゃんが成長すればするほど、より広い空間が必要になるのは明らかだった。
加えて、もう一つの悩みは、まだこれといった資産運用の方法を見つけられていないということだった。
今のところ、時間の合間に管理人のアルバイトをして生活費を賄い、ルカの委託補助金を倹約して生活していた。
ただ、貯まったポイントを生活費にあてるには、それによって得られるバフ効果がもったいなくて、できるだけポイントは貯めていた。
やや困窮してはいたものの、それでも前向きな出来事のほうが多く、なかなか充実した時間を過ごせていると思っていた。
家主から「引っ越してほしい」との電話を受けるまでは、すべてが順調だと思っていたのだ。
声がだんだん大きくなっていくのに気づき、ルカを起こさないようにと私は外に出て通話を続けた。
「ちょっと、どうしてこんな急に通知されるんですか。できるだけ早く出て行ってくれだなんて。」
[もともとの家主である義両親がシルバータウンに入居することになって、そのアパートを私たち夫婦が譲り受けたんですけど、私たちも事情が良くなくてですね。今住んでいる家を売って、そのアパートに移る予定なんです。]
「いや、それでも……!」
自分たちの事情がどんなに悪かろうと、家主が借主より困っているとは思えなかった。
[あのですね、これは善意でお伝えしてるんです。どうせ私たちは30日とか60日前に通知すればいいだけなんですよ?]
2年のリース期間が終わった後は、月ごとに更新されている契約だったので、その言葉が間違っているわけではなかった。
でも、こんなふうに突然追い出されるのは納得できなかった。
昔なら事情は違っていただろう。
築30年近いアパートだったから、いずれ建て替えられるかもしれないと漠然と考えていた。
その頃は一人だったし、特に家具もなかったからいつでも出て行けると思っていて、住まいについて深く考えることはなかった……。
でも、今は違う。
お金もないのに、こんな真冬に赤ちゃんを連れてどこへ行けというのか。
しかも誇張ではなく、本当に行く場所がなかった。
ここは主に、都市部から押し出された人たちが賃貸で暮らす場所だった。
都市が拡大するにつれて、さらに遠くに押し出されるしかない人々だった。
もう一つ外れに行くとしても、そこには長年その地に根を張ってきた人々がいた。
その場所にはすでに家族経営の農場や、企業の大規模工場などがあり、その土地に根ざしていないと仕事を見つけるのも難しかった。
いやむしろ、都市ならあちこちでアルバイトを見つけて、必要なときに食いつなぐことができるが、郊外はそれが不可能な地域だった。
もちろんアルバイトだけでは都市での生活費をまかなうのは難しい。
だからこそ、貧しい経済力を長い通勤時間で埋め合わせて、ここで暮らしながら働いている人たちがほとんどなのに……。
結局、どこにも完全に定着できず、極度に貧しくもないため、意味ある支援制度からも外れている人々。
今、どこにも行けず立ち往生している人の一人が、私だった。
「……ふぅ。」
私は深呼吸しながら、電話をさらに強く握りしめた。
「借主保護法」というものがあるはずだった。家主が本気で借主を追い出そうとしたら、役に立たないかもしれないけど……。
でも、言われるままに出て行ってしまえば、最低限の権利すら守れなくなるかもしれないから、黙っているわけにはいかなかった。
「いくらなんでも、こんなふうに、それも真冬に急に人を追い出すのは困ります。今の家には生まれて間もない赤ちゃんもいます。せめて春になるまでは……」
[……うちも家が売れてるので、そこまで長くは待てないんですが、少々お待ちください。]
夫婦は受話器の向こうで何かを話し始めた。しばらくお金の話が交わされた。
ホテルがどうこう言っていたので、彼らがホテルに滞在する際にかかる費用についての話らしかった。
「弁護士」という言葉も聞こえてきて……私は知らず知らずのうちにため息をついていた。
借主の悲哀を、まさかこんな形で味わうとは、なぜこれまで想像もしなかったのだろう。
[あの、もしもし?]
「はい。」
[うちとしてはこれが提案できる精一杯です。これが一番、お互いに不快にならずに終わらせられる方法だと思います。]
家主は、2月中に退去するなら、90日、つまり3ヶ月分の家賃を引っ越し費用として渡すと申し出た。
親切そうに言っていたが、計算は見え見えだった。
彼らがすぐにこの家に入れない場合のホテル代、問題なく私を退去させるための弁護士費用など……。
この件にかかる費用や時間を計算した結果、3ヶ月分の家賃の方が安上がりだと判断したのだろう。
短い熟考の末、私は家主の提案を受け入れた。




