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第七話 真実

 祭典当日、会場となる広場で私はガチガチに緊張していた。

 対して、ヨハネ様とライアンさんは観光をしっかりと楽しんでいる。


「ライアン! 雲のような菓子があるぞ!」

「わたがしです。買わないですよ」

「おお。立派な陶器だな」

「勝手に他国の物は持ち帰れませんよ」


 一般人として溶け込むにはあまりにも目を引く容姿だが、ヨハネ様は気にしていないようだ。お付きのライアンさんがいなければ、迷子になってしまうのではないかと心配する。


 そんな二人の様子を横目に見ていれば、依頼者が私に声をかけてきた。


「あのう、フィオナ様……展示品は……」


 前日までに品が届かなかったので、不安そうな表情をしている。そんな彼に私は微笑みを返した。


「大丈夫です。今から作ります」


 人の流れがゆっくりと変わり、次第に非魔法族側の展示場に集まってくる。


「おや? ここは何も飾られていないのか」


 私たちが待機するスペースを見た人々が不思議そうに首を傾げる。そんな人々を確認して、私は両手を握り、祈るような姿勢を取った。


 ……正確な術名がなんなのかは分からない。本当にできるのかという不安も少しある。

 けれど……私を頼りたいと思って信じてくれている人の役に立ちたい。


 造りたい。

 誰かにとって価値のあるものを。

 人が生み出す輝きを見て欲しい。


 全身から冷気が溢れている感覚がする。しばらくすると、観衆から「おお」という声が上がった。

 目を開けば、目の前には大きな聖母像が完成していた。


 氷でできた像は陽光を受けてキラキラと輝き、夏の日だというのに溶ける様子はない。


「なんと緻密な……!」

「ほう! 氷の彫刻とは珍しい!」

「ヒビ一つないとは!」


 周囲の歓声は、私の氷魔法が成功していることを示していた。


「……できた」


 自分でも思っていた倍は高い完成度に、思わず見惚れる。

 綺麗だと、思えた。


「素晴らしいです! フィオナ様!!」


 依頼者は歓喜の声を上げ、仲間内と抱き合って喜んでいる。その光景を見て、心底安堵した。


「これは買い手が付くに違いありません!!」


 そう、本来の目的はこの氷の像に買い手が付くこと。

 買われるだろう。なんの根拠もなく、自然とそう思えたし、誰も疑っていなかった。


 氷の像には多くの貴族が立ち寄り、見物する。周囲を見ても、人の集まりは圧倒的だった。


「氷属性を扱える者がこの時代にいたとは……」

「私も古い学術書でしか見たことがありませんぞ」


 五分、十分。訪れた人は次々に感想を口にする。

 三十分、一時間。満足いくまで観察した人々は、一人、また一人とその場を後にした。


「……どうして」


 買い手が、付かない。

 大勢の人が見に来て、大勢の人が賞賛してくれている。表情を見れば、その賞賛に嘘偽りがないのだろうと思える。


 なのに、誰も買おうとはしてくれない。依頼者の間でも不穏な空気が立ち込め始める。


(これでは依頼が……)


 次第に血の気が引く感覚がして、私は慌てて近くの見物人に声をかけた。


「あ、あの! どうでしょう、買っていかれませんか!」


 私が声をかけた人物は、難しい表情で考え込んだあと、首を振った。


「素晴らしい美術品です。きっと十年探してもお目に掛かれないほどの作品でしょう」

「ではなぜ!」

「……溶けてなくなってしまうでしょう?」


 その言葉にハッとした。


「我々は後世に語り継がれるほどの美術品を求めて、この祭典に訪れています。いつかなくなってしまうものでは……」


 そういって、その人は立ち去る。次に聞いた人も、その次に聞いた人も同じ答えだった。

 氷はいつか溶けてしまう。

 お金を出したのになくなるのは、買う意味が見つからない。

 消えてしまえば、他に自慢のしようがない。


(そうだわ……私は氷属性だから……)


 創ることはできても、維持はできない。もしかしたら溶けない氷を生成することも可能なのかもしれないけれど、私が現状作るモノはいつか消えてしまう。


「……ごめんなさい」


 震える声で呟き、依頼者に向けて謝る。

 どれだけ美しいと信じて作ったものでも、目的に沿ったものじゃなきゃ意味がなかった。


 ……そもそも、始めから私は不適格だったんだ。


 謝って済む話じゃない、と絶望に駆られそうになったとき、


「ほう。この価値が分からないとは。随分と後進的な考えだな」


 私の耳に届いたのは、観光でウロウロしていると思っていたはずのヨハネ様だった。

 ヨハネ様の通る声に、帰りかけた貴族らが足を止める。


「果たして美術とは、残るものがすべて正義なのか?」

「それは……」


 まるで自分らが間違っていると言わんばかりの自信に満ち溢れた声に、貴族らも顔を見合わせた。


「美術は技術者が命を燃やして作り上げるからこそ美しい。……人の命そのものだと、そう思わないか?」


 ヨハネ様が語る姿は、洞窟で見た時の姿そのものであった。


「人はやがて死ぬ。不老不死などというおとぎ話は存在しない。魔法使いも、非魔法使いも関係なく、命は平等に存在する。だからこそ、限りある生を燃やして生き、輝き、散り際に微笑めるように努める」


 この像は、まさしくそれを表しているのではないか。とヨハネ様は氷の像を見上げた。


「この微笑む聖母は、消えるその間際まで微笑み続ける。美しいと人々が疑わぬ間に消えてゆく。その儚さに価値を見出せないというのなら……全く、この祭典は意味のないものかもしれないな」


 見る目がない、と遠回しなヨハネ様の指摘に、貴族らの顔が羞恥で赤らんだ。


「ご……五千ルルだそう!」

「いや、私は一万ルルだ!」


 ヨハネ様の演説が終わったと同時に、貴族らは我先にとこぞって声を上げる。

 急に始まった競りに、依頼者は大慌てで対応する。


「二万……二万五千……五万……じゅ、十万ルル以上の方はいらっしゃいますか! い、いませんね! 十万、十万ルルで決まりです!!」


 あっという間に買い手が決まり、滅多に聞くことのない額に出店側は大いに沸き立った。


「やった! これで息子を大学まで行かせてあげられるわ!」

「ああ、父さんの薬が買える……!!」

「今年はようやく妻に結婚祝いの品が贈れるぞ!」


 涙を流して抱き合う依頼者らの姿を見て、私はようやく遅れて依頼の成功を実感した。


「フィオナ様! 本当にありがとうございます!!」


 依頼者は私の両手を握り、何度も頭を下げる。


「私は何も……ヨハネ様がいなければ……」


 ヨハネ様に視線を向ければ、微笑みが返ってくる。その表情はまるで「俺は何もしていない」と言っているようだった。

 その表情をみて、私は目に涙を浮かべる。


「こちらこそ……任せていただき、光栄でした」


 依頼者とお礼の言葉を交わしていると、集まりの中から一人の男性が申し訳なさそうな顔をして傍によってきた。

 右手には包帯を巻いており、元々彫刻を作る予定だった技術師だろう。周囲の笑みとは対照的に、暗い顔をしている。


「……恥ずかしい限りです。結局我々は、魔法使いに頼らなくては生きてはいけない存在です。……ありがとうございました」


 そういって彼は頭を下げる。

 非魔法族に生きる価値なし。

 私も何度も言われてきた言葉を口にする彼の姿が痛ましく、浮かべている笑みは自虐だと分かる。


 私は男性に近づき、そっと包帯の上から手を添えた。


「……いいえ。そんなことありません」


 確かに今回は助けた形になったかもしれない。それでも、と私は男性の目をまっすぐに見つめる。


「年に一度のチャンスを掴む祭典。非魔法族に与えられた数少ない出店場所を確保し続けることは、並大抵の努力ではできないはずです。今年は私だったかもしれませんが、皆さまは毎年結果を出し続けてこられました。間違いなく、貴方達の生きる輝きの結果です」

「……フィオナ様」

「価値は誰にでも存在します。暗い気持ちでその輝きが消えてしまうのは……悲しいです」


 誰しもが持っているはずの輝きを、否定することで失わないでほしい。差別で比べないで欲しい。


 私が口にした言葉はすべて、ヨハネ様から教えられたことだった。


 私の言葉を聞き、男性は今度こそ笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。俺にとっては、貴方が聖母に見えます」

「勿体ない言葉です」


 私はそっと男性の腕から手を離す。すると彼は驚いた表情をして、手を振って見せた。


「い、痛くない……! 痛みが消えている!」

「一時的な処方にすぎません。どうか今回の売り上げで病院へと行ってください」

「ありがとうございます!!」


 帰り支度をした彼らを見送った後、私は広場の隅で待っていたヨハネ様と合流する。


「大成功のようだな」

「はい!」

「一番ハラハラしてたのは、実はライアンだぞ」


 ヨハネ様がライアンさんに視線を向けると、彼は恥ずかしそうに目を背ける。


「フィ、フィオナ様があまりにも営業下手だったからです!」


 ライアンは口調は厳しいけれど、きっと悪い人じゃないんだと思う。不器用な優しさが垣間見れた気がして、私とヨハネ様は顔を見合わせて笑った。


 きっと、私一人じゃできなかった。ヨハネ様が背中を押し、ヨハネ様が支えてくれたからこなせた依頼だ。



 ◆


 それからというもの、比較的平穏な日々が続いた。

 ヨハネ様と共に依頼をこなし、依頼がない日は魔法使いの訓練の様子を見守る。そんな日々を送っているうちに、私は自分がいつもヨハネ様の姿を追っていることに気づく。


(あ。またライアンさんに怒られて不貞腐れてる)


 いつも笑顔なヨハネ様だけれど、そのいつもの中に些細な変化を見つける楽しみができた。


 楽しい。毎日が幸せで、嘘みたいだと思ってしまう。

 私が笑える時、いつだってそばにはヨハネ様がいる。不安になった時もいつもヨハネ様がすぐに気づいてくれる。


 ……ヨハネ様が好き。


 そう自覚するのに、なんら難しいことはなかった。

 顔を合わせるたびに高鳴る鼓動も、寝る前に見る贈られたイヤリングも。ヨハネ様を通して見る世界は、自分が氷属性の魔法使いということを忘れてしまうくらいに暖かかった。


「ヨハネ様、ティータイムのお時間ですよ」


 ライアンさんが不在の午後、私は彼の執務室を訪問する。

 返事がないので部屋を覗けば、窓から入る日差しが心地よかったのか、ヨハネ様は居眠りをしていた。


「ふふ。またライアンさんに昼寝したら夜寝れないでしょ、って怒られますよ」


 風に揺られて流れ落ちる柔らかい髪が美しい。まつ毛の長さは羨ましいと思えるほどだ。


(って、見惚れてる場合じゃないわ!)


 起こそうと手を伸ばしかけた時、机に広がった書類の中に随分と飾りの豪華な手紙が混ざっていることに気づいた。


(フチが金箔で飾られた便箋なんて、初めて見たわ)


 その物珍しさから、つい視線が向いてしまう。

 見てはいけないと気にしないはずだった。それでも、手紙の中の文字に「フィオナ」とあったので、視線が固まる。


(どうして私の名前が……?)


 手に取って目を通してしまった内容に、私は動揺する。


「そん、な……」


差出人はヴァルデ王国国王陛下から。つまり、ヨハネ様の御父上だ。

内容は……


『希少な氷属性の魔法使い、フィオナについて至急調査報告書を提出するように。我が国に仇為す危険因子だと認められれば、暗殺を許可する』


なぜヨハネ様が私を強引にそばに置いたのか。

いつの間にか考えないようにしていた不安が津波のように押し寄せてきた。


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