第四話 依頼完了後はご褒美です
「ひゃああ……」
次の日、私は情けない声を上げていた。見上げる先にあるのは、巨大な滝である。
連れていかれたのは、帝国の辺境にある渓谷。風魔法を使える人から「帰りはまた迎えにきます~」とヒョイっと飛ばされたかと思えば、この場所に着地していたのだ。
一緒にいるのはヨハネ様とライアンさん。教会の人は同行しないようで、壮大な自然の中に置き去りにされた気分だ。
「いい自然だな」
「我が国のほうがもっと素晴らしい自然があります」
「そう張り合うな、ライアン」
気軽な様子のヨハネ様とは反対に、私はただ茫然と立ち尽くすしかない。
「あ、あの……ここで何を?」
「穴をあけてくれ」
「はい?」
平然と語られる内容に、思わず低い声が出る。
「どうやらこの滝は奥に洞窟があるらしい。その洞窟を夏に観光するのが定番の観光ルートのようだが、今年は雪解け水が多かったらしく、水量の関係で洞窟が見えないのだと」
依頼書を渡され、依頼書と滝を交互に見る。
雪解け水が多い春以外のシーズンは観光ができるが、今年はシーズンが開始となっても未だに洞窟への入り口が見えない。これでは商売上がったりのため、魔法使いに依頼が来たようだ。
危険の多い自然遺産の観光は非魔法族の仕事として回ってきやすい。安全性を求めるには魔法使いの助けが必要だけれど、この国で非魔法族に好意的に手を貸す人は少ない。
ヨハネ様が言っていた「需要と供給」の意味が少し分かり、納得する。
「って、納得したからって……私には無理ですよ!」
「氷で固めて、出入り口だけ作ってしまえばいい」
「だけって……そんな!」
ヨハネ様は「少し練習してみよう」と言って、私を水辺付近へと連れていく。
水を凍らせるなんてできるのか、と川辺でしゃがんだ私は、そっと指先で水に触れる。
しかし、なんら変化はない。
「やっぱり私には……」
魔法の才があっただなんて、誤解だったんだ。
そう思いかけた私の肩を抱くようにして、ヨハネ様が隣にしゃがみこんできた。
「もっと集中してごらん」
手を重ね合わせられ、その密着感に心臓が跳ねる。
(こ、こんな状況で集中だなんて……!!)
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返す。
「自分の血の巡りを意識するんだ。魔力の流れは血流と一緒だから、血が指先を巡る感覚を意識してごらん」
指先、指先……。
ぎゅっと目を閉じているうちに、なんだか指先が冷たくなった気がした。
(こういうのって、普通暖かくなるイメージだけど……)
と、勝手なイメージを思い浮かべながら恐る恐る目を開ける。
すると。
「で、できました!!」
指先に小さい氷の塊が付いている。冷たいけれど、自分の魔力で作ったものだからか痛みなどは感じない。
「凄いな、フィオナ!」
きゃっきゃと一緒に喜んでくれるヨハネ様を見て、自分には持てないと思っていた幸福感が湧き上がる。
「さあ、この調子でもう一度……」
「あの。お言葉ですが、そのペースで進んで、真夜中までかかるつもりですか?」
続きを促そうとしたヨハネ様に釘を刺したのは、ライアンさんだった。
後方で腕組みをして、呆れた表情をしている。
「焦るな、ライアン。フィオナはまだ……」
「俺は焦ってませんよ。ヨハネ様に危機感がないんです」
ライアンの言葉でヨハネ様を見れば、グッと言葉を飲んでいる様子だった。
それを見て、私は目を伏せる。
(そう、よね……。指先に氷がついたから何よ。何の役にも立てないわ)
価値がない。
体に染みついた言葉が脳内で繰り返される。
しょんぼりとした私たちの雰囲気を察したのか、ライアンさんはため息を吐いてズカズカと歩み寄り、私の手を引いて立ち上がらせた。
「チマチマやるより、やってから後悔したほうが早いです」
「え、あのっ……!」
連れてこられたのは、再び滝の前。
「さ。手をかざして。勢いよくやってください」
「ライアン! 物事には順序ってのが!」
「その順序を誰よりすっ飛ばして、婚約者だのなんだの言ってるのはどこのどなたですか」
正論が刺さったのか、ヨハネ様は肩を落とす。
従者にしては強気だな、と思っていると、ライアンは気まずそうに頬を掻いて言葉を足した。
「……そもそも、魔法とはそうやって使うものではないと。ヨハネ様がいつも言っておられるでしょう。らしくないことをして、回り道をしてほしくないです」
その言葉でヨハネ様はハッとした表情をし、私の後ろに立って背中に手を添える。
「……フィオナ。俺が言ったことを覚えているか?」
「言ったこと?」
「魔法の後天的な発症条件についてだ」
確か、願いの共鳴。
「俺はこの条件はすべての魔法使いに共通するものじゃないかと考えている」
「全ての魔法使いに……」
「フィオナ。君は何を考えて魔法を使いたい。何のために使いたい?」
その言葉に、目を伏せる。
ヨハネ様が私の価値を認めてくれているのならば、応えたい。
私は……誰かに求められたかった。誰かに必要とされたい。
いまもし、誰かが困っていたとして。それを私が助けられるのなら……助けたい。
「……できたな」
優しいヨハネ様の声が耳に届いて、目を開ける。
「うそ……」
囂々と流れていた滝の中心部に、アーチ形の氷の入り口ができている。その奥には、洞窟らしきものが見えた。
水流は氷のアーチを避けるように変わらず流れており、滝全体の景観の美しさも損なわれていない。
目に映る光景が信じられず、私は何度も瞬きを繰り返した。
ヨハネ様を見れば、嬉しそうな表情をしている。
「ヨハネ様……私、私っ……!」
「魔法学など習っていなくても、君はもう何のために自分の力を扱うべきか分かっている。それが君の才能だ」
私にもできるんだ。
泣きそうになる気持ちを抑え、私は笑顔を返す。後方ではライアンさんが「ほら。やればできるですよ。イチャイチャに俺を付き合わせないでください」とまた呆れていた。
満足感に浸っていると、ヨハネ様が私の手を取る。
「フィオナ。せっかくだから、洞窟の中を二人で見て回ろう」
「ええ!」
私と同じく「ええ!」と声を上げたのは、ライアンさんである。
「ヨハネ様!? 俺は早く帰って教会の指導の仕事をしてほしいんですが!!」
「せっかく帝国にきたのだから、自然鑑賞も仕事のうちだ」
今度は従うものか、とヨハネ様は私を連れて洞窟の中へと進んでいく。
「お、俺はヨハネ様の女性の口説き落としに付き合うために外交手続きをしたわけではないんですが!!」
ライアンさんの悲鳴は、洞窟の中まで響いて聞こえてきた。




