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第三話 依頼

 ヨハネ様は、現在外交と知見を深めることを兼ねて、グルア帝国に滞在中らしい。

 しかし本来の滞在期間はとっくに過ぎており、自国からは「帰ってこい」との郵便が絶えない。


 ヨハネ様は物腰柔らかな風貌に見えて意外とやんちゃなようで、まだ自国には帰りたくないとのこと。そこで、丁度いい滞在延長の言い訳を探しておられたそうだ。


「婚約者を自国に連れて帰ろうと口説いている途中だと言えば、父上も納得する」


 自信満々にそう言い放つので、「無理があるのでは」とは言えなかった。


 ヨハネ様の馬車に乗り換えた私は、移動の合間に疑問を尋ねる。


「どうしてまだこの国に?」

「グルア帝国の魔法学の発達は群を抜いて素晴らしいからね。もう少し、民の生活を見学したい」

「民の生活、とは?」

「グルア帝国では、非魔法使いであっても最低限のコミュニティがあり、ある程度の社会生活が成り立っているだろう?」


 ヨハネ様の言葉に頷く。


「つまり、需要と供給があるから成立しているんだ。俺はその仕組みを“非魔法使い側”からより深く理解したい」

「非魔法使い側から……ですか?」

「差別のない国作り、と言えば分かりやすいか?」


 理解はできるが、想像ができない。そんな私を見て、ヨハネ様は「まあ、いずれ分かってくれたらいい」と話を流す。


 話の区切りだと言わんばかりに、丁度馬車も止まった。


「目的地に着いたみたいだな」

「ここは……」


 馬車を降りると、教会のような見た目をした建物の前だった。周囲は森で囲まれており、人気が多いとは言い難い。


「ヨハネ様! 遅いですよ!!」


 馬車を降りた私たちを見て、門の先から一人の男性が駆け寄ってくる。青色の髪に執事服を着た青年だ。


「遅くなってすまない、ライアン」

「まったく。先入りして見学手続きをしていた私の身にもなってください! ……そちらの女性は?」


 不思議そうな目を向けられ、緊張で背筋が伸びる。


「紹介しよう、フィオナ。俺の従者のライアン・オーカスだ。幼馴染のような者だから、あまり気を遣わなくていい」


 そして、とヨハネ様はライアンさんに笑みを向ける。


「俺の婚約者のフィオナだ」


 一拍の間があったあと、ライアンさんの絶叫が森に響いた。


「私は、絶対に認めませんからね!! こんな弱々しい女性にヨハネ様の正妻が務まるとは思えません!!」

「小言は後で聞こう」

「後でも聞く気がないでしょう!?」


 二人の会話を聞きながら、私は困ったような笑みをしながら少し視線を下げる。

 そもそもたとえ嘘だったとしても、私がヨハネ様の婚約者を名乗ることすらおこがましい。

 ヨハネ様の様子を見る限り、ライアンに真実を打ち明けるつもりもないようだ。


(私はまた……嘘まみれの婚約者ね)


「ただ、彼女から出された結婚の条件は婿入りでな。どうにか我が国に来てもらえないかと口説いている途中だ。だから、父上にはしばらく帰れそうにないと連絡しておいてくれ」

「そうやって面倒事をいつも私に……」


 ライアンさんはげんなりとしたあと、私に厳しい目を向ける。


「私は認めませんからね。ヨハネ様は、現在王位継承問題を控えた大変繊細な時期です。問題ごとを増やしたくはないんです」

「……すみません」


 何を返していいのか分からず謝れば、ヨハネ様から「ライアン」と声が飛んだ。


「俺の婚約者に口出ししている暇があったら、仕事の案内をしろ」


 その言葉で、ライアンさんは公私を一旦切り替えたようだ。何度か咳払いをして、真面目な顔をしてヨハネ様を教会のほうへと案内する。

 私も一歩後ろから彼らについていけば、門をくぐった先では一人の老人が待っていた。


「遠い他国より、ようこそお越しくださいました。ヨハネ王子殿下。ご用件はすでにお伺いしております」

「話が早くて何よりだ」

「こちらとしても、殿下直々にご指導いただけるとなると、魔法使いとしての箔が付くというものです」


 軽快に話をしている様子を呆然と見ていた私に気づいたライアンさんが、こそっと耳打ちをしてくる。


「ここは魔法使いギルド、カルマ。彼はギルド長のバーボンさんです」

「魔法使い、ギルド……?」


 私の知識が少ないせいか、聞き覚えがない。そもそも魔法とは生活の一部としてあるものであり、研究者や軍人などでない限り、魔法そのものを職業としている者は少ない。


「いま、需要がないんじゃないかって思いました?」

「は、はい……」

「ありますよ。ここは、非魔法族からの依頼をこなす場所です。まあ、帝国に見つかれば面倒なことになりますから、表向きはただの教会ですが」


 ふと、ヨハネ様が言っていたことを思いだす。

 民の生活を非魔法使い側から見てみたい、と。


 ふむふむと納得した私は、続けてライアンさんに尋ねる。


「先ほどバーボンさんが指導と仰ってましたが、ヨハネ様はここで何を?」

「……貴女、ヨハネ様から何も聞いてないんですか?」


 婚約者のくせに? と言いたげな視線に目を泳がせる。

 ライアンさんはまあいいか、とため息を吐いた。


「そのままの意味です。ヨハネ様が今回滞在する表向きな理由は、魔法使いへの魔法指導です」

「ってことは、ヨハネ様はもしかして凄い魔法使いですか?」

「ヨハネ様を魔法使いと一緒にしないでください。ヨハネ様は、精霊使いです」


 精霊使い? 

 またしても知らない言葉に首を傾げる。私のそんな様子を、今度こそライアンさんは訝しんだ。


「貴女……本当にヨハネ様の婚約者ですか?」


 ギクッと背筋が伸びたが、ここで詰まっては余計に怪しまれると言葉を紡ぐ。


「わ、私だってヨハネ様から何も聞いてないんです! ある日突然婚約者になってくれと求婚されて……!」


 嘘じゃない。言われたのはつい先ほどだけれども。

 でも嘘ではなかったおかげか、ライアンさんは私への言及をやめた。


「……大体想像が付きました。ヨハネ様の説明不足はいつものことですから」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 話が終わったのか、ギルド長と別れたヨハネ様が私たちの元へと戻ってきた。

 手には一枚の手紙を持っている。


「夕方には俺たちの部屋の準備が済むそうだ。ここに一カ月ほど滞在しようと思う。ライアンは馬車の荷物を移動させてくれ」

「承知しました」


 ヨハネ様の言いつけを受けたライアンさんは、門前に待機していた馬車のほうへと戻っていった。

 二人きりになったところで、ヨハネ様が私に語り掛ける。


「ある程度はライアンから聞いたか?」

「は、はい! そのお手紙は?」

「依頼書だ。せっかくだからと一つ依頼を受けてみることにした」


 依頼書、ということは非魔法使いからのお願い事が書かれているのだろう。

 そこまで考えて、私は「おや?」と首を傾げる。


 ライアンさんは、ヨハネ様が魔法使いではないと言っていた。じゃあ、魔法使いに頼んだ依頼をどうやってこなすのだろう? 


「その依頼は誰が?」


 疑問をそのままにした私に向かって、ヨハネ様は笑みを浮かべる。


「魔法使いならば君がいるだろう、フィオナ」

「ええ! しかし私は魔法が……!」


 自分が氷属性の魔法使いということもまだ信じられていないのに、依頼だなんて! 

 ブンブンと首を振る私に、ヨハネ様はカラっとした笑みを返す。


「大丈夫だ。簡単な仕事だから」

「しかし……!」

「俺も一緒にいる。だから、大丈夫だ」


 ヨハネ様のブルーの瞳に真っすぐに見つめられる。

 不安は大いにある。いままで魔法を使えなかった人間が、何かをできるとは到底思えない。

 それでも、彼の「大丈夫だ」の声に、なぜだかどうしても反論ができなかった。


(私はきっとまた……自分の意見を呑んで失敗するんだわ)


 依頼は明日だと言われ、不安を抱えたままその日は与えられた客室に泊まることとなった。



 ◆


 その日の夜、不安で眠れなかった。


(そもそも、学校にすら通えなかった私に魔法学なんて……)


 ベッドの上で物思いに耽っていると、ふいに窓がコンコンと叩かれる。

 起き上がってカーテンを開けると、窓の外に青色に光る何かが浮いている。


「何かしら?」


 窓を開ければ、そこに浮いていたのは手のひらに乗るくらいの大きさの小人だった。

 容姿は光っていて上手く分からない。というより、人型を模しているだけで特にない? 


「……精霊?」


 おとぎ話に出てくるような精霊に似ていたので、そのまま呟けば、人型がうんうんと頷く。

 偶然の正解ながら、私は「おお!」と目を丸めた。


「初めて見たわ! 貴方がヨハネ様の精霊さん?」


 また、精霊はうんうんと頷く。その仕草が可愛らしく、私は精霊を部屋に招き入れた。

 すると精霊は、筒状に丸まった小さな紙を渡してきた。


『君の世話役を預けるよ。困ったことがあれば、その子に言うといい。寝れない夜の話くらいは聞いてくれるはずだ』


 手紙の内容を見て、私は笑みを零す。


「寝れていないって、ヨハネ様にはお見通しだったわね」


 ベッドに横になった私は、枕元に座る精霊に語り掛ける。


「依頼なんてできるのかしら。私みたいな……」


 言葉を紡ごうとしたとき、精霊が私の頬をぺちぺちと叩く。

 まるで怒っているような仕草だ。


 怒る精霊の姿が、ライアンさんに似ていて、また私は笑う。


「そうね。弱々しいって、またライアンさんに怒られてしまうわね」


 うんうん、と精霊がまた頷くので正解のようだ。

 満足そうな精霊を見ているうちに、私はハッと自分の頬を触る。


「……笑うだなんて、いつぶりかしら」


 思い出すかぎりで、笑えた日なんてない。ヨハネ様と出会っていなかったら、きっとこの先もなかった。


『明日はきっといいことがある。そう思って過ごすのよ』


 忘れていた母の言葉が思い返される。そんな日なんてずっとないことに気づいてからは、考えないようにしていた。


「……明日にはきっといいことがあるわ」


 その言葉がきっかけになったのか、私はそのまま眠りに落ちた。


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