だるまさんがころんだ
プロムでヴィルとの恥ずかしい姿を晒してから一カ月が経った頃、季節は秋真っ盛りで冬の匂いもしてくるくらいに寒さが増していた。
日本で言えば10月くらいになるのかしら……小説の世界のままだとそろそろ聖女が出現し、ヴィルと聖女が良い仲になり、私の誕生日を迎える頃にはすっかり私とヴィルの関係も冷え切っていくのよね。
悪事を繰り返した私はそのまま処刑されるというルートなのだけれど、皆で様々な事を乗り越えたおかげで、処刑ルートはすっかり回避されたのだった。
…………って私が勝手に思っているのだけど、回避されたのよね?
ここからは小説に書かれていないから確かめようもないし、とにかく小説の通りには進まなかったわけだからと思い直し、ソフィア達と穏やかな日常を過ごしながら、相も変わらず聖ジェノヴァ教会跡地に通う日々を送っていた。
まだまだここではやらなくてはならない事が山積みで、人手も足りているとは言えない。
王都の外れの貧民街で物乞いをしていた子供たちは最初、この跡地に身を寄せていたので、修道院の方々や私もだけれど皆でお世話をしていたのだ。
しかし、子供の頃から生活習慣などを整えた方がいいという事で、子供たちを修道院の方で保護してもらい、少しづつ修道院での暮らしを教えていきながら、午後からは聖ジェノヴァ教会跡地で学びや遊びの時間をもうけるようにするのはどうかと提案したのだった。
小さな子供も沢山いるので、幼少期から厳しく時間を管理したり、清貧を主とする修道院での暮らしを強いる必要はないと思う。
今までもとても辛い暮らしをしてきたのだもの、のびのびと生活させてあげたい。
かと言って規律を守れない人間になれば人は堕落していってしまうから、その辺のバランスはとても大事よね。
その教会跡地はと言うと、仰々しい飾りや煌びやか装飾などは一切なくなり、子供たちが教育を受けられるように中はすっかり改装されてきている。
大きい机が運び込まれたり、沢山の椅子が並べられたりして、まさに学校の教室ような中身になってきていた。
というのも私とマリアが日本という国で生きた記憶を持っている事から、2人で様々な案を提案し、聖ジェノヴァ教会跡地を教育機関として機能させようと考えたのだ。
もちろん私が転生者という事はマリア以外知らないので、マリアの意見に賛同したという事にしている。
今日も子供たちは午後から学びの時間を持ち、修道士たちのお話に耳を傾けている。
そんな姿を後ろからこっそりと見守っていた私の隣りに、そっと修道院長様がやってきて小声で挨拶をしてくださった。
「今日もこちらにお越しいただき、感謝いたします。オリビア様」
「修道院長様。そんな、私は来たくて来ているのですから、お顔をお上げください」
聖ジェノヴァ教会跡地に三日と空けずに通っている私に対して、いつも恭しく頭を下げて挨拶をしてくれるのは、ハミルトン王国の王都にある大修道院のトップである修道院長様だった。
見た目はとても若く肌艶もいいのだけど、頭頂部は全て剃っていて、服装も黒のスカプラリオをまとい、質素な生活がにじみ出ているかのような佇まいは大司教とは大違いだった。
修道院での生活はとても規律が厳しいって言うものね。
俗世との関わりを一切絶つ彼らに子供たちの保護を手伝ってもらうのはとても心苦しかったのだけど、善行は彼らにとっても歓迎すべき事のようで、快く引き受けてくださった。
その代わり、国としても支援は惜しまないと陛下が約束したのだ。
「修道院長様のおかげで子供たちの笑顔が増えました。こちらこそ感謝してもしきれませんわ。本当にありがとうございます」
「オリビア様に頭を下げさせたとなれば、私はどんな罪を言い渡されるのやら……」
「まあ……ふふっ」
私達が冗談を言って笑い合っていると、学びを終えた6歳くらいのサンドという男の子が一人でこちらに走ってきて、私の腕を引っ張っていこうとする。
「こっちで皆と遊ぼうよ!」
「こらこら、オリビア様は遊びに来ているわけでは……」
「いいんです、この子たちと遊びに来ているようなものですから」
「え……」
修道院長様は貴族の令嬢が子供と遊ぶ為に来ているという言葉が信じられないようで、私の言葉に目を丸くしていた。
私は冗談などではなく、本当にこの子たちが健やかに過ごしている姿が見たくて、一緒に戯れたくてここに来ているので当然の事を言っただけなのだけれど。
修道院長様に頭を下げてその場をあとにし、庭園に集まっている子供たちの元へと急ぐと、そこにはソフィアも皆に交じって遊んでいた。
公爵家から寄付された人形を使って、皆で人形遊びを始めている。
随分皆と打ち解けたわ……勉強も沢山学んでいるし、この中では少しお姉さんに見えるくらい。
皆の中にとけ込むソフィアを微笑ましく見ていると、私の腕を引っ張ってきた男の子は”だるまさんがころんだ”をやりたいらしく、可愛らしくおねだりしてくる姿に私は思わず笑ってしまう。
「オリビア様が教えてくれた”だるまさんがころんだ”をまたやりたいんだ~~ダメ?」
上目づかいで私の心に簡単に入ってくるとは……これは将来、とんでもない人たらしになりそうな予感。
サンドは顔立ちも可愛いし、末恐ろしいわね。
「仕方ないわね。じゃあ”だるまさんがころんだ”をやりたい人!」
「「はーい!」」
私の声に沢山の子供たちが、挙手で応えてくれる。
20人くらいいるかしら……皆、この遊びが大好きなのね。教えたかいがあったわ。
”だるまさんがころんだ”は、私がここでの遊びで使えそうだなと皆に布教した遊びだった。
現代のようにゲーム機があるわけじゃないし、だるま自体はこの世界にはないんだけど、ちゃんと絵に描いてだるまさんを理解してもらった結果、子供たちは意気揚々と遊んでくれるようになった。
そのはずだったのだけど、だるまさんがころんだの部分は10文字だったら住む地域によって色んな言葉があるのよねって私が言うと、子供たちは違う言葉に置き換えて遊ぶようになってしまったのだ。
「じゃあ、いつも通り私が鬼をやるわね」
「いいけど、僕たちが考えたヤツでやってね。みんなもその方がいいよね?」
「「うん!」」
子供たちが違う言葉に置き換えた”だるまさんがころんだ”は、様々に形を変え、当初は”おうじさまがころんだ”になったのだけれど、修道院長様が不敬に当たると慌ててしまい……次は”おうじさまははんさむ”に変わり、最終的に最も私が口にするのが憚られる言葉になっていったのだった。
皆、この国の王太子殿下が大好きなのね……あの事件があって以来、ヴィルは国民からヒーローのような目を向けられるようになっていた。
聖ジェノヴァ教会の悪事を暴き、婚約者を助け出したヒーロー……間違ってはいないけれど、今日もアレを言わなきゃダメなんて……。
でも子供たちは期待の目でこちらを見てくるので、やらないわけにはいかないわね。
「……分かったわ。じゃあみんな、準備はいいわね?」
「「うん!」」
聖ジェノヴァ教会跡地には子供が遊ぶ為の広場も整備されていて、そこに一本の大木がある。
だるまさんがころんだをする時は、鬼はそこで背中を向けて立つ決まりになっていた。
子供たちが準備万端の声をあげたので、ゲームをスタート……しようと思うのだけど、あの10文字を言うのかと思うと、やっぱり気が重いわ。
「オリビア様、早く~~」
何をもたもたしているの、オリビア。
子供たちが待ってるじゃない……ここには”本人”はいないわよね?と周りを確認して覚悟を決める。
「わかったわ……ゴホンッ。じゃあいくわよ!”おうじさまがだいすき”!」
恥ずかし過ぎて絶対に口にしたくないのだけど、子供たちの為ならば仕方ないと問題の10文字をゆっくりと大きな声で口にする。
そしてクルリと振り向くと、私が言った言葉に笑いをこらえている男の子が数人いたのを発見し、確保した。
「ちぇっ」
「ふふっまだまだね」
「恥ずかしくないの?」
恥ずかしいに決まってるわ……!プロム以来、私とヴィルはお互いが大好きで仕方ないという風にすっかり民に広まってしまい、こういった時にネタにされる事がたびたびある。
私がというより、ヴィルが私を大好きなんじゃ……って自分で言ってて恥ずかしくなってきたわ。
でもこの言葉は子供たちの王太子殿下への気持ちでもあるし、私が変に意識し過ぎなだけよ。
そう思い直し、子供たちには平然とした顔で答える。
「ここでは聞かれても恥ずかしくないわよ、残念でした」
「くー、王子様がいれば面白いのに」
それはちょっと困るわね。
こんな言葉を私が言っているのを聞いたら、またあの時みたいに迫られても……ちょっとどころじゃなく困るわ。
今思い出しても顔が発火してしまうくらいの黒歴史よ。
「さあ、気を取り直してやるわよ!」
本人はいないわけだし、私が再び大木の方へ向き直り、もう一度大きな声で恥ずかしい10文字をゆっくりと口にする。
「”おうじさまがだいすき”!」
そして意気揚々とクルリと振り向くと、子供たちが一点を見ながらニヤニヤしていた。
私は嫌な予感がして子供たちの目線の先を見てみると、今一番ここにいてほしくない人物……ヴィルが腕を組みながらニコニコして立っていたのだった。
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第三部、連載開始します~~(*´ω`*)
主にコミカライズ配信日、日曜日更新になります。たまに週2で更新するかもですが、のんびり更新していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします<(_ _)>
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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