素直な気持ちで…
今日もその施設では、修道院の方々が忙しそうに動いている姿と、そのお手伝いをしてくれる民や子供たちの姿が見られる。
私は施設のお手伝いをしたくて、時間を見つけては日々通っているのだった。
子供が好きなのもあるし、ここの施設自体はとても美しくて綺麗なのよね。
元教会の敷地内では、今日も沢山の子供たちが遊んでいる姿を見て、微笑ましくなる。時々ソフィアも連れて来たりもするけど、今日は別行動だった。
そんな私の姿を見つけた子供たちが、嬉しそうに声をかけてくれる。
「あ、オリビア様だー!」
「遊ぼうーー!!」
ちょくちょく顔を出すのですっかり顔見知りになってしまっているわね。無邪気な子供たちが可愛すぎるわ。
「よし、じゃあ絵本でも……」
「絵本はつまらないよ!鬼ごっこー!」「きゃははっ!」
子供たちはすっかりやる気なので断るという選択肢はなかった私は、芝の上でヒールのある靴を脱ぎ捨て、シュミーズドレスのスカートの裾を結び、彼らを追いかける。
「待て待て~~」
「きゃーー!」
ついつい本気で追いかけ回していると、一人の女の子に抱き着いて捕まえ、一緒にゴロンと転がるような形になった。
「捕まえた!」
転がったついでにふと空を見上げると、ヴィルの顔がぬっと出てきたのだった。私はびっくりして女の子を捕まえていた腕を離してしまい、その子はそのまま走り去っていってしまった。
「ヴィ、ヴィル…………こんにちは」
「…………随分楽しそうだね」
意地悪な顔をして笑いながら、草まみれの私を起き上がらせてくれたのだけど、肩を揺らしながら笑っていて、私の恰好を見て笑いをこらえられない様子だった。
「……そんなに笑わなくてもいいじゃない…………」
「ご、ごめん…………凄い事になっているな……ははっ」
「……………………」
すっかりふくれっ面の私の頭の草を払い退けて、額にキスをすると、頭をなでなでし始めたので違う意味で顔に熱が集まってきた。
「そういえば、もうすぐヴィルも学園を卒業なのよね?」
「ああ、最近は仕事が忙しくてあまり通えていないけど、2か月後には卒業を迎えてプロムに出席しなければならないな」
「学園に通ってる人はそういうのがあるのね。そういえばリチャードも先日出席するって言ってたわ」
「そうか……オリビアは私と出席してくれないのか?」
「え?」
ヴィルがいじけたように言ってくるので、突然の言葉に変な声が出てしまった。プロムは卒業記念パーティーというもので、卒業生は皆出席する事になっている。
「私は学園の者ではないし、ましてや年齢も違うから出席しないものとばかり……」
「私のパートナーとして出てほしい」
こういう時にキリッとした王子様風に言ってくるのが本当に……好きな人にこんな風に言われたら、私に断るなんて出来るわけないじゃない。
「……はい」
私の返事をもらったヴィルは、またドレスを贈らせてほしいとだけ笑顔で告げて、颯爽と去っていたのだった。
仕方ない人ね……でも彼にとって晴れの日に一緒に出席出来るのだもの、とても楽しみだわ。
――――プロム当日――――
「…………マリー、変じゃない?大丈夫?」
「変なもんですか!お嬢様が変なんて事は天地がひっくり返ってもあり得ません!きっと殿下もメロメロですよ~」
「メロメロって……」
「オリビア様綺麗!」
「ありがとう、ソフィア!」
今日はヴィルが学園を卒業する日だ。昼間に卒業式典が行われ、夜には卒業記念パーティーが開かれるので、私はそのパーティーにパートナーとして出席する為に朝からせっせと用意を頑張っていた。
私も好きな人の為にオシャレするなんて、すっかり女子している感じね。
でもそれも悪くないなんて思っている自分がいる……生きているからこそって事だし、幸せな事だから。
「お嬢様、殿下が到着しました!」
「すぐ行くわっ」
私はすっかり支度を終わらせていたので、彼の待つエントランスに向かった。階下では正装をしたヴィルが、そわそわしながら待っている――――
「お待たせ」
私の姿を見つけると目を細めて駆け寄り、スマートに手を差し出してくれる……最初は生まれながらの王子様としての所作に寒気を覚えていたくらいなのに、今は素敵って思えるわ。
そんな自分の変化が嬉しかった。
「…………今日も一段と綺麗だよ」
「ありがとう、あなたも素晴らしいわ」
「では行こうか」
ヴィルは満足そうに私の手の甲にキスを落とし、馬車へと誘ってくれた。
今日のドレスも全部彼が揃えてくれたもので、ハイウェストのエンパイアラインのスカートに袖口は流れるように大きいベルスリーブで、どこかの国の王女様のようなドレスだった。
布地は白に近いベージュからピンクラベンダーへのグラデーションが綺麗で、宝石にはブラックダイヤモンドがアクセントに使われている。
プロムの会場に着いて、入場する為に入り口で待っている間、廊下では私たち2人だけだったのでドレスのお礼を伝えてみる。
「今回も素敵なドレスをありがとう。とてもエレガントなデザインで素敵だわ」
「プリンセスのようなデザインだろう?君は私のプリンセスだから……」
「もう!すぐそういう事を……」
意地悪な表情でからかってくるので、いつものように返すと、ははっと大きな口を開けて笑うヴィルを見ながら、今夜くらいは素直に自分の気持ちを言ってもいいかなと思った。
「あなたもとても素敵よ。まさに王子様ね」
「惚れ直した?」
それはいつぞやの質問――――司教達を捕まえて、港から荷馬車に乗って領地に戻る際に交わした言葉。あの時は全然好きになれなくて同意する事はなかったけど――――
「…………そうね、惚れ直したわ」
私がそう告げると、ヴィルは驚いてこちらを凝視している。凄い視線を感じるわ……顔が熱い。
私は、まだ一度も彼に自分の気持ちを告げていない。
心の中では彼への気持ちはもう自覚しているし、好きな人だと思っているけど、面と向かってあなたが好きとは一度も言っていないのだ。
だからこの言葉を言うのは、私の中ではとても勇気がいる事だった。
「……オリビア」
「何?」
「こっち向いて」
「………………」
恥ずかしくて顔を反対に向けていたのに……お願いされたので、渋々ヴィルの方を見ると、切羽詰まった顔をしている彼の顔が目の前にあった。
「……もう1回聞きたい」
「……………………」
「お願いだ」
「……………………もう……とっくに惚れ直しているわよ」
私が言い終わるか言い終わらないか分からないくらいのタイミングで、彼の顔が近づいてきてキスの雨を降らせてきた。
何度も唇を啄ばんでくるので「……口紅がっ……っ」って抵抗をしても「黙って」と塞がれてしまう。
「まって、ヴィル…………っ……んっ……」
「……オリビア…………っ」
会場の中からは私たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。
『ヴィルヘルム王太子殿下とそのご婚約者、クラレンス公爵令嬢が到着致しました!』
「んんっ~……!」
私の抵抗は虚しく、会場のその声とともに大きな両開きの扉が開かれていく――――――でもまだ彼のキスは終わりそうにない……
ようやくキスから解放された時には扉は全開になっていて、大勢の貴族達がシーンとして私達に釘付けになっていた。
「……はぁ……っ……」
お互いの吐息だけが響いている気がする。
それでもヴィルは悪びれる事もなく、この状況に動揺する私に構わず愛を囁くのだった。
「愛してる」
「……………………っ……降参よ。私も愛してるわ」
お互いに目線を絡ませて笑い合うと、気を取り直して腕を組み、入場していった。
物凄く恥ずかしくてしばらく顔の熱は上がりっぱなしだったけど、ヴィルがフォローしてくれて、王太子殿下の最愛として皆から羨望の眼差しを向けられる事になった。
その時の事は、後々まで語り継がれる出来事となる。
一時期冷え切ったと思われていた王太子殿下とその婚約者との仲を疑う者は、もう誰もいなくなったのだった。
この世界に転生してきた時は、絶対に結ばれたくない人だった。
それがいつの間にか今は愛する人になって、私の隣で笑っている。人生とは斯くも素晴らしいものかと思わせてくれた人。
すっかり「トワイライトlove」の小説の中身とは変わってしまったなと思いつつ、ひとまずバッドエンドは回避出来た事に胸を撫でおろしながら、その日は心ゆくまで皆と交流し、祝杯を交わしたのだった。
こちらの作品に興味を持って読んでくださり、ありがとうございます^^
これにて本編完結となります!最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました~!m(__)m