戸惑い
私のお父様と面識がありそうなオルビスという男性は、私たちを「こちらへ……」と誘導し、倉庫として使われていたらしい建物へと連れてきた。ここでは一番頑丈そうな、建物らしい建物ね。
この建物まで歩いている間、殿下は無言で私の手をずっと握っていた。今も離してくれる気配はない。
前世で夫との関係に悩んでいた記憶は私に男性不信を植え付ける事になり、小説での殿下は婚約者がいながら聖女とあっさり結ばれるし…………男性に優しくされると正直ぞわぞわ寒気がしてしまうのよね。オリビアの結末を知っているだけに殿下とは極力距離を置きたい。
何よりこういう男女の甘酸っぱいやり取りに免疫がなさ過ぎて……どう接していいのか分からないわ。
「………………あの……」
(ここで殿下はまずいわよね…………なんて呼べばいいかしら……)
殿下は私の心を見透かしたかのように「ヴィルでいい」とこっそり言ってくれたのだけど…………殿下を呼び捨ては流石にまずくない?!
「君にそう呼んでもらいたいんだ」
と耳元でポツリと言うものだから、顔から火が噴きそう…………どうしてこんなに距離が近いの。領地に来る前はこんなに優しい雰囲気なんてなかったのに――――
「……あの…………ヴィル…………手を………………」
(は、離してほしい!)
10代の少女じゃあるまいし、こんな事キリッと言ってやらないでどうするのオリビア!まぁ見た目は17歳なんだけど…………そんなツッコミを自分の中でしていると、殿下が恐ろしい事を言い始める。
「あぁ…………君は何をしでかすか分からないからな。これは手綱の代わりだ」
絡めた手を持ち上げながらそう言って、ははっと笑う…………自業自得過ぎてぐうの音も出ないわ………………というわけで大人しく倉庫まで手を繋ぐ事になったのだった。
∞∞∞∞
倉庫と思われていた建物は、中に入るときちんとした住居のような作りになっている。3階建てで一階は食堂もあり、憩いの場もある。おそらく二階から上はここの住民が寝泊まりする場所になっているのでしょうね。このよう場所が貧民街にあると分かって、ひとまずホッとした。
「こちらにお座りください」
促されるまま、私と殿下は食卓テーブルに男性と向かい合う形で座った。ようやくそこで手が離れる…………よかった……心底ホッとする私って…………
「……ここは、元は倉庫なの?」
「はい、農家が使っていた持ち主不在の倉庫がそのままだったので、3階建てでもありますし皆で使おうという話になりまして…………ご覧の通りここ貧民街には、雨風がしのげる場所はここしかありません。女性や子供もいますから、とても助かっているんです。とは言っても公爵家の方をここに座らせるというのは、大変恐縮で申し訳ないのですが…………」
オルビスはとてもしっかり教育されているように見えるわ。言葉遣いも丁寧だし、対応が違う。どうしてここに住むようになったのかしら……
「そんな事気にしなくていいのよ。こうやって皆が避難出来る場所があって安心したわ」
そう言う私の顔をじっと殿下が見つめている。言いたい事はよく分かるわよ、私がそんな殊勝な事を言うなんて信じられないんでしょうね。でもオリビアは王太子妃に相応しくありたいと思っていただけで、心根はとても優しい子だったのよ…………殿下が見てなかっただけで。
だから私は今の自分の行動や言葉は、オリビアからかけ離れたものではないと思っている。
「何が安心した、よ。私たちの生活をよく知りもしないで……お貴族様は本当に気楽でいいご身分だこと!」
そんな言葉が私の後ろの方から聞こえてきた。振り返るとライムグリーンの長い髪をポニーテールにしている若い女性が、腕を組んで仁王立ちしていた。服は汚れ露出が多く、この中ではとても個性的ね。
「テレサ!口のきき方に気をつけなさい」
オルビスが窘めるように言ってくれたけど、テレサという女性は顔をそむけて知らん振りといった感じ………………それにしても私はあまりテレサの事を気にしていなかったのだけど、隣から殺気を感じるのは気のせい…………ではなさそう……
「…………そこの女、オリビアの言った言葉の真意も分からんのか?」
「お兄さんには悪いけど、分かっていないのはあんた達の方よ。私たちがどんな生活を強いられているか…………税を納められない人間は人以下の扱い。皆が入れる公衆浴場も出入り禁止。食べ物を買いに行けば石をなげられ、今まで助けてくれてた教会からはすっかり締め出されてしまった…………子供たちの為の食べ物も満足に手に入れる事が出来ない。皆みるみる瘦せ細っていくのに………………」
「公衆浴場は出入り禁止?皆が入れるようにと、お父様がずっと昔に整備したはずよ!一体どうして…………」
この領地の管理は全てロバートに任せている。でもロバートがそんな事をするとは思えない。誰がそんな事を決めているの…………
「ふん、自分の領地だというのに全く把握していないんだね……そんなんだから、あたしらがこんな目に合うんじゃないか!」
テレサは臆する事なく、どんどん私に怒りをぶつけてきた。
こちらの作品に興味を持って読んでくださり、ありがとうございます^^
まだまだ続きますので、最後までお付き合い頂ければ幸いですm(__)m