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貧民街



 ロバートと話した日はちょっと話し込んでしまったため、翌日のお昼近くから行く事にした。マリーやソフィアには内緒で行くので、二人には教会の様子を見に行くという事にしていた。


 最初はマリーが用意してくれたジゴ袖のシュミーズドレスを着て、簡易なお出かけスタイルの衣服だった。


 市場には物販が運ばれてくる倉庫(つまり在庫置き場なのだけど)がところどころにある。ゼフが私を民衆から見えないようにサッとそこへ誘導してくれた。人気がないのを確認し、そこですぐに農民服に着替える。

 ゼフも1日でよく用意出来たわね……本当にこの人は何者なんだろう。


 

 「……お待たせ。行きましょう」


 

 農民服はかなり汚れた服で、お金持ち風な感じはすっかり消えた。髪はまとめてモップハットの中にしっかりと入れ、顔も少し汚しているので少なくとも貴族には見られないだろう…………そう思っていたのだけど。


 

 「すっかり農家の娘って感じじゃない?」


 「………………………………」


 ゼフの目が「そう思っているのは自分だけ」と言っているような気がした………………

 

 農家の娘の姿をすると、市場での周りの目線が全然違ったものに変わる。明らかに場違いな人を見る目…………今の私は確かにそうでしょうけど、流石に傷つくわね。


 さっさと市場を離れ、農民たちが暮らす地域には沢山の畑が広がっており、生き生きと働いている姿が見える。しかしどんどん市場から離れるにつれて、農民の中にも農奴と言われる農家をするしか生活の道がない者たちの居住区に移り変わり、彼らは土地を借りて農作業をしなければならないので税を納めるのに必死で、生活の余裕はない。


 私はそんな農奴に扮しているから、ここを通っても違和感はないのでしょうけど…………いつもの服装でここを通ったら危険でしょうね。ロバートが心配するのがよく分かったわ。


 そこを抜け、さらに領地の外れの外れ……貧民街に近づくにつれて足取りが重くなる。空気は淀んできているし、周りにいる人々の生気がどんどん失われていっているのが手に取るように分かる。


 

 そしてついに辿り着いた貧民街は……………………この世とは思えない現実を目の当たりにし、立ち尽くしてしまう。


 建物ですらないような物がいくつも並んでいる。ただの箱みたいだけど、そこで生活している人がいるようね……地面に寝転がっている者や倒れている者、数人で固まって細々と何かをしている者や気力のない子供の集団、ボロボロの衣服を引きずって歩く老人など…………私が想像していた世界よりも更に酷い光景が、目の前に広がっている衝撃に立っているのがやっとだった。



 「…………情けないわね……」


 

 自分の覚悟がちっぽけなものだという事を自覚してしまった。


 

 「…………お嬢様?」


 流石にゼフが心配そうに聞いてくる。


 

 「…………大丈夫よ。ちょっと自分が情けなくなっちゃっただけ。……行きましょう」


 「……ここからは私が先を歩きます。あなたは私の後ろから離れないでください」


 ゼフがこんなに饒舌なところを初めて見た気がする。そうね、ゼフの言う通りにしなければ。私のような小娘がずんずん歩いていったら、注目の的だものね…………


 

 「分かったわ……でも私の事はお嬢様と呼ばない方がいいと思う。名前は大丈夫だと思うけど……」


 ゼフは静かに頷き、私たちは貧民街を歩き始めた。そこかしこに人が倒れている…………病気なのか飢えなのか、喧嘩や殺し合いなのか……ここの空気が尋常じゃないくらい淀んでいるのだけは分かる。

 こんな中で生活していたら、そりゃ伝染病が発症するのも分かるわ……不衛生過ぎる。皆、衣服はボロボロ。領地には温泉が湧き出ているんだし、そこは身分関係なしに使えるはずでは?どうしてこんなに不衛生な人々が溢れているの…………そしてこの人たちを教会側が拒否する事があってはならない。


 教会は保護区として公爵家が支援しているわけだし、今までもそうしていたから、ここの人々も前は少しはマシな生活だったはずよ。

 

 どこかに話が出来そうな人物を探そう…………ずっとこんな状態なのか聞かなきゃ。すると何かが私のスカートの裾を引っ張る力に足を取られ、転びそうになる。


 

 「きゃっ…………」


 「……っオリビア様!」


 

 ゼフが咄嗟に私の腰に腕を入れ、上体を支えてくれたので何とか転倒は免れた。危なかった…………


 

 「何者!」


 ゼフが私の前に入り込んでくれたが、スカートの裾を引っ張ったのは私の足元に倒れている老人だった。


 

 「……お嬢さん………………何か…………食べる物……を………………めぐんで……おく……れ…………」


 どうか、どうか……と何度も乞われ、私はどうするべきか考える。今この瞬間恵んであげても救いにはならないだろう。けれども与えなければこの老人は、すぐにでも息絶えてしまいそうだわ…………


 

 「……ゼフ」


 どうするべきか悩んでゼフの方を見ると、私の腕を引き「行きましょう」と歩き始めた。その老人と離され、私が歩き始めた瞬間、周りにいた物乞いたちがゆっくりと近づいてくる。


 

 「お嬢さん…………何か……持ってないかい……」


 「食べ物を…………」


 「…………頼む……」


 「……喉が…………渇いた………………」


 あちこちから、物乞いが手を伸ばしながら歩いてくる。私とゼフは先に進めなくなり、後ずさりし始めた。


 

 「これはまずい状況ね…………一旦引いた方がいいかしら……」


 「………………オリビア様。私から離れないでください」


 ゼフから危険なオーラがヒシヒシと伝わってくるわ…………一人の男が私に触れようとした瞬間、ゼフが男性の後ろに瞬時に回り込み、首の急所を叩き男性が倒れ込む。

 すると周りの物乞い達は、ゼフが男を攻撃したと思い、一斉に襲い掛かってきた――――


 ゼフは一人で全ての攻撃をかわしながら、相手を傷つける事なく急所をついていく…………凄いわ……こんな神業、前世でも見た事ない。私は関心しながら邪魔にならない場所に動こうとした。少しずつ後ずさる………………するといつの間にか私の後ろに回り込んだ人物が、私の首に腕を回してきた。


 しまった――――――



 物乞いにしては体格が少しガッシリした男性は、右腕で私の首を絞め、左手でナイフを私の頬にピタリと付けて、ゼフを脅す。


 

 「このお嬢さんに傷をつけたくはないだろう…………どうする…………抵抗を止めるか?」


 「…………………………」


 ゼフはピタッと動くのを止めた。そして他の物乞いたちによって床に押し付けられ、身動きが取れなくさせられてしまう。

 

 

 「……ごめんなさい、ゼフ………………」私が油断したばっかりに……


 

 「……そうだ、そのまま抑えておくんだ。」


 そう言って男は私の首に回した腕に力を込めたまま後ずさる。引きずられる状態になって息が苦しい…………


 「…………っ」声が出せない………………誰か…………



 「オリビア様!」


 ゼフの声が遠くに聞こえる……その瞬間、男の動きが止まった。



 「オリビア様?そう言ったのか?」



 男は不思議な事に私の名前を聞いて、少し動揺しているように感じた……でも私は息苦しさでそんな事はどうでも良くなっていて………………もう、ダメ…………意識が遠ざかりそうになった瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 


 

 「そこまでだ。首を切り落とされたくなければ、オリビアから腕を離せ」



 …………まさか…………この声………………

 

 一瞬で意識が呼び戻された私は、何とか頑張って頭を後ろに向けて見ると、男の首筋にピタリと剣を当てているヴィルヘルム王太子殿下がいた――――――



 

こちらの作品に興味を持って読んでくださり、ありがとうございます^^


まだまだ続きますので、最後までお付き合い頂ければ幸いですm(__)m

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