駆け引き
その話をした途端、ロバートの顔色が変わっていくのが分かる。
「……パン屋の女性がそのように?教会へは毎月同じ額を支援しておりますし、今まで足りないという話は来ておりません。むしろ最初は多すぎるという話だったので、貧民層などにも積極的に施していたくらいだったのですが……」
「私が教会を見た時は扉が固く閉ざされていたし、女性店員の話ではいつも閉ざされていて、使われている様子がないのに集会をする時はお金を払わないと使わせてもらえないって言っていたわよ。最近は教会へは行ってみた?」
私がそう聞くと、バツが悪そうな表情でロバートが首を振る。
「じゃあお父様の決めた事を無視して勝手に税を徴収しているのね……とても許しがたいけど、どのくらいの期間そういった状況なのか、とか色々確かめなければね。」
「すぐにでも教会に問いただしましょう」
ロバートは自身の失態だと思ったのか、焦ってそのような事を言い始めたので私はそれを止めた。
「今はダメよ。このままの状態にしておいて……もし教会に私たち公爵家が動いていると悟られたら、証拠を隠したり対策するでしょう?教会には気取られずに進めたいの。どの道証拠は住民から納税証明書のようなもので押さえられるから、ひとまず教会は泳がせておくわ」
ここで悟られたら、身分を隠して市場に潜入したのが水の泡になってしまうものね。これからも動きにくくなるし、私たちの存在はしばらく隠しておきたい。
「…………承知いたしました。このような事態になり、誠に申し訳ございません……旦那様になんと申し上げればよいやら…………」
ロバートは落ち込んで肩を落とす…………きっと公爵家の為に粉骨砕身の精神で勤めてきたでしょうし、彼が誰よりもショックを受けているに違いない。でもここで下手な慰めの言葉をかけてもロバートのような高貴な志のある人間は嬉しくないでしょうね……
「お父様は謝ってほしいとは思わないでしょう。ロバートが誠実に勤めてきた事を誰よりも分かっているはずだし。今回の件でロバートにも色々手伝ってもらいたいの。私一人では解決出来ないと思うから…………解決出来たらチャラにしてあげてもいいわ」
「……チャラ?」
しまった、つい前世の言葉が出てしまう。
「あ、要するに謝ったりしなくてもいいわよって事!」
焦って訂正するとロバートは少し考え「お嬢様のお心遣いに感謝します…………」と同意してくれた。良かった!
「しかしご立派になられましたな……今回の件を解決出来たら、お嬢様の成長に旦那様も大層お喜びになるでしょう」
ロバートは目を細めてそう言っている。でも…………これから言う言葉を聞いたらきっと成長していないと思われるに違いない。
「ありがとう。ロバートにはもう1つお願いがあるんだけど………………その……街は大変賑わっていて素晴らしいと思うの。でも私には貧民街に住む人々の事も気になっていて……」
そう言うとまたしてもロバートの顔色が変わる。
「まさかお嬢様…………」
「あそこを見に行ってくるわ。だから、その……お父様には内緒にしてもらいたいの…………」
上目遣いでそう言うと、予想通り反対された。
「お嬢様をあのような場所に行かせる事など、断固として賛成出来ません!あそこはとても危険なのです……お嬢様のような方が行けばどんな目に合わされるか…………どうか考え直してくださいませ……」
ロバートは顔を真っ赤にして説得しようとしてくる。それだけ私を心配してくれている証拠だろうと思うと、胸がじんわり温かくなるわ。でもこんな豊かな領地でもそのような場所は存在し、子供たちが飢えている現実をきちんと見なければいけない。ソフィアのような子を一人でも減らす為に…………
「私の気持ちは変わらないわ。公爵家の者として、きちんと現実を見てこなければ。今領地に来ているうちに少しでも見ておきたいの」
「………………………………」
私の覚悟が伝わったのか、ロバートが諦めの溜息をついた。
「…………分かりました。これ以上言ってもどうしようもない事なのでしょう。ゼフを必ずお供に連れて行って下さいませ。決して深入りし過ぎない事を約束してください……」
ロバートは観念したのか、渋々了承してくれた。良かった…………ごめんね、心配かけて。心の中でロバートに謝りながら、これで前に進めるという喜びも湧いてきた。
この時の私は自分のやりたい事に一直線で、相当浮かれていたのだと思う。この後貧民街を訪れて、現実がどういうものかを思い知るのだった。
こちらの作品に興味を持って読んでくださり、ありがとうございます^^
まだまだ続きますので、最後までお付き合い頂ければ幸いですm(__)m