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たった一つの誤算 ~ラスクルSide~


 僕は主からの命でドルレアン国に来ていた。


 目の前には国王フィラメル・フォン・ドルレアンが座っている。


 顔には大量の脂汗をかきながら、我が国との取引の行方を緊張した面持ちでジッと耐えていた。



 「フィラメル国王陛下、我がレジストリック王国は石炭の独占取引権をいただきたく参ったのです。いいお返事をいただけませんと、支援も打ち切らせていただかねばなりませんね」


 「なっ、そんな事、出来るはずがない!!」


 「ハミルトン王国の支援が減り、我が国が手を差し伸べていなくてはこの国はどうなっていたか……忘れたわけではありませんよね?」


 「ぐぬぅ…………っ!」


 「では、主にドルレアン国は反旗を翻したと伝えておきますね」


 「ま、待て!!分かった、分かった!!貴国とだけ取引をすると誓おう!その代わり支援は継続してくれ……石炭を採掘するにも金が必要なのだ……!」



 この男は自分の置かれた立場が全く分かっていない。


 でもまぁ、いいだろう。


 僕が帰る頃には用済みだ。



 「もちろん。あとハミルトン王国の皆さんが来たら僕が通訳として付き添いますので……変な気は起こさないでくださいね」


 「…………っ、分かっておる!奴らの事はそなたに任せる。これでよいのだろう?!」


 「ええ、感謝いたします。フィラメル国王陛下。我が主もお喜びになるでしょう」



 僕がニッコリとお礼を伝えた後も、国王は愚痴が止まらずブツブツ言っていたけれど、相手にせずその場をあとにした。


 こんな奴の戯言などどうでもいい。


 僕は、僕のお姫様を連れて帰らなくては――――


 ハミルトン王国からやってきた者たちはヴィルヘルム王太子殿下、その婚約者オリビアと侍女のマリーベル、聖女マリア、護衛のゼフリー、伯爵令嬢イザベル、そして公爵家の養女ソフィアだった。


 彼らの素性は全て調べあげている。


 僕のお目当てはもっぱらソフィアと名付けられた少女で、彼女を我が国へ連れて帰り、僕の今の主……レジストリック現国王であるビリージュア・デ・アレン・レジストリックへ引き渡す事。


 彼女の素性は複雑に絡み合っていて、レジストリックとナヴァーロの血が入っている。


 連れて帰れば両国間の政治的に利用されてしまう事は分かっているけれど、僕に拒否権はない。


 そんな事も知らずに僕に笑顔を見せ、心を許してくる彼女にほんの少し罪悪感が生まれつつも、任務の為に彼女に近付いていく。


 

 「ラス、一緒にカードゲームしよう?」


 「はい。仰せのままに」



 僕がそう言うと花がほころぶような笑みを見せてくれる。


 オリビア・クラレンスが彼女を救い出した事だけは感謝しなくちゃね。


 僕が間に合わなかったばかりにあんな孤児生活をさせてしまうなんて、悔やんでも悔やみきれない。


 でも貴族も同じくらい碌なもんじゃないし、彼らがいかに無能で残酷で、怠惰な大人であるかを見てやろうと思っていた。


 そうすればいくらでもソフィアを連れて行く理由が出来る。


 そう思っていたのに。

 

 子供の未来を第一に考えているし、自国の奴隷の為に命を懸けるし、体を張って人命救助とかしていて、王族、貴族なのに本当に変な人達。


 僕の誤算は彼らの人となりを見誤った事だろうか…………もし自分がそういう人達のもとで今も仕える事が出来ていたら、もっと違う人生だったのかもと思った時もあるけれど、くだらない妄想だ。

 

 自分の仕事は今の主から与えられた任務を果たす事。


 夜になり、ソフィアが眠る客室へと忍び込む――――


 ぐっすり眠る彼女の頬を撫でると、彼女が生まれたばかりの時を思い出す。


 僕のお姫様……君を連れて行かなくては。


 ソフィアを抱き上げると、隣で眠るオリビア・クラレンスがピクリと動いた。


 ここで叫ばれたら面倒な事になると思った僕は、彼女の首筋に剣を突き立てたのだった。


 ほどなくしてオリビア嬢が目を覚まし、僕の姿を見て目を見開き、驚きと恐怖を瞳に浮かび上がらせてこちらを凝視する。


 

 「…………ラス……」


 「動かないでくださいね。血が吹き出ちゃいますから」



 恐怖で言葉が出ないだろうと思った。


 これでソフィアは連れて行ける、そう思ったのに。


 自分が殺されるかもしれない状況にも関わらず、オリビア・クラレンスは決して引き下がらない。


 

 「ソフィアを返して!!!!」



 なぜだ――――ただの孤児に、どうしてそこまでムキになる?


 理解出来ない感情に、僕の頭にほんの少し動揺が生まれた。


 そこへハミルトン王国の面々がやってきて、ソフィアを連れて行かせまいと、必死の抵抗をみせてくる。


 

 「ソフィアにはずっとゼフを付けていたのでこの日まで動けなかっただろう?」



 そうだ。このゼフリーという護衛は常にソフィアの側にいて、夜はこの部屋を護衛しているので、王太子の言う通りなかなか彼女に近づく事ができなかった。


 彼の素性は国で調査中だけど、恐らくこの身体能力と瞳は……ハミルトン王国出身の者ではないだろう。


 イザベル嬢、ニコライ卿、ゼフリーの三人を相手にするのは、さすがの僕でも骨が折れる。


 とっとととんずらしたいなと思っていたところに、マリアの声が響き渡った。



 「スト――――ップ!!!」




 彼女の声に、ここにいる人間みんな体が動けなくなってしまう。


 どうやら聖女というのはだてじゃないらしい……声にまで聖力が宿るなんて。


 声も上手く発する事が出来ない。


 そんな彼女が僕に向かって面白い事を言い始める。


 

 「あんた、気付いてないでしょうけど、体に小さな病を発病してるのよ」


 

 病――――その言葉に大いに心当たりのある僕は苦笑するしかなかった。


 僕の頬を両手で包んだマリアは、優しく微笑み、聖力で僕を包み込んでいく。

 

 なんとなく感じていた体の違和感がなくなっていき、頭の霧が晴れていくように感じる……これが聖力――――


 やがて僕を包んでいた光は小さな球体になっていき、弾けて消えていった。


 そして彼女はあっけらかんとした表情で、治療は終わりだと告げる。

 

 なぜ……どうして、まだ出会ったばかりの赤の他人を助けるんだ?


 しかも僕は敵なのに――――そう思う僕に、またしてもあっけらかんと彼女は言い放つ。

 


 「助けられる人を助けない人っていないでしょ」


 

 その一言は僕にとって衝撃的な言葉だった。


 目の前に助けられる人間がいても助けない、むしろ面白がるのが高貴な身分の人間だし、僕みたいなよく分からない人間なんて助けないだろう。


 でも彼女の常識は全く違うらしい。


 あまりにもバカバカしくて声を出して笑ってしまう。



 「ふ、ふふっ、あっはははは!!」


 「なによ、そんな笑うことないでしょ!」

 

 「あははっ……あなたは本当に…………いえ、ここにいる人達みんな、お人好し過ぎです。僕を始末しようとすればいつでも出来たのに」



 そう、本当に……馬鹿な人たちだ。


 でも嫌いになれない。


 敵に情が湧いた時点で僕の負けだ。


 

 「僕の任務は今回は失敗です。一旦引き下がります。マリアさん、治療をしてくれてありがとうございます。では皆様、また会う日まで――――」



 皆に別れを告げると、後ろからオリビア嬢の叫び声が聞こえてきたけれど、振り切るように走り去った。


 もう会う事はないかもしれない……この失敗を主が許すとは思えないから。


 どうかソフィアと名付けられた少女が健やかな人生を歩んでいけますように。


 僕の願いはただそれだけだった。



こちらWeb版になります!


もし続きが気になったり、気に入って下されば、ブクマ、★応援、いいねなど頂けましたら励みになります(*´ω`*)

皆さまのお目に留まる機会が増えれば嬉しいです^^


オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。

彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。

何卒宜しくお願い致します<(_ _)>

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