ラスクル
”僕のお姫様を返して”
全く意味が分からない。ラスとソフィアは兄妹なの?それとも婚約者か何か?
彼女は孤児のはず……もしかして、そこからズレているの?
私の疑問は口にする事は許されず、小剣がどんどん食い込んでいくので冷や汗が吹き出してくる。
目を見開いて固まる私にニヤリと笑みを向けると、スッと姿は消え、次の瞬間、窓際まで移動していたのだった。
全く動きが見えなかった……。
一連の動きが静かで速すぎて、誰も気付きそうにない。
とにかく首から小剣が離れたので体を起こした私は、ベッドから下りようとした。
でも先ほどまで恐怖にさらされていたので、体が思うように動いてくれない……!
「ふふふっ、大丈夫?怖くて腰が抜けちゃったんじゃない?」
「うるさいわね……」
「無理しないで休んでいればいいのに」
「ソフィアが連れて行かれそうなのに、寝ていられるわけないでしょう!」
「あ――あなた方のそういう偽善的な精神が、本当に虫唾が走るなぁ。やっぱり殺しておこうか」
ラスの小剣がギラりと光る。
先ほどの移動の速さを考えると、彼が本気になったら私など一瞬で殺されてしまうのだろう。
それならば、刺し違えてでもソフィアを守るわ……!
「ソフィアを返して!!!!」
――――バァンッ!!!――――
私の叫び声とともに入口の扉とバルコニーの窓が開かれた。
「え……?」
「オリビア!!」
「ヴィル!マリア?!それにゼフやイザベル、ニコライ様も!!」
「……ふふふっ、皆さんお揃いで」
ラスは皆の登場にあまり驚いている様子を見せない。
私の方が混乱し、この状況を理解するのに時間がかかっていた。
ヴィルがラスに対して衝撃の事実を話し始めるので、私の頭はますます混乱していくのだった。
「ラス……ラスクル。お前がそろそろ動くだろうなと思っていた。それにソフィアがターゲットだった事も」
「へぇ、分かっていたの?どうして分かったんだろう」
「最初からソフィアだったのは分かっている。彼女に対する態度、視線、言葉遣い、全てに特別な感情が含まれていた。ソフィアにはずっとゼフを付けていたのでこの日まで動けなかっただろう?」
「……やっぱりね。このお兄さんが邪魔過ぎて本当に動けなかったんだ~~夜もバルコニーに待機してるし。ようやくいなくなったから動いたのに、罠だったというわけ」
私は2人の会話を聞き、色々な事を思い出しながら事実を繋げていく。
ゼフって夜はバルコニーに待機していてくれたのね。そうやって毎日この部屋の警護をしていてくれたとは。
私たちが炭鉱に行く時もゼフはソフィアに……水遊びの時に炭鉱で事故があった時もゼフがソフィアのそばにいた。
ずっと、ずっと、ラスから守る為だったというの?
「一人の男の子を皆でって気がすすまないんだけどね」
ニコライ様が肩をすくめながら話すと、隣りのイザベルが呆れたような口調でツッコミを入れた。
「ニコライ卿、そのような事を言っている場合ではありませぬ」
「婚約者に叱られたので仕事をするとしますか」
「婚約者じゃありません!!」
「痴話げんかはよそでやってくれないかな~~子供だと思っていると痛い目見るよ?」
イザベルとニコライ様のやり取りに、ラスが会話をするように言葉を返した。
でも内容は可愛くない。
そしてソフィアをそっと床に寝かせた……その時のラスの表情がとても柔らかくて。
なんて表情をしているの。
私がラスに釘付けになっていると、次の瞬間、彼の姿がフッと消え、室内には剣と剣がぶつかり合う音が響く。
――――ガギィィィンッッ!!!!――――
瞬時にニコライ様に斬りかかり、ニコライ様は彼の小剣を柄で受け止めていた。
斬撃がぶつかり合う音だけが響き、私の目には剣筋などは全く見えない。
速すぎる……!
ラスも凄いし、ニコライ様も凄い!!
すぐにイザベルが参戦し、ラスは2人を相手しながら全て受け流している。
そしてまたしても姿が消え、今度はゼフが応戦していた。
この子…………こんなに小さいのに、戦いを叩き込まれているの?
私は異様な光景に声を発する事が出来ずにいると、私のもとへヴィルが駆け寄ってきた。
「オリビア、怪我はないか?!」
「私は大丈夫……でもこの戦いを止めないと……!」
ソフィアを助けようとベッドから飛び降りたけれど、皆の動きに腰が抜けてしまっていた。
ヴィルに支えられながら立ち上がった時、室内にマリアの声が響き渡ったのだった。
「スト――――ップ!!!」
皆がピタッと動きを止め、視線だけがマリアの方を向く。
声に聖力がこめられているのでは?マリアの声が頭に響くと、なぜか体が言う事をきかない。
マリアは迷わず一直線に、ラスの方へ向かって歩いていった。
そして彼の目の前で止まり、頬を両手で挟んだ。
「そんなに急激に動かないの!」
「にゃ、にゃんで(なんで)」
頬を思い切り挟まれているから、ラスの返事が可愛らしくなっているわ。
緊張感溢れる場面なのに、何だか気が抜けてしまうような……でもまだ皆体が動かないし、マリアはお構いなしに話を続けていった。
「あんた、気付いてないでしょうけど、体に小さな病を発病してるのよ」
「?!」
「本当はここの港に着いた時から気付いてたの……だからあんたに近付ける時を待ってた」
「にゃ、にゃんで(なんで)」
「ぷっ、あんた、にゃんでしか言ってない。とにかく大人しくしていて」
彼女が言葉を切ると体が光り始め、ラスとマリアがどんどん光りに包まれていく。
綺麗な光景……マリアの光りに包まれたラスは、何が起こっているのか分からない様子だけれど、表情は穏やかだった。
マリアは彼の病気を――――
やがて光りはラスの方へ移り、彼の体の中で小さな球体となり、弾けて消え去った。
「はい、おしまい」
「…………え?」
「聞こえなかったの?おしまいって言ったの。もう大丈夫よ、治したから」
「な……っ、どうして……!」
「どうしてって言われてもね……助けられる人を助けない人っていないでしょ」
「………………」
マリアが達観しすぎていて、凄い。
二人のやり取りを見守っていると、ラスの様子が変わり、体が震えだした。
「ふ、ふふっ、あっはははは!!」
「なによ、そんな笑うことないでしょ!」
「あははっ……あなたは本当に…………いえ、ここにいる人達みんな、お人好し過ぎです。僕を始末しようとすればいつでも出来たのに」
声をあげて笑っているけれど、瞳は光を失くし、目が離せない。
こんな子供で大人より強く、何か任務を持って動かなくてはならない彼の境遇がどういうものなのか、想像もつかないけれど――――
「始末なんかしないわ。あなただって私たちを始末しなかったでしょう。それこそいつでも出来たのに」
「それは…………あんまりお人好しだから、バカらしくなっただけです」
私の言葉に視線を落とし、ポツリ、ポツリと話す彼からは、もう不気味な雰囲気は感じなかった。
「私たちはソフィアも大事だけれど、あなただって――――」
「ストップ!!…………僕の任務は今回は失敗です。一旦引き下がります」
私の言葉を遮ったラスは、瞬時にバルコニーへ移動し、柵の上に立ってこちらを見下ろした。
夜風に髪を靡かせながら穏やかな笑みを浮かべているけれど、なぜかこの時、彼を行かせてはいけない気がした。
でもどうやって引き止めればいいか分からない。
「……マリアさん、治療をしてくれてありがとうございます。では皆様、また会う日まで――――」
「ラス!!!」
フッと姿が消え、静寂に包まれた夜の闇に、私の声だけが響き渡る。
走り去る音すらも聞こえない……ヴィルの方を見ても首を振り、もうここに彼の気配はないという事だけは分かる。
引き留める事もかなわず、行ってしまった――――
結局彼の主はだれなのかも分からなかった。
レジストリック人だという事は分かったけれど……目的がソフィアだった事だけ。
また会う事が出来るのかしら。
今度はこんな形じゃない事を祈りたい……振り返ると、いつの間にかゼフがソフィアを腕の中おさめている姿が目に入ってきたので彼女の方へ歩み寄ると、ゆっくりと瞼が開かれていく。
「……オリビア、様?……ゼフ?」
「ごめんね、起こしちゃって」
眠そうな目を擦りながら、大きなあくびをするソフィアを見ていると、さっきまでの状況が夢だったのではないかしらと思えてしまう。
こんな状況でも起きなかったという事にも驚きだけど。
ラスの事、ソフィアには明日伝える事にしましょう。
ひとまずバルコニーへの扉をしっかりと閉じたところで衛兵がやってきたので、ヴィルが適当に誤魔化し、何とか事なきを得たのだった。
緊張で眠れないと思ったけれど、疲れてしまったのか、ソフィアを寝かしつけている間に自分も寝落ちてしまったらしい。
翌日にマリーに起こされるまで、全く起きる事無く睡眠を貪ったのだった。
~・~・~・~・~
次回は一話のみですがラスクルSideです!^^
彼はちょっと苦しい状況ですが、第四部でも出てきますのでよろしくお願いいたします~~<(_ _)>
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>






