やっと見つけ出した希望 ~王太子Side~
翌日、オリビアの提案で水遊びをする事になった私たちは、皆で二台の馬車に乗り、出かける事になった。
この国での滞在を有意義なものにしたいというオリビアの配慮だ……相変わらず私の婚約者は気が利くし、優しいな。
昨日の様子を見て、マリアも気分が落ち込んでいただろうから、彼女にとってもいい気分転換になるだろう。
絶対にくるはずがないと思っていたレジェクが、私たちの馬車に乗っている事だけが予想外だったが。
「昨日の今日で大丈夫でしたか?」
私が気遣った(フリをした)言葉をかけると、こちらをチラリと見て窓に視線を戻す。
「特に何も問題はありません。お気遣いいただきありがとうございます、と言った方がよろしいでしょうか?」
私の嫌味にも普通に返しているところを見ると、平常運転のようだな。
「水遊びか~~すっごく楽しみなんですよね!人生初かも!」
「おい、どうしてお前が乗っている」
ラスは男だけの馬車でひと際楽しそうにふるまっていた。
あれほどの殺気を放っていた者が我々の中に交じって、普段は無邪気な少年のように振舞っている事に未だに慣れる事はない。
それにどうしてこの面子でここまではしゃげるのだろうか……オリビアもいないので、楽しみだとはしゃげる気がしないな。
「ええ~~じゃあ女性陣の馬車に乗ろうかな」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「ふふふっ、水遊びなんてソフィアも喜びそうですね」
ラスが嬉しそうに話している様子を見ていると、少なからずソフィアに対しては普通に接しているように見える。
我々に対してはかなり警戒しているように感じるが……このお調子者キャラも相手に素を見せない為のものなのだろう。
いつ、我々に本性を現すかを注視しているのだが、全く見せる気配がない。
その内滞在期間が終わり、結局正体が分からずに終わる……なんて事になりそうな気がしなくもない。
そんな事を考えていると、ゼフの両腕がスッとのびてきて、ラスをつかまえたかと思うと、自分の隣りにちょこんと座らせた。
「馬車の中で動くな」
ゼフは子供に言って聞かせるようにそう言うと、ラスは子供扱いされた事が恥かしかったのか、顔がみるみる赤くなっていく。
「すみません」
ポツリと呟いた言葉をきちんと拾っていたゼフが頷く。
そしてその後はラスが立ち上がる事もなくなった……のだが、座りながらもお喋りが止まらないので、湖に着く頃にはゲッソリと疲れてしまったのだった。
そんな私の心を癒してくれたのは……頭にはストローハットを被り、無邪気に笑うオリビアの姿だった。
ブーツを脱ぎ、素足で湖畔へと駆けていく。女神のようだ。
我々は国賓として来ているのだから、もう少し旅行気分を味わわせてあげたいと思っていたので、ここに来て良かったなと思いつつ彼女のもとへ歩いていった。
子供たちは湖畔で水をかけ合いながら遊んでいる直ぐ近くで、オリビアとマリアが砂を使って何かを造形している。
「何を作っているんだい?」
「一応お城なんだけど……なかなか難しいものね」
「城……」
そう言われてみれば見えなくもない。
オリビアの作るものは大胆でスケールが大きいな。
負けていられないと自分も城作りに没頭し始めた……時折水も交えて砂を固め、細部まで作り込んでいく。
するとオリビアから「こういうのやった事あるの?」と声をかけられた。
「いや、初めてだ」
「そうよね……それにしては凄すぎない?」
幼い頃に砂遊びなどはした事がないので、言われてみればこういう事は初めてかもしれない。
しかしオリビアが”凄すぎる”と言ってくれたので、砂遊びがどんどん楽しくなってくる。
「ふむ……こういうのもなかなか楽しいものなんだな」
私がポツリと呟くと、隣りで黙々と何かを作っていたマリアが声を上げた。
「ねぇ、見て!私の傑作を!!」
自分のに夢中だったのであらためてマリアが作っていたものに目を向けると、何だか分からないドーム状の何かが作られていたのだった。
「これはまた……奇妙な城ですね」
レジェクにそう言われてマリアは憤慨していたが、こればっかりは彼に同意しかない。
そして追い打ちをかけるような言葉がまたレジェクから放たれた。
「奇妙というか、珍妙?」
珍妙…………確かに。
何となくマリアそのものに見えなくもない。私とオリビアが同時にふき出してしまい、マリアはさらに憤慨してレジェクを追いかけて行ってしまったのだった。
昨日は暗い様子のまま部屋に返してしまったので、彼女も良い息抜きが出来ているようだと思いながら、穏やかな時間が過ぎていった。
しかしその穏やかな時間は、突然終わりを告げる。
皆でマリーベルが作ってきたお昼を食べ終えたところで、切羽詰まったマリアの声が響き渡る。
「みんな、伏せて!!早く!!」
突然何事だと思いながらも言われた通りに地面に突っ伏した瞬間、聞いた事もない爆音が轟いたのだった。
――――ドオオォォォォンッッッ!!!!!――――
地面が揺れ、周りの人々から一瞬だけ悲鳴が上がる。
「炭鉱で事故が起こった――!!」と叫んでいるのが聞こえてきたので、今の爆音は炭鉱からだというのはすぐに推察出来た。
マリアはガス爆発ではないかと言っているが、私が気になったのはここにいる人々が、このような事に慣れているような姿だ。
「また?」「すぐにおさまるでしょ」「うるさいなー」「早く鎮火させてよ」などと他人事のように話している者ばかり。
やはりそうか――――腕相撲大会後にゼフを一人残してきたのは、あそこにいる炭鉱夫達に労働環境などの聞き込みをしてもらう為だった。
【ここにいる炭鉱夫はドルレアン国の民ではない者が半数近く。連れて来られた者や中には移民もいるが、そういった者たちが一番最深部の危険な仕事をさせられている】
調査結果はこのように最悪なものだった。
しかし現場での貢献度によっては軍入りや王城勤めなど、職を選べるようになるらしく、皆がせっせと働いているらしい。
炭鉱では我々が思う以上に事故が多いので、一刻も早く違う職に就きたい……と炭鉱夫たちが酒を飲みながらこぼしていたという。
ゼフの戻りとすれ違いになってしまった為、カンウェイ炭鉱から戻ってきてからこの事実知る事となり、激しく後悔した。
あの時に知っていれば、もっと最深部へ進んでいたものを――――
今度こそ連れて来られた我が国の民がいるかもしれないという気持ちを胸に、事故があった現場へと向かったのだった。
~・~・~・~・~・~
現場へ行く途中でマリアに尻を叩かれたレジェクは、今までと態度が一変し、様々な情報を共有してくれるようになった。
「見た感じではそれほど被害は大きくなさそうに見えるけれど……」
「はい。それほど奥で爆発が起こったわけではないので、皆急いで避難出来たのですが、奥の方で作業していた者は…………」
オリビアの問いにザンダもレジェクも俯いてしまう。
それではここに連れて来た者達は、誰一人助からなかったと言われているようなものではないか……!
「どうにか助ける手立てはないのか?!」
「………………っ」
私の問いにレジェクはただ俯くばかり……せっかくここまで来て、一人も助ける事が出来ないとは…………。
そんな私の気持ちとは裏腹に、炭鉱の鎮火に向けての話し合いが始まっていく。
「この現場はもう廃坑にするしかないだろう。近くの河から水を引けそうか?」
「はい。すぐ近くにアズーニ川がありますので、そこから引こうかと」
ダメだ……そんな事をしてしまったら、もう可能性すらなくなってしまう。
いくら日頃から肉体を鍛えていたとしても、こういった時にどうする事も出来ない事があるという事実に、絶望感が襲ってくる。
そんな私の耳に、マリアの声が聞こえてきた。
「まだダメよ。中に……生命反応がある。まだ生きてる人がいるわ!」
マリアが聖力を使い、なんとかガスを抑えてくれたので、坑道へ救助に入る事が出来るようになる。
私も行きたかったが、自分の立場を考えるとそのような事をしていいわけはなく、ニコライに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらイザベル嬢を見送るしかなかった。
「あまり奥には行かないでくれ。少しでも危ないと感じたらすぐに戻るように」
「承知いたしました」
イザベル嬢は日ごろから訓練を受けているから、危機察知能力が高いと思いたい。
二人の仲がどうなっているかは分からないが、きっとこの事実を知ったらニコライが烈火のごとく怒るだろうな…………覚悟しなくては。
彼女が戻ってくるまでの間、私たちは手当など自分が出来る事をする事で落ち着かない気持ちを誤魔化す。
やがて坑道から戻ってきた救助隊が、3人の子供を抱えてきたのを確認し、私はこの子たちが我が国の子供たちだと確信した。
そうであってほしいという願望だったかもしれない。
「こんな海の向こうの国に連れて来られて逃げ場もない。どうせ生き延びてもまた違う現場に放られ、死ぬまで働くだけなんだから死んだほうがマシなのに……!!」
彼の言葉を聞き、ますます願望は確信に変わっていく。
オリビアが確認し、それは決定的になっていった。
やっと……やっとだ…………ようやく見つけた。
ここにいるのはほんのひと握りだろうけど、私にとっては今まで積み重ねてきたものがようやく実を結び、希望が見えた瞬間だった。
「君の名は?」
「レイバン……何でおじさんがオレなんかの名前を聞くの?」
「おじさんではない、お兄さんだ」
「ヴィル!」
オリビアにツッコまれようとも、おじさん呼びは看過する事は出来ないな。
後にイザベル嬢やゼフにも哀れまれてしまう事になるのだが、まぁそんな事もいいだろうと思えるほど、私の胸は安堵の気持ちでいっぱいになっていた。
ゼフにニコライと父上への伝令を飛ばすように指示を出す。
これでドルレアン国の国王と話し合う事が出来る……レジェクも私の要望にすぐに了承してくれた。
前なら言葉を濁し、自分にはどうする事も出来ないと下を向いていたのに……色々と吹っ切れてくれたのは、我が国にとってはありがたい限りだ。
この男がトップに立ってくれれば、今より友好的な関係を築けるのにな。
そんな事を考えながら、マリーベルやソフィアが待っている馬車へと戻っていったのだった。
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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