ドルレアン国三日目はカンウェイ炭鉱見学
カンウェイ炭鉱はビシエラ山や王城からは反対に位置し、海の方へ向かって行かなくてはならない。
もしかして、大昔は海だった場所なのかしら……確か石炭が生成される土地って湿潤な土地に色々な物が堆積して……だったような。
ビシエラ山の方はあまり森林地帯はなくどちらかと言うと乾燥気味で、海に近付くにつれ湿気が多い気候になっていく。
森林も増えてくるし川もあり、そんな中を馬車で揺られながら進んだ先にカンウェイ炭鉱があったのだった。
炭鉱までの道のりは静かだったのに、炭鉱に着くと人が沢山いて、とても賑わっているのが伝わってくる。
馬車がゆっくり停車したので降りると、レジェク殿下に気付いた者たちが一斉に近づいてきて挨拶をし始めた。
「殿下!ようこそ、このような場所においでくださいました!」
一人の大柄な炭鉱夫が真っ先に殿下に挨拶をする。
「ああ、突然すまない。ザンダ鉱夫長。こちらはハミルトン王国からいらっしゃっているヴィルヘルム王太子殿下と婚約者であるオリビア嬢、ご友人のイザベル嬢だ。今日は坑道の中を見学に来た」
「よろしく頼む」
レジェク殿下が紹介してくれたのでヴィルが挨拶をすると、ザンダ鉱夫長は恐縮しきりで地面に頭が着くのではというくらいの挨拶をしてくる。
「へ、へへ――!私のような者にまでご挨拶してくださって、感謝いたします!」
鉱夫長はヴィルよりもひと回りも大きく、年齢は50歳は過ぎてるかしら。
ベテラン鉱員といった感じで、彼の態度などで周りの鉱員とはちょっと立場が違う感じが伝わってくる。
「さっそく中を見せてもらおうか」
「そうね」
ヴィルの言葉に頷き、私たちの言葉を聞いたザンダ鉱夫長は「こちらです!」と元気に案内してくれる。
坑道の入口まで歩いて行く最中も、多くの炭鉱夫たちからの視線を一身に浴びる事になった。
他国の王族が見学なんて初めてでしょうし、そりゃ驚くわよね。
鉱員の中には女性もいて、背中に大きな木箱を背負い、石炭を運んでいたり、テーブルの上で何か作業をしていたりした。
私は興味深々となり、彼女たちに声をかけてみる。
「これは何をしているの?」
「あ、あの……!ウルフ安全灯の点検ですっ!中は暗いので灯りがないと危険ですので……いつでも使えるように整備を」
「それは重要なお仕事ね!」
暗い坑道を照らす安全灯がないと、太陽の光りが全く届かない真っ暗な中の作業になってしまうものね。
電気の安全灯はないから、一つ一つ整備しているんだわ。
そんな事を考えていると、なぜか女性の鉱員たちに「ありがとうございます!」と感謝をされる。
ハミルトン王国では女性もこういった場で働いているのかしら……採掘場では働いていないでしょうけど。
悶々としていたら、レジェク殿下に「さぁ、行きましょう」と促されてしまったので、その場を離れるしかなくなったのだった。
もう少しお話を聞きたかったのに……!
ふと視線を遠くにやると、黒い山のような物が見えるのでザンダ鉱夫長に聞いてみる事にした。
「ねぇ、あの遠くに見える黒いのは山?」
「あれは選炭場で出た、石炭ではない岩石などを捨てて山になったものなのです」
「山じゃないの……?!採掘した石炭の中に岩とかが交ざってしまうのね。それにしても山みたいになるのね……凄いわ」
あの量から見て、炭鉱はここの現場だけではない感じがするのは気のせいかしら。
この現場だけで、あれだけの量の岩などが出てきたとは思えない。
それなのにハミルトン王国とはまったく石炭の取引を行っていないのに、採掘された石炭はどこへ行っているの?
この国で全て使っているようにも見えない。こんなに人が賑わっているのだもの、大きな取引先があるはずよ。
ヴィルの方を見ると視線が合い、同じ事を思っているようだった。
馬車から少し歩き、ようやく坑道入口に着いた私たちは、鉱夫長を先頭に坑内へ入っていく事にした。
「採炭した石炭は馬を使って引いていくのね」
地面に敷かれているレールの上に荷台が乗せられ、馬がそれをゆっくりと引いていた。
さっきは女性が背負っている姿も見たけれど、奥の方から大量に運搬する場合は馬で引いているのね。
それにしても――――
「中も暑いわ。これってもっと奥に進めば進むほど暑くなっていくの?」
「はい、もっと奥からは斜坑になっておりますので、地下へ潜れば潜るほど暑く……」
「ザンダ……!」
レジェク殿下が突然ザンダ鉱夫長に呼びかけるので、私たちは驚いて殿下の方へと視線を向ける。
「王族の皆様を最深部へ連れて行くのは危ないですから、斜坑の手前までにしましょう」
「そうですね!確かに最深部は危ないですし」
レジェク殿下の言葉に鉱夫長が慌てて返事をする。
?…………レジェク殿下の様子が何かおかしい気がして、ヴィルやイザベルと目線を交わした。
「私たちは特に問題ないけれど」
「いやぁ、奥に行けば有毒なガスが発生する時もありますから、あんな危険な場所に連れて行けません」
「そう」
ザンダ鉱夫長の話にイザベルが反応し、「そのような場所にオリビア様を連れていくわけにはいきません」とピシャリと言われてしまう。
奥の方もどんな感じか見てみたかったけれど、確かに有毒ガスは危険ね。
でも作業している人々はいるのよね……命がけの労働なのに、働いている者たちの顔をみると、なぜだか生き生きして見える。
賃金が良いのかしら?
結局斜坑に入る寸前で折り返す事になったのだった。
私たちが見る事が出来たのは手前の横坑のみ。
発破採炭を行う採炭夫と手掘り採炭をする鉱夫、木材を使って枠を組み、壁面を矢木で押さえて落石などを防いでいるしっかりとした坑内……横坑はそれほど危険には見えず、その部分だけ見学して出てきたのだった。
そこに子供の姿はなく、成人した男性と女性の労働者のみだったので、何となく胸をなでおろす。
「ねぇ、ザンダ鉱夫長。ここでの労働はやりがいがある?皆生き生きとして見えるから」
「はい、もちろんです。鉱夫は待遇の良い仕事ですし、王族の方々が何かと気にかけてくださるので、我々もやる気になるんです」
「でも、炭鉱内は危険でしょう?確かメタンガスが発生する可能性があるんじゃなかったかしら」
「メ……?」
ザンダ鉱夫長は何を言っているのか分からないという表情をしているけれど、私は構わず話を続ける。
「ガス中毒者が出たり、爆発が起きるかもしれないし……ここは海も近いから、何かと事故が多いんじゃないかって心配なの」
「へぇ……でもそのような事にはなりませんので、ご安心ください」
「そうなの?」
私はなんとなくぼんやりと知っていた炭鉱での事故などを並べてみたけれど、彼は全く心配などしていない様子だった。
どうして?少なくともあんな岩の山が築かれるくらい掘り進めているのなら、事故の1つや2つは起きてるはず。
もちろん事故がないに越したことはないけれど……違和感が拭えずにいると、鉱夫長は全ての杞憂を吹っ飛ばすかのような表情で私に告げた。
「全ては火の神のおかげです。我々は守られておりますから、ありがたいことです」
「…………そう」
なんだか全てを神の加護で済ませてしまうのは、聖ジェノヴァ教会と重なってしまって、どんどん胸がザワザワしてくる。
妄信とも思える思想……そう考えると、ヴィルの母である王妃殿下って全くそういう感じがないから、ある意味凄いのかもしれないと思ってしまう。
神を全く信じていないものね。
炭鉱での違和感を拭えないまま、その日はもうタイムアウトだったので、大人しく炭鉱を後にするしかなかった。
日が暮れる前に王城へ戻ってきた私は、レジェク殿下と別れる前にどうしても聞きたかった事を聞いてみる。
「レジェク殿下。我が国で行われていた貴国の人身売買の件、主犯が誰か、子供たちはどこにいるのか、未だ分からないままです。国王陛下も謁見の時にその話題には一切触れず、あなたからも何もない状態なのはいささか国として不誠実ではありません?」
「…………私に聞いたところで、あなた方にとって有益な情報は何もありませんよ」
私の質問に吐き捨てるようにそう言ってくるレジェク殿下。
「それはなぜだ?貴殿は王太子ではないか」
ヴィルが同じ王太子としての立場なので、そんなはずはないと言わんばかりに言葉を返す。
「先ほど言った通りです。私は王太子という立場なだけ……その件について、私に聞いても無駄です。直接父上に話を聞いた方が良いと思います」
「ではあなたから、陛下へお話を通していただけません?」
国王陛下への謁見など、そう何度も通るものではないわ。
私は何とかこの話を進めたいと、息子のレジェク殿下からなら陛下も動いてくださるのではと思い、お願いしてみる。
でも――――
「それもご期待には添えません。私にそんな力はありませんから。それでは失礼いたします」
レジェク殿下は私たちとそれ以上話すのを拒否するかのように、背を向けて去っていってしまった。
この国は国王が神のような存在である事は知っていたけれど、その息子の立ち位置って、そんなものなの?
「ひとまず部屋へ戻りましょう。皆が戻っているはずです」
「そうね」
イザベルに促され、何とか気を持ち直して部屋に戻る事にした。
部屋ではマリーやソフィアたち皆が戻っていて、特にマリアはビシエラ山について一日中調べていたらしく、彼女から驚くべき事実を聞く事になるのだった。
~・~・~・~・~
次回(日曜日更新)からマリアSideになります!(*´ω`*)
少し時間は遡り、彼女が召喚された時からのお話になります~~よろしくお願いいたします<(_ _)>
こちらWeb版になります!
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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