謁見
扉がゆっくり開かれると、深紅のカーペットが中央に真っすぐ敷かれ、その先にはドルレアン国王であるオーグスタ・フォン・ドルレアン、その人が玉座に座っていた。
隣りには王妃殿下もいらっしゃって、大きく煌びやかな扇で顔を少し隠しながら、鋭い目線をこちらに向けている。
国王陛下がヴィルの伯父様のはずだけれど、見た目は正直似ても似つかない容姿だった。
レジェク殿下とも似てないわね……小さくて丸く、ヴィルのお母上である王妃殿下とも全然似てないわ。
ちんまりとした可愛らしい体型とは裏腹に眉間には深いシワが刻まれ、黒いウェーブがかった肩までの髪に、厳しい表情ながらも口元はニヤリと笑っている。
ちょっと脂ぎってるように見える顔が私達の姿を捉えると、より醜悪に歪んだように見えた。
でも、なんだろう……怖いと思う場面なんだろうけど、笑いがこみ上げてくる。
体型のせいかしら?こんなところで吹き出してはダメよ、オリビア。
私が笑いを堪えて震えていると、怖がっていると勘違いしたのか、ヴィルが「大丈夫か?」と小声で聞いてくるので、一瞬体がビクッとしてしまう。
ヴィルの方を見て静かに頷くと、国王夫妻のもとへ近づき、挨拶を交わした。
「よう来たな、ヴィルヘルムよ。息災であったか?」
「お久しぶりにございます、国王陛下、王妃殿下。父上、母上からもよろしく伝えてほしいと仰せつかっております」
ヴィルの挨拶にすかさず隣りに座っている王妃殿下が口を挟んできた。
「はっ!国王陛下とアナトリーンが?嘘を申すな。そなたの国が軍事支援を渋ったおかげで我が国は大損害を受けるところであったというに」
彼女の話に驚きつつもヴィルの表情を窺う。ヴィルはただじっと2人を見ているだけで、その表情から何かを読み取る事は出来ない。
でも動揺しているようにも見えないので、想定内の返答のようだという事は分かった。
軍事支援を渋ったと言うけれど、常に戦いに明け暮れている国への支援なんて、いつまでもしてもらえると思っているところが図々しいと感じてしまう。
国の財政が厳しいのはドルレアン国の方だし、自業自得じゃない。
「お言葉ですが、そのおかげで他国からの支援にこぎ着けたと聞いておりますが? 父上はいつも状況を冷静に見ておられますので、最良のタイミングで動いております。 それに支援するべきか否かは私が決める事ではありませんので」
閉じた扇を握り締め、ヴィルの言葉を聞きながら戦慄いている王妃殿下は、怒りを堪えられない様子でまくし立てた。
「なんと生意気な!我々が他国に支援を要請するのをただ傍観していただけではないか!親族が困っていたというのに血も涙もない……親も親なら子も子よ。まぁ、あのじゃじゃ馬の腹から生まれてきたのだから、人ではなく暴れ馬なのかもしれぬな……」
「妃よ、上手く言うたな」
2人は笑い合いながら楽しんでいる。
でもこっちとしては少しも面白くないんですけど?!
なんなの、この人たち。
それにしてもドルレアン国の王妃殿下って、正直ヴィルのお母様に似てると思うのは私だけ?
まさか憎まれ口を叩きながらもシスコンなわけじゃないわよね……国王の気持ち悪さと目の前の2人に対する腹立たしさで気分が悪くなってきた私は、話題を変えようと私の方から挨拶をしてみる事にしたのだった。
「失礼いたします。 ヴィルヘルム王太子殿下の婚約者、オリビア・クラレンスと申します。 国王陛下、王妃殿下におかれましては、益々のご健勝のことと存じます」
「おお、随分可愛らしい婚約者を連れているではないか、ヴィルヘルムよ」
「……………………っ」
王妃殿下は陛下の言葉に私をギロリと睨んでいるけれど、私はお構いなしにカーテシーをしてにっこりと笑顔で言葉を返す。
「お褒めにあずかり、光栄にございますわ」
私の挨拶に随分と機嫌が良くなったのか、陛下は玉座から立ち上がり、重そうな体を揺らしながらこちらへと歩いてくる。
何を言ってくるか分からないけれど、タヌキ親父になんか負けないわよ。
「うむうむ、ヴィルヘルムも婚約者選びはまともに出来たようだな。このように美しい女性を婚約者にしたとは……」
ニタニタ笑いながら手を握ってきたところで、ヴィルが間に入ろうとしてきたので、目線で彼を制した。
「美しいだなんて……お褒めのお言葉、とても嬉しく存じますわ。では、私の美の秘訣をお話しても?」
陛下は私と身長が同じくらいなので耳元で囁くと、醜悪な顔がどんどん卑猥に歪み、涎も垂らしてしまうのではと言うくらい、おとがいも開いたまま、うんうんと頷く。
何を期待しているのやら、下品極まりないわね。
私はゆっくり会話する気はさらさらなかったので、極力早口でまくし立てていく事にしたのだった。
「では……ゴホンッ。 まずはお痩せになる事をおすすめいたしますわ。このようにお腹に脂肪が付いたままですと生活習慣病のリスクが高まり、あっという間に亡くなってしまいます。糖尿病や脂肪肝などになったら大変!糖質を減らし、脂質の少ない食べ物やタンパク質の多い食事を心がけてください。飲み物はお酒ではなくお水に切り替えた方がよろしいかと存じます。また、寝る前の飲酒は控えませんと浮腫みを引き起こし、睡眠の質も落ちてしまいますので老化の敵です。早寝早起きに運動、正しい食生活をすればもっとスリムに大人のイケオジになれると思いますわ」
「……? ………………?」
「つまり、今の生活は少し見直す必要がある、という事ですわ。そうすれば陛下も今よりもっと素敵になられます」
「? あ、ああ、そうか……?……分かった」
「ふふっ」
私がにっこりとそう告げると、何を言われたのか全く理解出来なかった顔をしつつも、ひとまず国王陛下はノロノロと自身の玉座へと戻っていった。
理解出来るわけないわよね、病名なんて全く知らないでしょうし。
私の話を理解出来なかったからと言って、国王が皆の前で小娘の話を理解出来ませんでしたとは言えないもの。中身が本物のオリビアなら陛下の事を怖がったでしょうけれど、私は三十路の母だったのでむしろ怒鳴り返さなかった自分を褒めてあげたい。
玉座の方を見ていると、王妃殿下も陛下の様子に混乱しているようだった。
これ以上ここにいても時間の無駄ね。
「ヴィル、そろそろ」
「……そうだな。陛下、妃殿下、我々はそろそろ退出いたします。また建国祭の際にお会いできるのを楽しみにしております」
「あ、ああ。分かった」
「ふんっ」
国王陛下と王妃殿下は曖昧な返事をしてきたので、私たちは顔を見合わせて謁見の間を後にした。
扉の外へ出ると、扉の外で待機していたゼフとイザベルが駆け寄ってきて、私たちの心配をしてくる。
「オリビア様!大丈夫でしたでしょうか?!」
「イザベル、全然大丈夫だったわ!」
「オリビア、先ほどは陛下に何と言ったのだ?」
部屋へ戻る道すがら、陛下とのやり取りをヴィルが聞いてくる。
私のあの話し方ではヴィルもよく分からなかったわよね。生活習慣病とか糖尿病とか日本での病気を挙げていたから何を言っているかも分からなかったでしょうし。
「あれはね、異国の病名を言ったり、健康的な生活をするにはという事を早口で言っただけなの。多分あの様子だと陛下も全く理解出来ていないと思う」
「ふ、ははっ、あの顔…………っ」
「ふふふっ」
イザベルとゼフは何があったのか分からないのでポカンとしつつ、私とヴィルはあの時の陛下の混乱した様子を思い出して吹き出してしまう。
「とにかく皆のもとへ戻りましょう」
「そうだな」
「はい!」
皆が返事を返す中、相変わらずゼフだけは無言で頷いていた。
そのいつも通りのやり取りがまた安心するのよね。
きっとソフィア達が首を長くして待っているでしょうし、解放感から足取り軽く、皆の待つ部屋へと戻っていったのだった。
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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