煩悩には勝てる気がしない ~王太子Side~
プロムが終わり、学生生活を終えた私は、毎日父上の仕事の補佐をしながら執務に追われる日々を送っていた。
プロムでのオリビアは天女のように美しかった……息の詰まる仕事の合間に彼女を思い出して、ほんのひと時息抜きをするのが日課だ。
あの日、私が贈ったドレスや宝石を身に纏い、優雅に階段を下りてくる姿。
「今日も一段と綺麗だよ」と、月並みな言葉しか出て来ない私に笑顔で「ありがとう、あなたも素晴らしいわ」と返してくれるオリビアに自制心をかき集めてエスコートをした自分を褒めてやりたい。
その後、ホールへ入る前に彼女と気持ちが通じた時の事を思い出すと、今すぐにでも会いに行きたくなるので、なるべく思い出さないようにしている。
執務机の上には今日も今日とて書類が山積みになっており、それらを放り出して彼女のところへすっ飛んでいくと、ニコライにドヤされてしまうからな。
だがしかし、可愛かったな…………淹れてもらったお茶を飲みながら、幸せなひとときに浸っていると、どこからともなく咳払いが聞こえてくる。
「ゴホンッ、休憩中かとは思いますが、まさかオリビア様のもとへ行きたいと考えているわけではありませんよね?」
「………………」
いつの間にかニコライがいた事に気付かずに、顔が緩んでいたところを見られていたとは……私の心の中まで悟られてしまい、返す言葉に詰まってしまう。
「行きたくても行けない状況なのは分かるだろう?大司教がいなくなった後処理がまだまだあるからな」
「王都では聖ジェノヴァ教会跡地を教育施設にするのも進んでいますし、働き口を増やし、生活のサポートも整えたおかげで信者たちが騒ぐ事も減っていますが、地方では各地で小規模の暴動がたびたび起きていますしね」
今回の件が公になり、聖ジェノヴァ教会を深く信仰していた者は王家こそ敵だと思う者も少なくなかった。
自身の信仰を突然奪われたのだから、行き場のない気持ちが渦巻いているのだろう。
時間が解決すると思い、放っておくとどんどん暴動は大きくなってしまうだろうから、放っておくわけにもいかない……最近はもっぱら、その事に頭を悩ませていた。
「信仰を失った人々の受け口をどうするか……教会は心の支えでもあったからな。純粋に信仰していた者たちにとっては我々が敵に思えるのだろう」
「仕方のない事とは言え……しかしマリア様が方々へと出向いてくださって、人々の心を癒してくださっているようです」
「……そうだな」
神の代わりは神にしか出来ない、とでも証明するかのようにマリアの存在が民の救いになってきているのは確かだった。
それ自体はとても助かっている。しかし――――
私がニコライに言葉を返そうとした瞬間、執務室の扉が勢いよく開いたのだった。
――――バンッ――――
「…………扉は静かに開いてくれ、マリア」
「ヴィル、今日こそ話をつけにきたわ」
私に向かって覚悟を決めた目をしながらこちらを睨んでいるマリアは、ニコライにはにこやかに挨拶をして、私の机に両手をついた。
まったく、この国にきて数カ月は経つのに、全く淑女らしさが身に付かないな。
私が呆れたような溜息を吐くと、彼女から溜まりに溜まった不満をぶつけられる。
「陛下からドルレアン国に行く話を聞いて、何度もお願いしたのに、なんで私を連れて行くって言ってくれないの?!」
「またその話か。今回は国賓として行くんだ。王族と婚約者以外は連れて行けないと――」
「私は聖女なのだから特に問題ないと陛下も仰ってくださったわ!オリビアだって喜ぶに決まってる!反対してるのはヴィルだけじゃない……!!」
まさか父上から許可を取っていたのか?!
父上の事だから特に深く考えずに許可を出したに違いない……オリビアとの旅行、ではなく行事への出席を楽しみに執務に励んでいた私は、この事態に頭を抱えた。
まだオリビアにはこの話はしていない。
父上には私から話してくれと言われている案件だったのに、先にマリアに伝わってしまうとは。
もしこの事がマリアの口からオリビアに伝わったら…………それはマズいな。
「この話は一旦保留だ。少し用事を思い出したので、失礼する」
「殿下?!」
「ちょっとヴィル――――!!」
後ろからニコライとマリアの声が聞こえてきたが、彼らに構っている余裕などなくなっていた私は、急いで執務室を後にしたのだった。
~・~・~・~・~
聖ジェノヴァ教会跡地に駆けつけると、オリビアが子供たちと遊んでいる最中で、皆オリビアに夢中の様子に目を細める。
あれほど魅力的な彼女の周りに人が集まるのは当然だな……私もその中に交ざりたい。
建物の影からそんな事を思っていると、どうやら私が見た事のない遊びをしているようで、こっそりとその様子を眺める事にしたのだが、突然彼女が衝撃の言葉を発する。
「おうじさまがだいすき!」
なん、だと?
私への愛の言葉を子供たちに向けて発している……これはどういった遊びなのだ?
彼女が背中を向けて言葉を発している時は子供たちは動き、言い終わるとピタッと動きを止める子供たち。そういう遊びという事か?
そうだとしてもこの言葉は――――私が喜ぶだけではないか。
こんな遊びが繰り広げられていたのなら、私もぜひ参加したかったのに。ニコライにドヤされる事を恐れて、執務を真面目にしていた自分が悔やまれる。
おうじさまがだいすき、か。
プロムの時に素直な気持ちを伝えてくれた時を思い出し、口元を手で覆った。
民の前に出たら表情を崩さないように日々気を付けているので、そう簡単には表情は変えない私だが、オリビアの事になると緩んでしまうので気を付けなければ。
そんな事を考えて立っていると、オリビアはまたしてもあの言葉をひと際大きな声でゆっくりと発した。
何度でも聞いていたい……しかし2回目にその言葉を発した時に私の存在に気付いた彼女は、驚きで目を見開き、恋を覚えたてのような赤い顔で固まってしまったのだった。
~・~・~・~・~
ヴィルSideが長くなってしまったので水曜日あたりにもう一話更新し、三話分にしました(^^;
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
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