不思議な通訳と王城へ
タラップは若干急ではあったものの、スロープ状に滑り止めのような段差があり、歩きやすい造りになっていた。
私はソフィアを抱っこしながら、反対の手はヴィルに引かれ、慎重にタラップを下りていく。
降りきったところでレジェク殿下が目の前に来て、私達に恭しく挨拶をしてくれた。
「我が国へようこそおいでくださいました。 王太子殿下、そしてオリビア様。 お久しぶりです……無事のご到着に皆、喜んでおります」
「出迎えまでしていただき、感謝いたします。建国祭まで数日間ですが、世話になります」
ヴィルとレジェク殿下が握手をしながら挨拶を交わす姿を見て、なにやら不穏な空気が見えるのは気のせいではないかもしれない。
ソフィアが私の服をほんの少しきゅっと握ってきたので、彼女の顔を見てウィンクをする。
知らない大人ばかりで緊張するわよね。
彼女の気持ちを和らげる為にしたのだけれど、ソフィアは私の顔が面白かったのか肩を揺らしながら笑っていた。
ああ、可愛い。
こういう改まった場だから我慢しなければと思いつつ、抱っこして連れて歩きながらドルレアン国の民にソフィアの可愛さを振りまきたい衝動に駆られたのを必死で堪えた。
でもここに居並ぶ方々と挨拶をしなければならないので、渋々彼女をおろし、手を繋ぐ事にとどめた自分を褒めたい。
私がそんな葛藤をしていると、レジェク殿下が私の前へやってきて挨拶をしてきたのだった。
「オリビア様、建国祭ではご無礼を働き、大変申し訳ございません。その後、御手の痕は消えましたか?」
「はい、もうすっかり」
私はニッコリ笑って殿下の目の前に手をかざして見せた……あんなものがずっと残っていてたまるものですか。
我が国での建国祭で強く掴まれた時に出来た手の痕。
思い出したくもないのにいちいち話題にあげてくるなんて。
それに”治った”ではなく”消えた”って言葉を使ってくるところがレジェク殿下らしいわね……相変わらず粘着質な感じがして背筋が粟立つ。
私が笑顔のまま固まっている様子を面白がっているのか、ソフィアと手を繋いでいない方の腕をスルリと持ち上げられ、手首にキスをしてきた。
「我が国で過ごす数日間、オリビア様にとって有意義なものになるように私も真摯に務めさせていただきたいと思っております」
「そうですか、よろしくお願いいたします」
私が顔を引きつらせながら答えると、ヴィルがレジェク殿下から私の腕を引き離してくれて、ホッと胸をなでおろす。
そんな私たちのおかしな雰囲気をバッサリと切るように話に入ってきたのが、背の低い少し背中を丸めた年配の男性だった。
「そろそろよろしいですかな?」
「ああ、ムンターニャ宰相か。手短に頼む」
レジェク殿下の言葉で彼がドルレアン国の宰相である事が分かる。とっても悪そうな顔をしているのだけれど、背が低く威圧感はそれほど感じないわね。
でもレジェク殿下といい、ムンターニャ宰相といい、どうしてこの国の人はねっとりと話すのかしら。
もう少し爽やかな人物と話がしたいと感じていた私の心を見透かすように、ムンターニャ宰相は一人の美少年を私達に紹介してきたのだった。
「こちらの者は我が国の言語とハミルトン王国の言語、両方が堪能ですので、通訳としてお連れくださいまし。きっとお役に立つ事でしょう……ひひ」
「そうなの、ですね……お心遣い、感謝いたします」
笑い方が…………少し薄気味悪い宰相の自己紹介を受けた通訳の少年は、私達の目の前に来てニッコリと微笑み、それは今までの怪しい雰囲気が一変するかのような朗らかな笑みだった。
「初めまして、ご紹介にあずかりました通訳を務めさせていただきます、ラスクルといいます。ラスとお呼びください」
そう言ってハミルトン王国の言語で挨拶をしてくれた通訳のラス……ふわふわした色素の薄い髪と笑顔が、ソフィアと同じように天使に見えるのは気のせいかしら。
身長は私よりは少し高いけれど、肌も白く妖精みたいで年齢を推し量る事が出来ないわ。
「よろしく頼む」
「はい!」
ヴィルが先にラスと挨拶を交わし、可愛らしい笑顔のまま私の前に来てくれたので、私もつられて笑顔になる。
「初めまして、ラス。私とヴィルはこちらの言語が分かるけれど、あなたの力が必要な者もいるからとても助かるわ。頼りにしてるわね」
「はい!そう言っていただけて嬉しいです」
まあ……笑顔が太陽のように眩しいわ。
ラスは少し屈みこんで、ソフィアにも目線を合わせて挨拶をしてくれた。
ソフィアも照れながら挨拶……挨拶をしているわ、ドルレアン国の言語で。公爵家での勉強で学んだのかしら。
オリビアも小さな頃から他国の言語を学んでいたし、貴族の家では当たり前なのかもしれない。
ふとヴィルの方を見ると、少し緊張しているかのような表情をしている。
どうしたのかしら……
「ヴィル?体調でも悪いの?」
「……いや、問題ないよ。オリビアこそ、突然どうしたの?早く2人きりになりたいとか?」
「………………観光が楽しみね、ソフィア」
「? うん!」
まったく、すぐに調子に乗るんだから。
ヴィルの言葉を全力でスルーした私は、何となく先ほどの彼の態度に違和感を拭えずにいたけれど、今は深く考えないようにしたのだった。
~・~・~・~・~
私たちはひとしきり挨拶を済ませ、王城へと向かうべく、用意されていた馬車に乗り込んだ。
馬車には私とヴィル、ソフィア、マリアで乗り、ゼフやマリー、イザベルが乗っている馬車に先ほどの通訳として紹介されたラスが乗っている。
馬車は王都の大通りを通りながら王城へと進んでいた。
豪華な馬車が通り過ぎるのを人々が手を振って歓迎してくれる――――噂に聞いていたような好戦的な感じは微塵も感じないわね。
ここが王都だからなのかしら。街中はとても賑わっているようにも思えるわ。
賑わいがあるのは良い事なはずなのに、違和感を感じるのはなぜだろう。不自然なほどに。私たちが来る事も民に事前に知らされていたようだし、少し不気味な感じがする。
私とヴィルは手を振ってくれる民に手を振り返していた。
「母上が話していたような様子には見受けられないが……」
「同じことを思っていたわ。むしろ賑わっているように見せているようにも思えて不自然に感じるの」
「…………やはり街中を歩いてみない事には分からない、か」
「ひとまず国王夫妻にご挨拶しなくてはいけないわね」
私とヴィルが難しい表情で話ていると、マリアがワクワクした表情で話をし始めた。
「見て……!もの凄い大きい山が近付いてきた!あの山の麓に王城が建てられているのよね?」
「ええ、そうよ。わぁ……凄い迫力……!」
馬車が進むにつれてどんどん山が近付いてきて、王城も見えてくると、その迫力に圧倒されてしまいそうになる。
なんだか神話に出てくる神殿のようね。
岩肌になじむように建てられている王城へは切り立った細い道を進まなければならず、確かに敵が攻めてくるのが困難な造りになっていた。
この道を進むしか王城にたどり着けないものね……やはりずっと戦いが絶えない国なんだわ。
でも財政難な面で他国に頼らないといけない状況だから、これほど素晴らしい城を持っているにも関わらずいつも苦戦続きなのよね。
国王の妹が嫁いだ国だからってハミルトン王国にも頼りっぱなしだし……その内放っておいても他国に攻め滅ぼされる日も近いのではと噂されている。
私たちが緊張した面持ちで目の前の光景を眺めていると、マリアは一人、興奮した様子で饒舌になっていく。
「私、高校では外国語科を選んでいて、将来は色んな国に行ってみたかったんだ~~山から自然の力を感じるし、すっごく居心地が良い場所かもしれない」
マリアは自然の力を操る事が出来るので、自然の多いところが気持ちいいと以前言っていたのを思い出す。彼女の大物感をヒシヒシと感じながら、馬車は王城の前へ到着したのか、ゆっくりと停車したのだった。
~・~・~・~・~
次回からヴィルSideのお話(二話ほど)になります~~よろしくお願いいたします!<(_ _)>
こちらWeb版になります!
もし続きが気になったり、気に入って下されば、ブクマ、★応援、いいねなど頂けましたら励みになります(*´ω`*)
皆さまのお目に留まる機会が増えれば嬉しいです^^
オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>