穏やかな(?)航海
そう言えば、船に乗ってからマリアの姿が見えないわね。
確かに一緒に乗船したはずなんだけど……私がマリアを探していると、船長室の近くにある小さな扉の方から声が聞こえてきた。
それは、先ほどガイアス卿がマリーを連れて入っていった扉。
「みんなー!こっちに来て――!」
「? 今の声、マリアよね」
「あの扉……階段室だ。まさか下の船内にいるのか?」
私の問いにヴィルが答えてくれて、皆でその扉の前まで寄っていく。
すると、またしてもマリアの声が聞こえてきて、今度は扉に近付いたからか声のボリュームが大きくなった。
「早く――!」
私は皆と顔を見合わせ、ひとまず扉を開いてみる。
「なんだか下から物音がするわね……やっぱりこの中にいるみたい。下りてみましょうか」
「はい」
イザベルの返事と共に、ソフィアが私の手をぎゅうっと握ってくる。
未知の領域に行くのは怖いわよね、きっと。
お化け屋敷に入るかのような心境でいるのかしら……そう思ってソフィアの方を見ると、なんだか頬を赤く染めてワクワクしているような表情に見えた。
楽しみなのね!思わず胸がきゅんとしてきて、ソフィアの手を握り返すとこちらを見上げ、ニコッと笑いかけてくる。
なんて可愛いの――――抱っこしたいくらいだけれど、階段だから危ないものね。
抱き上げたい衝動をグッと堪え、しっかりとソフィアの手を繋ぎ、一緒に階段を降りる事にしたのだった。
先にヴィルが入っていき、次いでイザベル、私とソフィアの順で下りていく。
ヴィルは乗船してすぐに船内をチェックしていたので、きっと下の階の事を知っているでしょうから、すいすい下りていった。
彼の背中を信頼してついていきながら、下の階に降り切った通路を右へと進んでいく……すると、豪華な扉の前にたどり着いたのだった。
「ここか?ここはサロンだな……食事も出来るホールのような部屋だ」
「まあ……!そんな部屋があるのね、入ってみましょう」
「うん!」
私の言葉にソフィアもワクワクした表情で頷いている。
ゆっくり扉を開くと、壁側には豪華なソファが並び、アンティークなテーブルに豪華な調度品などが並べられていて、船の中だというのに王宮のサロンを見ているような一室だった。
そのソファにマリアが一人で座っているのが目に入ってくる。
「皆、遅ーい!待ちくたびれちゃったわよ」
「この部屋、素晴らしいわね……船の中にこんな素敵な部屋があるなんて」
「凄いわよね!私も興奮しちゃった!それにここに座って天井を見てみると……」
マリアの視線の先を私も追ってみると、天井は天窓のようになっていて、今日の雲1つない美しい青空が綺麗に見る事が出来る。
「わあ…………素敵……」
「でしょ?夜になったらもっと綺麗だろうなぁ」
確かに夜で晴れていれば、沢山の星々が見られるでしょうし、お酒を飲みながら……なんて想像してしまうわ。
感動する私たちをよそに、ヴィルが不機嫌そうな声でマリアに言葉を返した。
「今日は3時間程度の船旅だから夜の景色は見られないぞ。この窓は明かりを取り入れる為のものだしな」
「なっ、それくらい分かってるわよ!」
ヴィルにしてはとても辛辣な返しね。
何か気に障る事でもあったのかしら……私がそんな事を考えていると、マリアが何かに気付いたかのようにニヤリとしながらヴィルへと言葉を返す。
「ふふっ……分かったわ。あなた、自分がオリビアに紹介出来なかったから苛立っているんでしょ?お子ちゃまね~~」
「なっ!…………っ」
そういう事――――ヴィルって結構ロマンチストよね。
何だか恥ずかしい事を言われた気がしたけれどその辺はスルーしておく事にした私は、ソフィアを膝の上に乗せて、天窓を見てみる事にした。
隣りにはイザベルが座っていて、3人で空を眺める。
「綺麗ね……吸い込まれてしまいそう」
「きれい…………」
「こんな時間もいいものですね」
大好きな人達とこうしていると、時間がとてもゆっくりと流れているように感じて、心が満たされていく。
船の揺れに身を委ねながら、ゆらゆらと穏やかな時間……周りではマリアとヴィルが売り言葉に買い言葉の押収をしているようだけれど、私たちの周りだけはゆったりとした空気が流れていたのだった。
~・~・~・~・~
「そうだ、マリーの様子を見に行きましょうか」
「うん!」
「そうですね」
具合が悪そうだったマリーの様子が気になった私は皆に提案し、この階の一室で休んでいるマリーのもとへと向かう事にした。
どこの部屋で休んでいるのかは聞いていないけれど、それほど部屋が多いわけじゃなかったので、すぐにマリーが休んでいる部屋へとたどり着いたのだった。
ちょうど船長室の真下辺りかしら?もう少し船首寄りかもしれないけれど、そこのソファで横になっているマリーの傍に、ガイアス卿が椅子に座っている光景が目に飛び込んでくる。
「あら?ガイアス卿、マリーの事を診ていてくださったのですか?」
「はい、運んだ時も状態が悪そうだったので」
「まあ……良かったわね、マリー」
マリーの事をここまで心配してくれるなんて、真摯な人柄に見える。
海で出会うなんて素敵……なんて、私が老婆心を出してほんの少しニヤニヤしていたのを感じたのか、マリーが慌てて起き上がろうとする。
「お、お嬢様!……ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ございません……」
「おい、寝ていないと危ないぞ」
そうよね、体調も良くないんだし寝てないと危ないわよね。
私がいると気を遣って起き上がろうとするでしょうから、ここは船が着くまでそっとしておいた方がいいかもしれない。
それにこの部屋にも小さな天窓が付いているのを確認し、マリーの気分が良くなるようにガイアス卿がこの部屋に運んでくれたのでしょうから……口が悪い時もあるけれど、さり気ない優しさを発揮するところが信頼出来るわ。
「マリーの様子も確認出来たから、私たちは別室で休んでいるわね。マリーは何も気にせずゆっくり休んで」
申し訳なさそうな様子のマリーに気にしないでという意味も兼ねてウィンクをすると、その部屋を後にして先ほどのサロンへと戻ってきたのだった。
「ガイアス卿はとても信頼できる人物のようね」
「そうなんだ。とても優秀で王宮騎士団の隊長も務めている。特に航海術に関しては――――」
ガイアス卿の事を話し始めたヴィルは、余程気に入っているのか彼に関する話が止まらないようで、まるで自分の事のようにつらつらと褒め言葉を並べていった。
ヴィルより何個か年上だし、兄のような感じなのかしら?とても尊敬しているのがヒシヒシと伝わってくるわね。
「――――というわけで、ドルレアン国へはさほど時間もかからないから、彼にお願いしたんだ」
「へーそうなの」
あまりに話が長くて半分くらい聞いてなかった私は、棒読みで応えてしまう。
「もうすぐドルレアン国に着くけど、あの国はあまり居心地のいい国とは言えないから、建国祭が終わり次第すぐに帰ろうと考えている」
「陛下は観光でもしておいでって言っていたけど、それもあまりしない方がいいかしら」
「まぁ……父上は少し国内を見て来てほしいんだと思う。他人事だと思って……」
ヴィルの周りから何やら黒いオーラが見えるような……陛下も何をお考えになってるか分からないお人だものね。
軽い気持ちで言ってるのか、何か思惑があるのか。
でも子供たちが売られていた国だから、私も国内を見てみたい気持ちもある。
「少し観光するくらいなら大丈夫よ。それ以上はソフィアもいるし、大人しくして帰る時を待ちましょう」
「そうだな。あそこは我が国のように教会などは元々ないが、火の神信仰が強く、そういった考えや戦が頻繁に起こる事から血気盛んな民も多い」
「そうね……活火山があるのよね?ビシエラ山だったかしら。そこに王城も建てられていると図を見ながら学んだわ。敵が攻めて来ても火の神が守ってくれるからそこに建てたって。そのくらい信仰が深い国なのだと」
私はオリビアが学んでいた知識があったので、ドルレアン国については頭に入っていた。
ドルレアン国の言葉もある程度は話す事が出来る。
王妃殿下の母国ですものね……真っ先に学んだ記憶があるわ。
きっとヴィルも話せるはず。
「ああ、活火山のおかげで、あの国は年がら年中暑い。我が国との気温差も気を付けなければ」
「そうね。温泉があれば入りたいところなんだけど」
「それは……!」
「私も入りたーい!」
ヴィルが何かを言いかけたところでマリアが話に入ってきて、ソフィアも温泉に入りたいとワクワクした表情を見せた。
ソフィアが入りたいなら入らないとね!
温泉があるといいのだけど……楽しみになってきたわ。
そんな話をしながら、船は順調にドルレアン国に向かい、やがて私たちの目の前にはビシエラ山が見えてきてドルレアン国の国土が目に入ってくる。
そして港に停泊する時にはレジェク殿下や諸侯達がズラリと並んでいるのが見え、いよいよ上陸の時なのだと私の胸は緊張と楽しみでドキドキが止まらなかったのだった。
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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