いざ港へ
その異様な雰囲気にただならぬ出来事があったのかなと思った私は、恐る恐るマリアに声をかけた。
「あら、マリアじゃない。どうしたの?そんなに大荷物を抱えて」
そう言えば最近はマリアが来る事がめっきり減っていて、どうしたのかなって思っていたところだったのよね。
プロムまでは頻繁に邸に来ていたのに……私の声にこちらを向いたかと思うと、涙目で訴えてきたのだった。
「オリビア~~久しぶり!聞いてよぉぉぉヴィルが……」
「うるさい」
マリアが何かを訴えようとすると、すかさずヴィルがマリアの言葉を遮ってしまう。
マリアは大層ご立腹でヴィルの方へと一直線に歩いてきて、怒りをぶつけ始めた。
「ちょっとヴィル……なんで私を置いていくわけ?!あんなに私も行くって言ったのに!」
「連れて行けるわけがないだろう」
「日々善行を積んでいる私に対しての仕打ちが酷い!」
「損得入り混じった善行など、善行とは言えん」
「酷ぉぉ!!」
2人のやり取りは売り言葉に買い言葉でどんどんヒートアップし、私たち周りの人間は呆気に取られて収まるのを待つしかなかった。
それでもなかなか終わらないので、私がマリアに声をかけると、ようやく我に戻ったのか、マリアに泣き付かれてしまう。
「オリビア~~私もずっとドルレアン国に行きたいって言ってたのに、いいって言ってくれないよー!」
「ま、まぁ国賓として招かれているから、なかなか他の人もっていうわけにはいかないんじゃない?」
「私は他国を見てみたいだけで、国の行事に参加したいわけじゃないもん」
「えーっと……ヴィル、どうするべき?」
「はぁ…………」
ヴィルに助けを求めると、深い溜息と共に諦めの雰囲気を感じる。
うーん、これは連れて行かないと、私たちも遅れに遅れてドルレアン国に行けないんじゃないかしら。
「……連れて行ってもいいが、部屋が用意出来るとは限らないぞ」
「オリビアと一緒に寝るから大丈夫よ」
「なっ」
「ヴィル……もしかしてオリビアと一緒に寝ようとしていたわけじゃないわよね?」
マリアにツッコまれて揶揄われたヴィルの顔が、どんどん赤くなって返す言葉がなくなってしまっていた。
え、本当に一緒に寝ようと思っていたわけじゃないわよね?
結局ヴィルが負けたのかマリアに「好きにしろ」とだけ言って、マリアも一緒に行く事が決まったのだった。
そこへ馬車の前で騒いでいた私たちに気付いたお父様がやってきて、すかさず話に入ってくる。
「殿下、ぜひ聖女様をお連れになり、オリビアと同室で寝かせてさしあげてください」
さっきのマリアが言っていた言葉がお父様の耳に入っていたとは……さすがのヴィルも小さな声で「はい」と返すしかなくなっていた。
「閣下、ありがとうございます!お久しぶりです」
「マリア様、オリビアをよろしくお願いいたします」
「もちろんです!」
マリアがお父様とお話する姿を見て、とても嬉しそうな様子に何となく女の勘が働いてしまう。
もしかして……
「閣下は大人の男性って感じがして、素敵よね~~誰かさんと違って」
馬車でうっとりと話すマリアは、お父様への憧れの気持ちを隠さずに話してくれた。
そしてマリアの同行を余儀なくされ、お父様と比べられたヴィルは終始不機嫌な様子で、むっすりと口を閉ざしてしまう。
なんだか先行き不安な旅になりそうな予感だけれど、馬車は比較的綺麗な道である街道を順調に進み、公爵邸から少し南にあるディーガン港に到着したのだった。
~・~・~・~・~
馬車から降りて港を見回してみると、港には多くの帆船が停泊していて、賑わっているのがヒシヒシと伝わってくる。
まだ朝も早いので、漁獲された海産物を輸送する船や貨物船、旅行客などを乗せている旅客船などもそこかしこに停泊していた。
私がバッドエンドを回避した事で小説の中身も随分変わっているでしょうし、ここからは未知の領域だから色々な事を楽しみたい。
沢山の帆船の中に、ひと際煌びやかな船が目に入ってくる。
「ねぇヴィル、もしかしてあの船って……」
「ああ、あの船が我々が乗る船だ。美しいだろう?」
「え、ええ。そうね、とっても……」
ヴィルがあまりにも爽やかな笑顔で船を自慢げに紹介してくるので、煌びやか過ぎてちょっと恥ずかしいとは言えなかった。
いつぞやのド派手な馬車でやって来た時を思い出すわね。
王族たる者、煌びやかなものに乗るべきというのは理解出来る……ロイヤルですものね、他国から侮られない為にも必要な事なのでしょうし、理解はしているわ。
でも私自身は普通の主婦だったので、こういった豪華なものに全く免疫がない。つい主婦的な考えから、財をつぎ込み過ぎとか、もっと質素にとか思ってしまう。
今回は国賓として招かれているから、こういった船で行く事も大事なのかもしれないと思い直し、美しい船へと乗り込んだ。
マリーやゼフは荷物を運び込むのに忙しそうだし、ヴィルは船内をチェックしているので、私はソフィアの相手をしながら出港の時を待つ事にした。
「そう言えば船長に挨拶をしていなかったわね。ソフィアも一緒にくる?」
「うん!」
「それほど長い船旅ではないにしてもお世話になるから、挨拶をしておかなきゃ」
とは言っても船長室がどこかが分からない。
私たち2人はデッキをウロウロしながら中央部にある一室の前を通りかかると、何やら中から大きな声が聞こえてきて不穏な空気を感じたのだった。
ソフィアと顔を見合わせ、そっと扉を開いてみる……扉は木製だけれどそれほど重くはなく、すぐに開いた。
するとすぐ目の前に男性の後ろ姿が見えたので、もしかしたらこの人物が船長かもしれないと思い、声をかけてみる。
「あのー……こちら、船長室でしょうか?船長がどちらにいらっしゃるか、ご存じでしたら教えていただきたいのですが」
「はい?!」
さっきまで大きな声を出していたのは目の前のこの男性ね。
同じ声だし、勢いのままに大きな声でこちらに振り向いたその表情は怒りに満ちていて、喧嘩腰で返事をされてしまう。
まさか、この人がこの船の船長さん?
漆黒の長い髪を後ろで結び、左頬には一筋の傷がついているワイルドな美丈夫……王族専用の船の船長だけあって、身なりが整えられているので彼が船長なのかなと思うけれど、とても聞けるような雰囲気ではない。
いかにもこんな時に話しかけてくるヤツは誰だ?!と思っていそうな雰囲気なので、声をかけたタイミングが悪かったんだわ。
目の前のワイルドな男性は、ジロリとこちらを睨み、フイッと背中を向けられてしまう。
「……仕方ないわね、もう少し後でまた来ましょうか」
「うん」
ソフィアを怖がらせたくはないし、今はこの場を去った方が良さそうだと判断して、2人でその場を後にする事にした。
すると、扉が閉まる寸前、先ほどの船室の中から聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「オリビア様!お久しぶりでございます!!」
私とソフィアが振り向くと、先ほどのワイルドな黒髪の男性や船員達に囲まれて、ほんの少し笑っているイザベルが目に飛び込んできたのだった。
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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