準備万端で出発…?
帰りは馬車なので送らなくていいと言ったのだけど、ヴィルがどうしても邸まで送りたいと言うので一緒の馬車で帰る事になった。
ドルレアン国へ出発するのは10日後に決まったので、帰邸したら色々とマリーやお父様に伝えなければならないわね。
そしてソフィアにも。
港から船に乗って行く事になるので、船旅に少し不安がありつつも、この国を出るのが初めてなのでワクワクする気持ちもある。
でも四人で歓談した後からヴィルがとても大人しい。
領地に来たあたりから笑顔が増えていって、最近は本当によく笑うようになっていたのだけど、なんだか逆戻りしたかのようだわ。
母親との今までのわだかまりがすぐに消えるはずはないわよね。
むしろ王妃殿下の態度が変わったから、今の方が複雑な気持ちなのかもしれない。
「陛下と王妃殿下って、最近はすっかり仲が良いの?」
「まぁ、母上の誤解が解けてからはあのような感じだ……未だに慣れないが、不仲よりはいいけれど」
「前はこんな感じの顔だったわよね」
私は不敬かもしれないと思いつつ、以前の王妃殿下の顔真似をしてみる。
案の定吹き出して大笑いするヴィル。その様子を見てやっと笑顔が戻ったと少しホッとしたのだった。
「そうやって笑っていると、小さい頃のあなたに戻ったみたいね」
出会った頃はお互い笑顔で遊んでいた時もあったし、楽しく過ごしていたオリビアの記憶を思い返す。
今の私があの頃のヴィルにまた会えたら、母親の分まで彼を笑わせたいと思って行動していたに違いない。
そんな事を考えていると、隣りに座っているヴィルから「……それは困るな」という声が聞こえてくる。
「どうして?」
「私が幼い頃に戻ったら、今の君と凄い年の差になる」
「え…………ヴィル、もしもの話よ」
「私が大きくなった時には君はもう結婚して、他の男のものになっているだろう?それではダメだ」
私がなんとなく言った言葉に対しての彼の返答に、思わず目を丸くしてしまう。
本当にそうなった事を想像して話をしているの?
腕を組みながら憮然とした表情でそう言ってのけるヴィルを見て、心の底から笑いがこみ上げてきた。
「ちょ、ちょっと……ふふっ、あはは……! 何の想像をしているのよ」
あまりにもバカバカしくなって私が声をあげて笑うと、ヴィルも笑顔になり、馬車の中が笑い声でいっぱいになった。
大人しかったかと思うと、突然突拍子もない事を真剣に話すし、一緒にいて飽きない人ね。
そんな事を思いながら笑い合っていると馬車が停まり、どうやら邸に到着したようだった。
「あら、もう着いてしまったのね。 送ってくれてありがとう」
「いや、礼を言うのは私の方だ。 ありがとうオリビア」
そう言ってお礼を返してくれたヴィルに対して、私も笑顔で返す。
もう大丈夫そうね。
「じゃあ、行くわね」
馬車の扉を開こうとすると、その手をヴィルが止めて、彼の顔が近づいてきた。
振り向きざまの触れるだけのキスだったけど、ちょっぴり離れがたい気持ちになったのは彼には内緒にしておこう。
「また10日後に迎えに来るよ」
「わかったわ、準備して待ってるわね」
馬車を下りる時だけでなく邸の入り口までしっかりとエスコートしてくれたヴィルは、先ほどとは打って変わってとても穏やかで柔らかい表情をしていた。
すっかり最近のヴィルに戻っているように感じ、ホッとしながら邸の中に入っていったのだった。
~・~・~・~・~
「というわけで、ソフィアも一緒にドルレアン国に行きたい?」
「うん!」
「じゃあ決まりね! 一緒に旅行の準備をしましょう」
帰邸して真っ先にドルレアン国へ一緒に行くかどうかをソフィアに聞いてみると、快い返事が返ってきた。
お父様はソフィアが一緒に行ってしまう事に寂しそうにしていたけれど、こればかりは仕方ないわよね。
「私、持っていきたいものがあるの」
ソフィアが本棚の方へ走って行く。
小さい子が走る姿って可愛いわよね……ソフィアは体も小さめだし、4歳くらいに見えるから余計に一生懸命さが可愛くてキュンとしてしまう。
本を読む事が好きなソフィアには彼女の為の本棚を私の部屋に用意したので、そこからお気に入りの本を持ってきた。
「これを一緒に持っていきたいの」
「あら、これは領地でゼフがあなたに取ってくれた絵本ね。 本当にこの絵本がお気に入りなのね。 もちろんいいわよ」
今はもう難しい本も読めるようになっているのに、一緒に持っていくにはこの絵本がいいのね。
お守りのように感じているのかしら。
私が笑顔でOKを出すと、小さな花が次々と咲くようなとびきりの笑顔を返してくれるので、思わず抱きしめてしまう。
可愛いわ……近頃は笑顔も増えて本当に癒しの天使よ。
そしてその日の夜――――
ソフィアと一緒に寝ようとお布団に入ると、ドルレアン国の話になったのだった。
「図書室で一緒に行く国について、調べてみたの」
「凄いわ、ソフィア。 早いのね!」
ソフィアは何か調べたい事がある時は、邸にある図書室を頻繁に使っていた。
今回も一緒に行く旅行という事で、ドルレアン国に興味深々だったのかもしれないわね。
まだ出発までは日にちがあるとは言え、すぐに調べてきちゃうなんて、それほど楽しみにしているという事かしら。
ソフィアのそんな気持ちが伝わってきて、胸が温かくなる。
陛下に頼んでみて本当によかった。
「ここにメモを書いてみたの」
「どれどれ……」
ソフィアに渡されたメモを読んでみると、ドルレアン国に関する事が事細かに書いていて、私は驚きのあまり手が震えてしまう。
メモも小さな紙ではなく大きめの紙にびっしりと書かれていたのだ。
もう文字の読み書きはほとんど出来るようになったので、こんな事も出来ちゃうのね。
凄い……もちろんオリビアも歴史などは習っているので、ドルレアン国についての知識はある程度頭には入っている。
その為、あらためて学ぼうとする姿勢が欠けていた私は、ソフィアのそういった姿勢を見て、深く反省したのだった。
書かれている内容についても色々と感心させられるけど、何より――――
「こんなに難しい文字も読めるのね。 しっかり書いているし、凄いわ!」
おそらく5歳の子供が読むような本じゃないと思うのよね……ソフィアって実は天才なのではないかしら。
親バカみたいになってしまうけれど手放しで褒めると、ソフィアは頬を赤くして俯きながら照れている様子に見えた。
う――ん、可愛い。
思わず抱きしめて頭をなでてしまう。
「ソフィア、わざわざ調べてメモまで書いてくれてありがとう。 とっても読みやすくまとめてあるし、助かったわ」
「ほかの国に行くときは、その国の文化を調べてから行くのがいいって、先生が教えてくれたから」
「世界史を教えてくださっているイーサン先生ね」
「うん!」
ソフィアはお父様の計らいで、普段から専属の先生にお勉強を教えてもらっている。
そしてその一人がイーサン先生だった。
他国の歴史、自国の歴史など、様々な知識を持っているおじいちゃん先生は物腰が柔らかく、ソフィアはイーサン先生のお話を聞くのがとっても好きなのよね。
先生が教えた事がしっかり身についているようだし、きっとイーサン先生もこの話を聞いたら喜ぶに違いないわ。
「先生の教えた事をしっかりと守るなんて偉いわ。 ソフィアは優秀ね! じゃあ優秀な子はしっかりと睡眠をとって頭をスッキリさせなくてはいけないから、そろそろ寝ましょうか」
「はいっ!」
私の言葉に背筋を伸ばして正座をしながら返事をしてくる。
素直で真面目で優秀だなんて、褒めるところしかないわね。
ソフィアの成長をヒシヒシと感じながら、その日も一緒に眠りに就いたのだった。
~・~・~・~・~
ドルレアン国に行く準備も整い、ついに出発の日を迎える事になり、邸の中はいつも以上にバタバタしていた。
マリーは旅行用の大きいバッグを幾つも用意し、中身を確認したり様々なチェックをしている。
「そんなに荷物を詰め込まなくても大丈夫よ。 7日ぐらいで帰ってくるんだから」
「いけませんわ! 国賓として招かれているのですから、お衣装など不備があれば国の威信に関わります!」
「大げさよ」
「いいえ、大げさではありませんわ! お嬢様は国賓というものがどういうものか分かっていらっしゃらないのです!」
マズいわ……物凄い量の荷物につい言葉をかけてしまったけれど、マリーの世話焼き心に火を着けてしまったかもしれない。
私がマリーの剣幕に押されていると、エントランスホールにヴィルが入ってきて、爽やかに挨拶をしてきた。
「オリビア、おはよう。 準備は整ったかい? 少し早いけど迎えにきたよ」
「おはよう、ヴィル。 迎えに来てくれてありがとう。 多分もう少しで整うと思うのだけど」
「領地と違って全くの異国に行くから、しっかりと準備していった方がいい。 船は王族専用のだし、時間は急いでいないから」
「そ、そうなの」
王族専用の船…………それならば荷物が多くても乗せる事が出来るわね。
ってそういう事ではなくて、貸切状態で行くって事?
ドルレアン国は海を隔てた隣国なので船で行く事は分かってはいた。
でもよくよく考えてみたら、王族が平民と同じ船で行くという事はあり得ないか……つい前世の時の日常と同じように考えてしまう。
「お嬢様、準備が整いましたので港へ向かいましょう!」
「え、もう?」
「はい! 王太子殿下がいらっしゃったので、頑張りました!」
マリーの仕事の早さに感動してしまう。
ソフィアもマリーに尊敬の眼差しを向けているもの。
「ありがとう、マリー。 では行きましょうか」
「はい!」
「うん!」
「よし、では馬車に乗ろう」
「…………」
皆が返事をする中、ゼフは返事の代わりに頷き、私たちは意気揚々と馬車へと向かった。
船旅も初めてだし、この世界に転生して他国へ行く事自体が初めてだから、とても楽しみだわ。
王妃殿下はあまり良い国とは言えないから気を付けなさいと仰っていたので、十分に警戒しながらもソフィアを楽しませてあげたい。
そんな事を思いながら鼻歌まじりで馬車の方へと向かうと、前を見ていなかったのでヴィルにぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい、ヴィル」
目の前にあるヴィルの背中に向かって謝ってみたものの、ヴィルはピクリともしない。
どうしたのかしら……皆固まっているし、馬車に乗らないのかしら?
「どうしたの、何かあった?」
私が聞いても返事がないのでヴィルの体の横から顔を覗かせると、馬車の前には大荷物を抱えながら息を切らして仁王立ちしているマリアが立っていたのだった。
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オリビアとヴィルヘルムや登場キャラクターが成長していく姿をじっくり書いていきたいと思っております。
彼らが歩む道を見守っていただければ幸いです。
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