第7話 時間旅行の仕組み
「やっぱり揺れるかなあ。タイムマシンは、過去でも未来でもその世界に飛び込むような感じになるからね。質量やスピードがあれば、その分抵抗も増すんだと思う」
そのあと、ポコリンがタイムマシンについて何か数値や理論など言い出したので拓は慌てて止める。
「聞いても分からないって」
ポコリンは一旦話を止めるものの、言い添えた。
「とりあえず、ちょっと時間が前後すると思っておいて。でもさ、戻るほうがずれないんだよ」
「へえ、そうなんだ」
相槌を打ったのは何となくだったが、ポコリンは説明する。
「戻るってことは、元に帰れるってことで、安心感があるからね」
「安心感? タイムマシンにそんなものが影響するの?」
数値や理論とはまるで関係なさそうなことを聞かされて、意外に思う。
「うん。まだ正確にははっきりしないことだけどね。気持ちとか意志とか反映するんだよ」
そういうものなのか、と拓は不思議な気持ちになる。
「タイムマシンって、光速を超えて走るんだっけ?」
ちょっと聞きかじったことを思い出した。
「まあね。タイムマシンのない時代の人にはあまりその辺説明できないんだけど。光よりも意識のほうが早く伝わる、ってことの方が大事かも。気持ちに影響を受ける、って話だから」
「ふーん」
実感の伴わない話なので、適当に返事をするしかない。
ポコリンは言った。
「ただね、顕在意識というより潜在意識。つまり意識しているところより無意識に思っていることの方が大きいらしくて、単純な話じゃないの。自分でうまくコントロールできるようなものじゃないんだよね」
拓にはまだそれがどういうことなのか、分かっていなかった。
到着したのは、水曜日21時2分だった。
「たいしたずれじゃなかったね。よかったあ」
ポコリンがほうっと大きく息を吐く。その様子に、拓は再び心配になった。
「本当に大丈夫? ちゃんと行ける?」
「うん。やり直せばきっと何とかなるよ。わたしも何回か行ってるから、行けるはず」
確かなことが分からず、拓の気がかりは解消されないのだが、黙っておいた。
今回も降りずに、そのまま過去へ向かう。
ポコリンは、すぐに画面を確認して、出発した。
月曜日17時00分に合わせて。
揺れが収まった。
「着いたのか?」
「うん。時計、探すから待って」
ポコリンがすぐに調べ始める。先程と同じように画面には駅前の時計が映し出される。
「やった」
ポコリンと拓の声が重なる。
17:07
時計の表示はなかなかいい数字だった。
そういえば、愛美と待ち合わせをしたときに、一度この時計を見上げたことがあったなと、記憶を呼び起こす。
二人で会うときは、必ず愛美が早くから来ている。本を読んでいる姿を拓が見つけるのがいつものことだった。
しかし、今年の夏に花火大会に行く予定でここで待ち合わせたとき、愛美の姿は時間になっても見当たらなかった。スマホを取り出して時刻を確認し、この時計を仰いでもう一度時刻を確認したのだ。
結局そのときは、連絡することなく、愛美はほんの数分後に現れた。
「ごめんなさい、遅くなって。その……浴衣、持っていなくて。何を着たらいいのか、迷ってしまって」
「浴衣?」
拓には思いがけない理由だった。
花火大会に浴衣。言われると納得できるが、そんなことまで自分は考えていなかった。
「そんなこと、気にしなくていいのに」
そう告げたが、愛美はさほど遅刻したわけでもないのに、申し訳なさそうにしている。
「もし愛美が浴衣だったら、僕もそれに合わせなくちゃいけない?」
「え? ううん」
「じゃあ、愛美が花火大会に合わせる理由もないよ。僕も愛美も全く普段着で、いいよね」
愛美はほっとしたように、頷いた。
うまく話ができたな。愛美が自分自身を肯定できるように、自然と会話ができる、と拓は思った。そのときも、結婚の話をすることが一瞬頭をよぎったのだ。
愛美と一緒になっても、うまくやっていけそうだと。
だけど、プロポーズの言葉は何ひとつ出てこなかった。
一刹那の追想を振り払って、拓は立ち上がる。
「よし、降りよう」
「待って。まだ降りちゃだめ」
ポコリンがすぐに止める。
「降りて、愛美に電話して止めればいいだけだろ?」
愛美を火災から助け出す方法は、すでに二人で考えてあった。
火事の前に戻り、拓が愛美に連絡をして火災現場に近づかないように注意すればいいのだ。愛美の仕事は17時終業なので、それ以降なら繋がりやすい。
拓は鞄からスマホを取り出そうとする。
「そうなんだけど、もしも繋がらなかったら、拓さんは会社からここまで戻らなくちゃいけないから気をつけて」
「え、会社?」
手が止まる。なぜここで自分の職場が出てくるのか、分からない。こんな非現実的な場にいるのに、あまりにも現実的な言葉を聞いてしまった。頭が混乱しそうになる。
「拓さんは……二日前の今の拓さんは、仕事中でしょ」
「それがどうかした?」
拓はスマホを戻して、鞄から手を出す。
「あのね、タイムマシンで過去に到着すると、その人はその時間に二人いることになってしまうでしょ。それって駄目なの」
「何それ」
一瞬『二人いる』というのがどういうことなのか疑問が湧く。だが、よくよく考えてみれば、確かにまずい気がする。
自分がひとつの時間に二人存在する。
今、まさしくその状態だ。でも、それって、ありえない。
もしも、過去の自分と会ったら。何も知らない向こうの自分はドッペルゲンガーのような。
心にざらついた感触がよぎった。喉の奥が詰まりそうになる。薄気味悪い。
そんなことは絶対にないほうがいい。
「僕がここに二人いるって……大丈夫じゃないよな」
「ううん、一応大丈夫なの。ただね、自浄作用で十分としないうちに、過去の自分と重なるんだよ。意識は今の拓さんが持てるはずだけど、体のほうは向こうの拓さんになるんだ」
過去の自分と今の自分の存在が重なるという。
重なる、とはどういうものなのか。想像しづらい。
「そうなのか。何だか変な感じだな……」
「まあ、体験してみれば分かることだから」
未来から来た少女の口調は、ごく当たり前のことのようだった。
タイムマシンに普通に乗って普通に降りて、過去に行けると思っていたが、もっと複雑らしい。
簡素な乗り物だが、実際には様々な仕組みがあるようだ。
まだ理解の追いつかない拓を残したまま、ポコリンは喋り出す。
「わたしが愛美さんに会ったのは、この日の18時半過ぎ。愛美さんが火事に巻き込まれるのは、19時を上回っていたと思う。前回タイムマシンでここへ来たときは、18時半ごろ愛美さんに会わずに帰る、というのだけで戻ったんだ。だから、わたしのほうは、この時間上にまだいない。しばらくこのままだよ。そのうち、前にタイムマシンで来たときのわたしに重なるから」
「そうか……」
自分が自分に重なる。
やはり普通のことじゃない気がする。けれど、こうも平然と告げられてしまうと、異様な感触は薄れていく。ポコリンはそんなことには構っていられないらしく、続けて話す。





