第4話 変わってしまった過去
髪型を変えて眼鏡をかけてから過去へ遡ったので、ひいおばあちゃんが自分だと思い出せる可能性はほぼないと思う。
でも、そこにいた女の子は明らかに自分。こうなったのは自分のせいに違いない。
それに、タイムマシンを黙って使ったことがバレてしまうかもしれない。
ポコリンにとっては、それも大きな心配だった。
自浄作用により、このまま数日が過ぎれば、ひいおばあちゃんの火傷の記憶は、みんなの記憶に定着して本当の過去になっていくと推測できる。それ自体大変なことだ。
けれど、それより前に不思議に思う人が出る、というのもポコリンには気がかりだった。まだ定着していないうちにパパが気づいたら、自分が疑われるに決まっている。
とにかく、ひいおばあちゃんが大きな火傷を負ったという過去が、自分自身のミスで作られたのは確かだった。
ポコリンは責任を感じて、同情しながら言葉を口にする。
「大変だったね、ひいおばあちゃん。その変な女の子のせいで熱い思いをしたり、入院したりしてひどい目に遭ったんだね」
ところが、曾祖母は小さな微笑みを浮かべた。
「そんなにひどい話じゃないのよ。何を心配しているの。もうずっと前のことだし、悪いことばかりじゃなかったのよ」
「何で?」
悪いことばかりじゃない、という言葉に引っかかりを覚える。ポコリンにとっても意外な話だった。
「それがね、当時付き合っていたひいおじいちゃんがお見舞いに来たとき、わたしの火傷した腕を見て、かわいそうに思ってプロポーズしてくれたのよね」
ひいおばあちゃんは、懐かしそうに遠くを見つめた。
けれど、これは本当の過去とは明らかに違う。
ひいおばあちゃん――愛美は火傷をしていないか、あるいはしていても入院するほどではなかったのだろう。これまでのひいおばあちゃんには、そんな火傷の痕はなかったのだから。
もちろん、ひいおじいちゃん――拓の行動も違うのだろう。少なくとも、火傷を見てプロポーズをしていないはず。
「プロポーズ……!」
拓はどきりとする。それは自身にとって喫緊の問題だった。だが、今はポコリンの話の続きを聞くことに徹する。
ひいおばあちゃんの過去が変わっていることに気づき、ポコリンは慌てて再度タイムマシンに乗り、同じ過去をやり直すことにした。
「今度はちゃんと、見つからないように愛美さんをこっそり覗いてみることにしたの。それで帰ろうと思ったんだけど、愛美さんはなぜか家を出て歩いていくから不思議に思って。あとをつけたんだけど、いつの間にか見失ってしまって」
気づいたときには、遠くで火の手が上がっていたという。
「それって、愛美が巻き込まれた火事?」
「そうなの。近づいたときには、もう立ち入り禁止になっていて、確かめられなくて。結局未来に戻ってみたら、やっぱりひいおばあちゃんは火傷をしていたの」
失敗しちゃったんだ、とポコリンは消え入りそうな声で付け加えた。
「わたし、すごく注意して見つからなかったのに、何で愛美さんは火災のあったスーパーに行ってしまったのか分からなくて。何か別の理由が作られて、同じように火事になってしまったみたいなんだ。だから、もう一度タイムマシンに乗ったの」
「それで?」
「だめだったの。やり直しても、うまくいかないの。どうしても。何回やっても」
ポコリンは泣きそうな顔をする。それを見ている拓も胸が切なくなる。
「どうやっても愛美さんは火事に遭ってしまう。しかも、すぐ近くでもう一件火事が起こっているの。調べてみたら、放火が原因だったんだけどね。愛美さんはそっちで火事に遭うケースもあるんだよ。あと、やっと追いついて後ろ姿に声をかけようとしたら、自転車に追突されたこともあって……」
「ええっ」
「転んじゃって、思ったの。このままじゃだめだって。何だか世界から邪魔者にされているとしか思えなくて」
「そんな……」
拓はどう言葉をかけてよいか分からなくなった。けれど、ポコリンはひと息つくと落ち着いて、こちらに向き直った。
「原因を、よく考えてみたんだ」
ポコリンが愛美の前に姿を現わしても現わさなくても結果が同じになってしまう。本当なら、ポコリンが見つからなければ、愛美はどこでも火事に遭わない。入院することもなく、二日後の今、ここに愛美がいるはずなのに。
「過去が書き変わってしまって、戻らないみたい」
ポコリンはそう話す。
「ひいおばあちゃんは、必ず火傷をして入院することになってしまったんだと思う」
拓はその言葉に頷くしかない。
いろいろ質問を重ねてみたが、結局はそうとしか考えられない状況だった。
「あのね、世界は人の想いで動いているみたいなの。タイムマシンの研究をしていて、パパのチームのみんなが推測したことなんだけどね」
ポコリンは前置きをしてから話す。
「ひいおばあちゃんにとって、火傷をしたときにプロポーズをされたことは強い記憶になっているんじゃないかと思うの。そこに何か想いが残っているんじゃないかなって。そうやって、そっちへ世界が動いてしまったのかも。なかなか戻らないように」
「愛美の気持ちのせいってことか」
「うん。原因は分からないんだけど、多分そうだと思う」
はっきりと返事をされて、拓の心はぐらぐらとひどく揺り動かされる。
愛美が自分にプロポーズされたことを強く記憶している。しかも、それは本来の記憶ではない。
それなのに、想いが残っているという。
愛美は、プロポーズをどう捉えていたんだろうか。
考え込む拓の前で、ポコリンは告げる。
「それでね、どうすれば元に戻るか考えてみて、ひとつ思い当たることがあったの」
「思い当たること? 何か方法があるのか」
思いを巡らせることを一旦中断して、拓はポコリンに詰め寄る。
「それなんだけど、ひいおじいちゃん。つまり拓さんなんだ」
「え、僕?」
僕が何だと言うんだ。
混乱は増す。ポコリンはそんな拓をじっと見つめる。
「わたし、物心ついてからひいおじいちゃんに一度も会ったことがないんだよ」
「どういうこと?」
「拓さんと愛美さんの孫がわたしのママなの。ママはパパと結婚してわたしが生まれたあと、数年で北海道に引っ越しているんだ。わたしが物心つく前には拓さんと会っているらしいんだけど、喋ったりしたことはないみたいなんだよね。もちろん、遠くに住んでいるからなかなか会えないといえばその通りなんだけど、ひいおばあちゃんとは何回も会ってるんだよ」
ポコリンは拓に視線を向けたまま、続けた。
「でもね、そういうとき、なぜかいつもひいおじいちゃんはいないの。今回だって、ひいおばあちゃんと一緒に来るはずだったのに、風邪引いて行けなくなったっていうの、何だか不自然じゃない? わざと会わないようにしている気がするんだよ」
「わざと?」
「そう。会わないでいる理由があるのかも」
眼鏡の奥からひどく真剣なまなざしを向けられる。だが、拓には何も思い当たらない。
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