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第21話 女子なポコリン

「変わってるねぇ。図書館ってこっちじゃ見かけないからよく分かんないけどさ」

「見かけない?」

「だって、紙の本なんて珍しいもん。図書館じゃなくて、図書博物館なら知ってるけど」

「え?」

「あ。あんまり未来のことは話せないんだけど、みんな電子書籍になってるから、ネットで借りられるんだよ」

「ああ、なるほど」


 話題が逸れて、あまり突っ込まれなくて済んでよかったな。

 拓はそう思ってしまった。




 最初のデートのときから、愛美はいつも本を読みながら待っていることに気づいた。

 拓もよく本を読む方だ。すぐに二人の共通の趣味が見つかったことに安堵して、拓は四回目のデートで愛美に「僕も本が好きなんだ」と告げた。


 しかし、愛美が難しそうな純文学や恋愛小説を読んでいることを知って、ちょっとばかり後悔した。

 自分は、軽いエンターテインメントやライトノベルばかり読んでいた。どちらかというと、平凡な自分の日常から離れたくて、派手なアクションや異世界で展開する痛快な物語ばかり読んでいる。


「えーと、ミステリーとか」

 

 つい自分の読書傾向を訊かれて、こう答えてしまい、後悔はさらに続く。慌ててミステリー小説を読み始めたが、ライトノベルに比べるとなかなか読み切れない。当り前だけれど。

 それに、ひとり暮らしの自分の部屋にはライトノベルのシリーズものやアニメのDVDがたくさんあって、まずいなと思った。結局一度も愛美を部屋に通したことがない。


 それでも、図書館や本屋に二人で訪れることが重なってきたため、愛美が言い出した。


「拓って、怖そうなミステリーばかり読んでいるのかと思ったら、そういう本も読むのね。よかったぁ。私も高校生が読むようなライトノベル、読んだりするものだから」

「あ」

 

 そのとき拓の持っていた本は、全くミステリーじゃなかった。愛美もいろんな本を読んでいると分かって、変な見栄も張らなくて済むようになった。

 こんなふうに知れたのも、ごく最近のことだ。




 タイムマシンの再起動を待つ間、「出会いのきっかけは?」からはじまり、拓はポコリンに次々と尋ねられてしまった。


 ポコリンがいわゆるコイバナに興味があるとは意外な気がした。タイムマシンの理論など自分の理解不能なことを13歳で知っているせいだろうか。

 案外『女子』なんだな、とポコリンが聞いたら絶対に失礼なことを思った。


 ポコリンが楽しそうに訊いてくるのは、本当に生き生きとして見えた。拓の答えにいちいち笑ったり驚いたりとめまぐるしい。

 仕事で疲れ切った自分からすれば、元気だよなあと呆れるやら感心するやら。

 賢い科学者みたいだけど、考えてみればこれから思春期を乗り越えていく若い世代なのだ。


 それにしても、質問されっぱなしでは、先祖としての威厳が保てない。

 拓はさりげなく話題を転換させた。


「ポコリンはさ、好きな男の子とか、いるの?」

「えっ」


 ポコリンは、妙に高い声を出し、見る見るうちに顔を赤くした。思いがけなく、答えていないのに答えてしまっているかのような反応。

 本人も頬の熱を感じとったのか、慌ただしく喋る。


「い、いるわけないよ。嫌だな、変な質問して」

「そ、そう?」

「嫌だなあ、もう」


 その言い方も、実はいるけど照れている、ということを十二分に証明している。


「ち、ちょっと、一回点検してくるね」


 ポコリンはそそくさと立ち上がると、タイムマシンへ駆けていく。

 あまりにも微笑ましくて、拓は吹き出しそうになってしまった。


 それにしても。ポコリンの多様な面を知っても、拓は自然とポコリンから愛美を思い出している。ちょっとした仕草とか笑った口もととか、どこか愛美の面影を感じさせるのだった。

 



 やっと、出発の準備が整い、タイムマシンへ再び乗り込むことにした。


「よし、行こうか」


 拓が気合いを入れたところで、突然鞄のなかから音が鳴り始める。


「電話だ」


 そういえば、こっちに連絡が来たことなんて、今までの過去に一度もなかった。


「誰だろう?」


 取り出してみる。知らない番号だ。

 どのみちこのままタイムマシンで現在に戻り、この過去は上書きしてしまうつもりだ。だから、本来ならどうでもいいことだし、出ないで戻るほうが早い。

 それでも、気になってしまう。


 ためらう二人の前で、電話は鳴り止まない。


「やっぱり、取るよ」


 拓はポコリンに断ってから、思い切って取る。


『あの、深川拓さんの携帯でしょうか』


 若い女性の声だ。


「はい」

『わたし、大内(おおうち)梨帆(りほ)と申しますが』

「あ」


 思い出した。愛美と引きあわせてくれた、大内の。愛美の友人の声。


「分かります。大内の奥さんですよね」

『そうです』


 なぜ急に連絡してきたのだろう。それも、今までなかったこと。こんな過去は初めてだ。いや、いつもより遅い時間帯にここにいるからだろう。


 隣でポコリンが聞き耳を立てている。拓はそのまま通話を続けることにした。

 向こうから声が届く。


『あの、愛美のことなんですけど、びっくりしないで聞いてください』


 即座に分かった。自分はもう知っていることだと。


『さっき火事に遭って、愛美は左腕に火傷を負ってしまったんです。今病院にいるんだけど、これから行ってあげてほしいんです。本人は深川さんに迷惑だからいいって言うんですけど、本当はそう思っていないと思うんです。厚かましいんですけど、行ってあげてもらえないでしょうか』

「分かりました。病院はどこですか」


 すかさず受け答える。隣のポコリンが慌てたように、拓の袖を引いた。それに構わず、拓は病院の場所や愛美の部屋番号などを聞き出す。


「すぐに行きます。連絡ありがとうございます」


 通話を切ると、ポコリンが咎めるように言い始めた。


「ちょっと、何やってるの。もうタイムマシンに戻るって話だったじゃない」

「ごめん。でも、行かなきゃ」

「あの、言っておくけど。これってなしにする過去だよ。もしかしたら、拓さんだけじゃなくて大内さんとかにもちょっと記憶が残るかもしれないけど、実際にはなかったことになるの。無駄な行動になっちゃうんだよ」

「分かってる。ポコリンはここで待っててくれていいよ。だけど、僕は……行ってくる」

「愛美さんのところへ……?」


 深くゆっくりと頷く。雲が途切れて太陽が覗いた空のように、急に自分の気持ちがはっきり見えてきた。


「愛美に会いたい。今どんな気持ちか考えると、やっぱり行ってあげたいんだ。過去の、なかった愛美の記憶になるのかもしれないけど、それでもここにいる愛美に会ってやりたいんだ。もちろん、プロポーズは間違ってもしないから」


 自分でも驚くほど、拓は熱心に告げた。ポコリンはその様子を見てとったのだろう。じっと拓を見つめる。


「わがまま言ってごめん」


 拓が謝ると、ポコリンは首を横に振った。


「全然わがままなんかじゃないよ。だって、もともとはわたしがいけないんだもん。わたしのわがままに比べたら……」

「ポコリン」

 

 拓はポコリンの言葉を押しとどめる。今ここで尋ねるのは、適切かどうか判別はつかない。それでも、静かに問いかける。


「これまで、愛美の過去のために何回タイムマシンに乗った?」

「……」

「僕だって、今までで結構大変だと思った。でも、ポコリンはもっとたくさん繰り返しているんだよな。いっぱい頑張ってるよな」


 ポコリンは一瞬だけ泣き出しそうな顔になった。本当は辛かったんだろう。けれど、すぐに小さく微笑む。


「……うん。頑張ってるよ」

 

 拓も笑いかける。


「全然わがままなんかじゃないよ。でも、僕の今回のわがままは、聞いてもらってもいいかな。これだけ済ませたら、あとは帰ろう、今度こそ」


 やがて、ポコリンは明るく声を発した。


「行ってあげて。わたしは全然構わないよ。ゆっくりしているから。愛美さん、待ってるよね」

「ありがとう」


 拓はお礼だけ言うと、踵を返す。愛美のいる病院へ向かうのだった。


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