第19話 再びの月曜日
「拓さん!」
ポコリンが息を弾ませながら、走ってきた。見つかって、ほっとする。
どこにいたのか訊こうとする。が、その表情がひどくこわばっていることに気づき、拓は言葉が出てこない。
「どこへ行っていたの。もう10時だよ」
「10時?」
尋ねられて、問い返す。
「月曜日の夜10時だよ。何で、何で来なかったのっ?」
突然、ポコリンに非難されたようで、拓は気が動転する。
そもそも夜の10時というのがありえない。来なかったと言われても、普通にタイムマシンから降りただけなのに。
「何でって……知らないうちに時間がたってて」
うろたえる拓に、ポコリンがか細い声を出す。
「愛美さん、火事に遭っちゃったんだけど……」
また失敗してしまったのか。
一瞬そう思うが、それにしてもポコリンの様子がおかしい。どこか苦しそうな表情をしている。何が起きているのか分からない。
何かを思いつめたような。どうしたというのだろう。
ポコリンに声をかけようとしたところで、暗がりから背の高い男性が一人、こちらへ向かってくるのが見えた。
制服姿に、警察官らしいと気づく。
「深川拓さんですね」
何か手帳を見せて尋問されたので、「はい」と答える。
男性は拓の目の前に立つ。上から見下ろされるようで、妙に威圧感があった。男性は告げる。
「棚橋愛美さんが火事で亡くなりました。あなたに容疑がかかっています。署までご同行願えませんか」
火事で亡くなりました、とは。
「何だって。愛美が……。そんな……っ」
拓はあまりのことに、声がうまく出てこない。体が震える。
嘘だ。嘘だ。愛美が死ぬなんて、そんなことあるわけがない。一体何が起こったんだ。
心がひどくかき乱されて、胸が苦しくなる。
ポコリンは黙ったままだ。目を伏せて俯き、拓のほうを見ようとしない。
まさか、本当に愛美は死んでしまったのか。早く答えてよ、ポコリン。
尋ねたいのに、声が出ない。息がもれるだけ。
警察官の男性が何か取り出す。手錠だ。
拓は思わず何度も首を横に振る。
容疑って、何なんだ。
僕は。僕は何もしていない。
いきなりがちゃりと手錠がかけられる。
叫ぼうとするが声が出てこない。息を吐く。吐いても吐いても声にはならない。
何だってこんなことに。こんなの嘘だ。
愛美が死んだなんて、絶対に信じない。
愛美のいない人生なんて、ありえない。
会えなくても、いつでも愛美の存在はどこかで感じていた。自分の心のどこかにいるつもりだった。
どこにもいないなんて……。
奈落の底へと叩き落される。
安らぎの木陰を失ったら、自分は生きてはいけない。
淡い光の当たる緑の木々が揺れる。次々と葉を枯らしていく。すべての木は崩れ落ち、朽ち果てていく。光は失われていく。
残るのは、闇。
未来は虚無だ。
過去も現在も未来も、すべての時間はぽっかりと穴の開いた空洞にしか見えない……。
「拓さん。拓さんってば!」
いきなりポコリンの声に呼ばれる。
「うわあっ」
拓は思わず声を上げてしまう。
「大丈夫? すごくうなされていたよ」
「ゆ、夢か……」
ここは、タイムマシンの揺れ動くなか。
まだ到着していないのだ。そういえば、金曜日から現在に帰る途中だったはず。
「何だか怖そうな夢、見てたみたいだね」
そう言われて、やっと現実感を覚えた。冷たくなった汗をぬぐい、深呼吸をする。落ち着きを取り戻し、ゆっくりと声を発する。
「うん……月曜日に行ってしまう夢だった」
「え……」
ポコリンの表情がやや陰る。
「それがさ」
拓は何となくいたたまれなくて、喋り出す。
「月曜日の夜に、愛美が火事で死んだって言われるんだ。しかも、僕が容疑者にされてしまって」
「うわ。……最悪な夢だね」
「まあ、夢でよかったよ。もう終わったんだもんな。今度こそ現在に戻るんだし……」
拓はそこで言葉を止める。ポコリンの表情がさらに暗くなっている。ただならぬ様子に、言葉をかけようとするが、詰まってしまう。
ポコリンがぽつりともらす。
「夢でよかった、じゃないかも」
「え?」
「気持ちで結果が変わるかもしれないんだよ。無意識で何か心配したりしているんじゃないの。それって悪い兆候じゃない?」
「言われてみれば……」
無意識の領域はどうなのだろうか。恐れや不安がどこにもなかったとは言えない。急に心配になった。
次に思いついたことに、拓は頭のなかが真っ白になる。
「まさか愛美が……っ」
「それはないよ」
「本当に? 本当にない?」
縋るかのように問い返す。全身に嫌な汗が再び滲んでくる。
ポコリンは淡々と答えた。
「もしも愛美さんが死んじゃったら、わたしのお母さんもおばあちゃんも生まれてこないじゃない。ひ孫のわたしが生きているわけないでしょ。そんな大きな過去の変更はないよ」
「あ。ああ、そうだな……」
拓は息を吐いて、額の汗をぬぐう。
ポコリンが自分のひ孫なのをすっかり忘れていた。
「ただね、タイムマシンの行き着くところが、夢に反映されているかもしれないよね」
「え……」
どういう意味?
疑問を口にしようとしたところで、揺れが引いていく。到着した。
無意識のうちに分かっていたのだろうか。
着いたのは20日、月曜日だった。
「……やっぱり月曜みたい」
「でも、わざわざやり直す必要はないよね?」
「それがね……タイムマシンは試作品だから、まだまだ検証の余地のある話なんだけど」
ポコリンは言いにくそうに告げる。
「もしかしたら、さっき愛美さんを助けた過去はまだ弱くて、うまく定着していないのかも。だから金曜日に飛んだり月曜日に戻ってしまったりするのかもしれない……」
だんだんと消え入りそうになるポコリンの声に、拓はひと息置いてから、問いかける。
「やり直さないと確実じゃないってことか」
「うん……」
「そうか……」
答えるものの、二人ともすぐには行動できない。
今まで、過去を変えたら、それがそのまま上書きされるのが前提でいた。愛美が火災に遭う場所が変化したことはあったものの、タイムマシンが別の日に飛ぶようなケースは想定していなかった。
いくら試作品とは言っても。
時刻はもうすぐ18時45分。時間は容赦なく迫っている。
このまま別の自分と重なって、同じように行動していくしかない。
もしも定着できていないとしたら。さっきの二日後の金曜日も、ひょっとすると愛美が火事に遭った過去に続いていたのかもしれない。
いや、今は定着しなかった過去のことを考えている場合ではない。過去は繰り返せば定着していくはずなのだ。
「同じことをもう一度すればいいんだ。頑張ろう」
拓は何とか気分を上げようとする。ポコリンもやっと前向きな言葉を発した。
「もう一度やったら、今度こそうまくいくよね」
「よし」
拓は力を込めて声を出すと、立ち上がる。ポコリンも続く。二人はタイムマシンを背にして、やがて過去の自分へ向かっていった。
同じ行動をする。
結局はそれだけなのだ。
拓は時計を見ながら歩を進める。前と同じように展開していく。この調子だ。
18時58分。拓は通じないのが分かっていながらも、愛美に連絡をする。もちろん同様の結果を得る。
見覚えのある曲がり角が視界に入る。あれを行けば愛美の姿が見えてくるはず。
ついペースを上げそうになるが、前回どおりの歩調にする。愛美を探すふりも止めずに。
曲がる。見通せる場所に出た。愛美はどこだ。
今度こそ本気で愛美を探す。愛美の行く方向にはポコリンがいるはずで。
「拓さん」
突然、背後からポコリンの声がした。
後ろ?
思わず振り返り、拓はポコリンの姿を見つけた。
「何で後ろにいるの?」
「うん。近道して先に拓さんに合流しようと思って。愛美さんはそろそろ見つかるところだよね」
拓ははっとした。
愛美がポコリンの姿を見て火事の現場へ向かったことを、ポコリンには知らせていなかったのだ。
ポコリンが責任を感じてはいけないと思って。
それが裏目に出てしまった。
「ポコリン、同じ行動をしてもらわないと」
「あ、そうか。でも、あまり変わらないよね」
「だとよかったんだけど……」
今や愛美がどこにいるのか、完全に分からなくなっていた。





