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タイムマシンは想いに揺れる  作者: 石江京子


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第16話 練習、肉じゃが、再試行

 愛美自身が、不器用でうまくできない自分に悩みつつも、普通の人よりも努力しているところに、肯定的な感情を持ってほしかった。

 でも、そう思って話してみても、聞き入れてもらっていない気がする。


 まだまだ自分の言葉も行動も何もかも足りていない。少しずつ伝わっているかもしれないが、愛美の心を動かすには至らないと感じる。

 いつかは、と強く思うのだ。


 二年の歳月のうちに、拓は愛美に少しずつ少しずつ愛情が湧き上がってきたように思う。

 最初は緊張していた愛美が、徐々に自分を信頼して、過去のことも話してくれるようになったのが嬉しかった。少ない言葉であっても、互いのこれまでの人生を少しずつ共有できたと思えるようになってきた。


 何より、笑ってくれることが増えた。

 笑顔を向けられると、木洩れ日のような柔らかい光が降り注がれる気がした。そのそばにいることで、まるで優しい木陰の下にいるような心地好さを覚えた。

 それに、自分がこの人のまなざしのもとにずっといられたら、すごく安心できるような気がした。


 これだけ大切だと思える人に、二度とは会えないと感じている。だからこそ余計に、踏み出せないに違いない。

 傷ついた過去のある愛美を気遣い、距離を詰めることに未だに躊躇してしまっている。そんな自覚はある。


 これから長い年月を過ごしていけば壁も取り払われるだろうという、楽観的な考えになることもある。そもそもこの先のことをイメージしたときに、愛美と結婚している自分はきちんと思い浮かぶ。離れ離れになっているイメージのほうは、ほとんど浮かぶことはない。


 やはり愛美と一緒にいる自分を想像できるし、それが自然な気がするから、踏み込もうとできる。

 そのはずだ。




「拓さん、早く練習しようよ」


 ポコリンの声にはっとする。いつの間にか、点検から戻ってきていたのだ。

 すっかり自分の思考のなかに浸かっていた。ここがどこだか忘れそうになっている。何だか妙に考え込んでしまって、心も体も気怠い。


「あ、悪い。ええと……」


 結局何度か練習したものの、あまりうまく言葉にならなかった。これではかえって自信がなくなりそうだ。


「もういいよ、ポコリン。だいたい言えるから、あとはぶっつけ本番で。何か不自然になってもよくないし」

「本当にもう大丈夫?」


 ポコリンの怪訝そうな顔を見て、拓は大きく息を吐き出した。


「うまく言えるかはその場にならないと分からないもんだよ。だけど、必ず二日後に愛美に会ったときにプロポーズする。これだけは何が何でも果たしてみせる。火事に遭ってプロポーズなんてことは絶対にしない。タイムマシンで過去を変えるには、そういう未来への意志が必要なはずだ」

「うん、そうだね」

「愛美のところで肉じゃがを食べて、そのあときちんと言う。もう決めたんだ」


 ポコリンの目が細くなる。


「きっとその調子でいいと思うよ」


 ポコリンはタイムマシンの銀色の扉を開ける。


「ところで、何で肉じゃがなの?」

 

 そういえば、ポコリンには何も説明していなかったなと拓は気づいた。




 タイムマシンで現在に戻る最中に、打ち明けた。


「半年前に転勤で、愛美は初めて親元を離れてひとり暮らしをすることになったんだ。愛美は……ちょっと不器用なところがあってね」


 ちょっとどころではないのだが、恋人の名誉のため、子孫への矜持のため、ちょっと、にしておく。


「料理もしたことがなかったから、最初はまるでうまくいかなくて。それでも、少しずつできるようになってね。僕が毎週水曜日に愛美のところへ行くようになって、それに合わせて料理を作って待っていてくれるようになったんだ」

「へぇ。愛美さん、偉いね」

「うん。本当に頑張っているんだよ。なかなか思うようにできなかったけど、先週作った肉じゃがはとてもおいしくて。僕も愛美もすごく満足な出来具合いだった。そうしたら、愛美が来週もう一度作ってみるから、二人で肉じゃがをゆっくり食べようって」


 愛美の仕事は土日が休み。水曜日がノー残業デー。それに対して、拓は木曜が定休で、他は仕事の状況次第になっている。愛美が木曜に休みを取ってくれる以外では、ゆっくり会う機会もできなかった。

 ここ最近は合間を縫って外で会うよりも、水曜日の夜、拓が愛美の部屋へ行くようになっている。用意や片づけを手伝って、二人で夕食をとるのが習慣になっていた。それももう四か月ほどになる。


「それで、肉じゃがって決まっていたんだね」


 納得したようだったが、拓が頷くと、ポコリンは急にしょげた声を出した。


「ごめんなさい。そんな楽しみをこんな……」

「いや、いいんだよ。肉じゃが食べるの、ますます楽しみになっているから」


 ポコリンに終わりまで言わせず、拓は言葉をかける。


「今度こそうまくできるといいな」

「……うん」


 ポコリンは噛みしめるように返事をした。




 現在に帰り着いたのは、やはりほんの数分のずれが生じた。

 こんなものなのかなと思いつつ、拓はふと疑問を抱いた。


 タイムマシンに乗り込むのも、これで何度目だろうか。


 一度につき、行き帰りと二回。そのたびにタイムマシンは微妙に揺れながら時間を跳躍する。少しずれて到達する。その繰り返しが何となく心を摩耗させている。どこか進んでいないような閉塞感。

 拓は頭を振る。肩がこわばっているのをほぐす。


 ちょっと疲れただけだ。乗りなれていない物だし。


 そこで気づく。

 自分がこれだけ乗ったのに対して、文句を言っているけれど。

 ポコリンは一体何回乗ったのだろう。何度もやり直したと言っていたはず。




 戻った時刻を確認する。


18:41 


 設定は15時00分にしていた。タイムマシンを降りて、愛美の職場に直接行ってみる手段も考えてのこと。しかし、早い時間を試みても、実際にはこんな時刻にしか到着しなかった。

 それでも、沈もうとする感情を奮い立たせて。拓もポコリンもこれまでの蓄積からすぐに行動に移る。


 タイムマシンを降りて、すぐに愛美が部屋にいないことを確認した。やはり出かけたあとらしい。電話は通じず、重なる時間がやってくる。

 

 時刻は18時52分。

 過去の自分と重なった拓は商店街を抜けて、住宅街に入っている。ポコリンは先に別のルートで住宅街に入って愛美を探しているだろう。

 予想では、この辺りを愛美が歩いている可能性が一番高い。二人の計画では間違いない。


 一本道でお店の並ぶ商店街に対して、ここは道が入り組んでいる。どこか似通った家々が立ち並び、周りには細い道が続いていたり、途中で駐車場などになって行き止まりになったりしている。いつの間にかどこかに迷い込みそうな気分になる。

 明かりのぽつぽと灯るなかを、車や人がたまに通るくらいで夜道は静かだ。


 拓は辺りを見回しながら、スマホに手を伸ばす。

 前回は家にいる愛美に電話が通じた。18時半過ぎのこと。今でも通じるかもしれない。

 しかし、かけてみたところで、留守電の響きが耳に流れ込む。

 

「だめか」


 拓は早足で歩きながらも、目を凝らす。おそらく、今なら愛美もポコリンも、自分から近いところにいるに違いない。

 民家へ向かうポコリンに会っても、そのまま別れる。けれど、愛美だったら。

 愛美だったら、直接話して止めなければ。


 もう一度、連絡してみる。

 時刻は18時58分。繋がらない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 拓と愛美のこれまでのことが少しずつ明らかになり、肉じゃがを水曜日の夜に食べることにも、そうした背景があったのですね。タイムマシンの話から、二人の話へと、物語に深みを感じます。 タイムマシ…
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