第14話 言葉を考えて
「は?」
唐突な質問に思考が追いつかない。
どうして愛美と結婚しようと思ったか。その決め手は何なのか。
ポコリンがじっと見つめてくる。それが真剣な面持ちであることが分かっていても、拓ははっきりとした答えが浮かばない。
言葉を失くしていると、ポコリンが再び口を開く。
「じゃあ、質問変える。愛美さんのどこが一番好き?」
「どこって……難しいなあ」
急に尋ねられても、何とも言えない。
「こういうところがいい、というのは?」
「うーん、いろいろあるからなあ」
「全然答えになってないよ」
「だから、簡単じゃないんだよ」
そう応じたら、ポコリンはむすっとした顔をした。
「そんなこと言ってたら、プロポーズを一緒に考えてあげられないじゃない」
「えっ、そんなこと思ってたの?」
「うん」
こくりと頷くポコリンに、拓は何だか気持ちが和んだ。
一人で格闘している気でいたのに、すっかりポコリンを巻き込んでしまっている。
ポコリンのタイムマシンに巻き込まれたつもりだったが、そんな一方的なことはなかった。自分の半分の年さえいかない女の子に、これだけ親身になってもらっている。
笑顔で、でも真剣さが伝わるように拓は告げた。
「ありがとうな。でも、頑張って自分で考えるよ」
愛美。二年の付き合いになったけど、これからもずっと一緒にいられたらって思っている。僕と結婚してください。
こ、こんなふうに言えばいいのだろうか……。
行きがかり上、目的を果たしてタイムマシンで現在に戻ったら、愛美にプロポーズしなければならなくなった。
もちろん、前々から機会があればいつでもするつもりではいた。自分の気持ちに偽りはない。
ただ、こんな言葉では、何だか妙な居心地の悪さを感じる。
もっと何とかならないものか。
悩んだものの、ポコリンと共に過去に来ている状況を考えると、そんなにじっくりと考える時間はない。
さしあたって、いざというときにすらすら言えるように、このまま練習することにした。
「愛美。二年の付き合いになったけど、これからもずっと一緒にいられたらって……」
ぶつぶつ呟いていると、ポコリンがやってきた。しばらくの間、一人にしてくれていたのだ。
「拓さん、そろそろタイムマシン動かしていい?」
「あ、ああ。そろそろ行くか」
頭をぽりぽりと掻いて、拓は戻る。ポコリンの心配そうな視線が背中に刺さる。
まずいな、と気持ちが曇った。もっとこうだ、という意志を持たなくては。想いがきちんとしていなければ、過去は変えられない。
「やっぱり待って。もうちょっと気合いを入れてからにするよ」
「それじゃあ、わたしを愛美さんだと思って、練習したら?」
「え……」
何を言われているのか、分からない。
「愛美さんの前できちんと言えるようにしなきゃ、駄目なんでしょ」
ポコリンが本気で発言していると分かり、拓は慌てて目の前で両手を振る。
「いや、いいよ。もう少し一人で考えてみるから」
「わたしだって協力したいんだよ」
ポコリンのぷくりと膨れた表情に、つい「じゃ、お願いしようか」と喋ってしまう。
しかし、いざ口にしようとすると、変に構えてしまい、言葉が出てこない。
拓は、水筒を取り出して、一口含む。それから、ポコリンのまなざしを受けて、仕方なく練習を開始する。
「ええと、愛美。二年の付き合いになったけど、これからもずっと一緒にいられたらって思っている。僕と結婚してください……」
「何それ」
やっぱりだめか。
ポコリンの冷気の漂いそうな口調に、心の深い底へとがっくり落ち込む。どう見ても、気持ちの入らないものにしかならない。手持ち無沙汰を誤魔化そうと、拓はもう一度水筒に口を当てる。
おもむろに、ポコリンが問いかける。
「愛しているとかさ、言わないの?」
「ぶっ」
思わず、口のなかのお茶を吹き出してしまう。
何でそんな恥ずかしいセリフを、中学生ごときに指示されなくてはならないんだ。
「そ、そそんなこと言えないだろ、普通」
「何で?」
「何でもだよ。子どもに分かるかよ」
そっぽを向いて、拓は口もとを拭う。
言ったら、絶対に白々しいだけだ。けれども、それに代わる言葉ひとつも出てこないし、態度や行動で示すのも難しいものだと思う。
「子どもじゃなくて、ひ孫ですけどねぇ」
ポコリンはわざとゆっくり声の調子を上げてから、ひと息ついて話す。
「うちのママが言うには、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは、ずっと仲良し夫婦なんだって」
「えっ」
「あんまり未来のことを言っちゃいけないんだけどね。でもさ、ママの理想の夫婦だって聞いてるんだよ、拓さんと愛美さんって。穏やかに言葉をかけあっている感じがすごくいいんだって」
「……そうなのか」
意外なことを告げられてしまった。
僕と愛美には、そんなところがあるのだろうか。
穏やかに言葉をかけあっている、とは。
自分ではすんなり肯定できなかった。
お互いに気を遣っているといえば、聞こえはいい。
互いに遠慮している。
本当はそうなのではないかと、薄々感じている。もちろん、遠慮し合わずに、何でも言い合えた方がいいに決まっている。けれど、愛美の繊細さに、触れていいものかどうか常に迷いはあるのだ。
二年前の、愛美との出会いが鮮明に甦る。二十代最後の年のことだ。
たまたま拓が大学時代の友人たちと飲みに行ったときのこと。そのうちの一人、大内が「深川はまだ結婚とか考えてないの」と訊くので「相手がいないから」と答えた。
一方、大内の奥さんもちょうどその頃高校時代からの友人に会って同じようなことを訊き「相手がいないから」と言われたのだそうだ。それが棚橋愛美だった。
大内夫妻は、速やかにダブルデートをお膳立てしてくれた。
自分たち夫婦が、偶然同じタイミングで二人から「相手がいない」と言われたことに意味があるのではないかと、すごく張り切っていた。話を聞いて何となく紹介を依頼したこちらが引いてしまうくらいの勢いで、セッティングしてくれたのだ。
夫妻と拓と愛美とで、レストランで昼食をとった。
しかし、四人の内で喋っているのは夫婦の二人だけだった。次々と展開する二人の活発な会話に圧倒されてしまった。テンポよく驚くほど話題が尽きない。
なるほど、仲の良いカップルというのは、こんなにもすごいものなのかと妙に感心してしまった。
自分と隣の棚橋さんが、こんなふうに仲良くなるような気はしないなと密かに思った。
後日、大内から連絡があって愛美の印象を聞かれ、ほとんど何も覚えていないことに初めて気がついた。
大内夫妻のインパクトばかりが残っていて、いくら何でもこのままでは後ろめたい。
愛美の連絡先は聞いていた。
いきなり電話もしづらくて、結局ラインに「もしよければ、二人で会いませんか」ということを遠慮がちに書いて送信した。多分レストランで隣にいた愛美も、夫婦に気圧されていたと思ったから。
 





