第13話 未来を決める
スマホで、周辺の地図を表示する。
今回愛美が電話に出たことで、彼女が確実に家にいた時間ははっきりした。駅から家へ向かって歩いていた時間帯もほぼ分かったし、その後すぐに外出しているとすれば、火事の起きる寸前まで歩いていた位置もほぼ確定できる。
「どの過去でも同じ道を歩いているとは言い切れないし、火災現場も二か所あるから確実じゃないけど、通っている時間帯やルートは予測できるね」
「そうだな。僕たちが探していた以外のルートもいくつかあるな」
冷静に考えて、やっと見えてきたものがある。愛美が家にいる時間は短かったようだが、そうでなくとも、その周囲で探し出すこともできそうだ。
二人で、愛美が通る可能性のあるルートを全部割り出した。
「ねぇ、ペンとメモ帳、貸して」
ポコリンは拓のスマホをじっくりと見て、地図の略図を描いていく。だいたいのところを自分用にメモする。
どうでもいいが、字が汚い。へにゃへにゃとして、何と書いたのか読めない部分も結構ある。
「あとは、火事についてだな」
拓はメモからそっと目を外す。
火災についての情報は、すでにポコリンが細かく調べてあった。
民家の火事のあとに、スーパーの火事が起きている。もう一つも含め、いずれも距離が近いことからすぐに放火の疑いが持たれた。実際に、翌日犯人は逮捕されている。
三か所とも死者や行方不明者はなし。
ついでに、スーパーの方で負傷者が五名、民家の方で二名。この数字が未来に若干変わるらしい。
「つまり、今はこのどちらかに愛美が入る過去になっているってことか」
「そう。全体からすればほぼ変わりのない過去になっているんだと思う。でも……」
ポコリンはそこで止めて、拓を見つめる。
拓は続きを言葉にする。
「こっちは、そういうわけにはいかないもんな」
火事そのものをなくすようなことをすると、過去が大きく変わってしまうので、慎重にしなければならない。あまり先回りしすぎてもいけないのだ。
愛美だけをどううまく救うか。
そこが問題だった。
「もしも早い時間にタイムマシンが到着できたら、愛美の職場に行って本人に会う、というのもひとつの手かな。念のため、場所を確認しておこうか」
「うん。あんまり期待できないけどね。一応、タイムマシンを15時00分に設定するよ」
ポコリンは、淡々と話した。長時間過去にいることで、干渉しすぎてもよくない。その程度が無難なのだろう。
やれることはなるべくやっておこうと話し合う。
ポコリンの「だいたいは自宅から愛美さんが出たあとで、いつも追いかけることになるんだよねぇ」という発言からすると、その辺りの過去は定着している可能性が高い。家にいる時間帯にうまくたどり着けないような気もするし、タイムマシンが早い時間に到着する可能性も低そうな気がする。
基本的には電話をするか、現場の前で見つけるか、だと思っておいたほうが後々のダメージは少ないか、とは思うけれど。
「あと、未来のことも聞きたいんだけど」
「未来って?」
「ポコリンの現在のほうだよ。愛美が腕に火傷を負っていて、過去が変わっていることに気づいたって言ったよね。それ以外に何か前と違うことってなかった?」
「そうだね。ちょっと思いつかないなぁ……」
ポコリンは首を傾げる。
「まあ、火事に遭わなければ修正可能、って考えればいいか」
拓はそう呟くが、ポコリンは何か考え中だ。少し間があって、口を開いた。
「あのさ、気のせいかもしれないけど」
「ん?」
「何というか、雰囲気、かな。ちょっと変な言い方になるけどね、過去から戻ってきて愛美さんを見たとき、前よりオーラが少ないなって思ったの」
「オーラ?」
ポコリンの住む22世紀間近の世界では、医学や科学はかなり発達している。だが、そういう科学的に割り切れないようなことは、あまり進歩がなかったらしい。
「本当に気のせいかもしれないんだけど。元気がないっていうのと、近いようでちょっと違うの。もっとこう芯から力が湧いてない感じ。心にもエネルギーがないような。わたしの、感覚だけの話になるけどさ」
「……」
物事に違いがあったわけではない。それなのに、拓には何かが引っかかった。
そのあとも、二人はこれまでやってきたことをいろいろ整理した。
様々なことが、すっきりとまとめられた気がする。
「要するに、何が違っていてどう変えるか、だよな……」
拓はじっと考え込む。
変化した方の未来で、愛美は言っている。
お見舞いに来たとき、火傷した腕を見て、かわいそうに思ってプロポーズしてくれた、と。
結局のところ、愛美が火事に遭ってプロポーズしたパターンを、別のときにプロポーズするパターンに変更すればいいのではないだろうか。
それは、自分にとっても重要な未来になるはず。愛美にとって、だけでなく。
拓は自分のたどってきた道を振り返る。これまでの愛美との付き合いや自分の言動。
さらに、プロポーズを考えながらも行動できなかった自分自身の、未来を想像してみた。
もしかすると。
これから先の未来になっても、自分は愛美にうまくプロポーズできなかったのではないか。あるいはまるっきりしないままだったのかもしれない。曖昧にしたまま、例えば両親や誰かに婚約をせかされるなどのきっかけがあって、結婚に至ったとか。
自分はこの先もずっと、プロポーズをきちんとしないままだったかもしれない。
その可能性は大いにある。
そうだとすれば。
このタイムマシンは、愛美の過去を変えるのではなく、僕の未来を変えるのではないか。
変わってしまった過去は、人の想いが強いせいもあるという。もしかすると、愛美の想いが。
愛美がもしもプロポーズのある過去にこだわっているとしたら。
今の、火事に遭ってプロポーズされた過去を真に望んでしまっているとしたら。
これまで、電話ではうまくいかなかったし、直接会うこともできなかった。
地図を見て、いくつかのルートがあることが分かると、どこかですれ違ってしまう可能性も高いと感じた。このままでは同じ結果になってしまう。
それなら。
こちらからプロポーズのある別の時間を作り上げていくしかない。
僕の想いを。
何が描かれているのか全く見えてこなかったジグソーパズルに、およその絵柄が浮かんでくるような感覚。
今までタイムマシンで、愛美が火事に遭うこの過去を、直接変えることだけを考えてきた。
けれど、過去を変える手段はそれだけではない。
こだわる必要があるのは、むしろ未来の僕の行動ではないか。
未だ起きていない出来事を確定させようとすることで、過去を引き寄せることだって可能なはずだ。
「決めたよ」
気を引き締めて、拓はポコリンに告げる。
「過去も未来も、人々の想いによるところがあるというのなら、こっちも気持ちを強く持とう。火事があって僕がプロポーズする流れを変える」
自分の想いが強ければいい。
ポコリンの何か問いたげな表情に、拓は自分の意志を示す。
「未来を決めることで、過去を変えるんだ。二日後、愛美に会ったら、そのときにきちんとプロポーズする。絶対に、だ」
……どうプロポーズするべきだろうか。
早速拓は問題に突き当たった。気持ちは上がったものの、言葉は浮かばない。今まで悩みつつもできなかったことを、すんなりできるわけがないのだ。
最終的には「結婚してください」と言えばいいのだろうけど、その前振りがほしい。そんな簡単に切り出せない。
ポコリンが声をかけてきた。
「だいたいさ、どうして愛美さんと結婚しようと思ったの? 決め手は何?」
 





