第10話 二度目の試み
ポコリンの話によれば、タイムマシンを着地させる場所には、条件があるという。
「例えば、そこに何かが置かれるようだったらまずいでしょ。タイムマシンの周りに変化がありそうな場所は避けるしかなくて。拓さんの会社の近くだと、人がいすぎてどうしても不確定要素が多いから難しいんだよね」
先ほどから検証とか不確定要素とか、中学生にしては難しい言葉を使っているなあと思ったが、黙っておいた。ポコリンのお父さん、つまりは自分の孫娘の夫の言葉をなぞらえているせいだろう。
「場所を変えると、時間のずれもどうなるか分からないし。過去のわたしの足どりも掴みにくいし。とりあえず、もう一回同じようにやってみてもいい? 時間はちょっとゆとりがあるようにしたいと思うけど。16時00分でいい?」
「うん」
拓が頷いて見せると、ポコリンは神妙に頷き返した。
タイムマシン自体が、試作品にすぎない。そのことを、二人とも改めて実感するしかなかった。
拓とポコリンは現在に戻り、また過去へと戻ってきた。実際には、現在の時刻は20分ほど過去だった。そして、戻ってきた過去は思ったほど猶予はなかった。
16:48
「わわっ、急がなきゃ」
『只今、電話に出ることができません……』
「あ、やっぱり」
「そろそろ十分くらい経ちそう」
「また、僕は会社に行かなきゃいけないのか」
「そうだね。今度はわたしのほうも十分くらいしたら過去のわたしに重なるよ」
「あ、そうか。さっきタイムマシンを降りた時間は、17時過ぎだもんな。ポコリンは早く重なるのか」
上書きされた、前の過去を確認して。会話をしているうちに、さっきと同じ感覚がやってくる。
「うわっ」
「深川君、大丈夫?」
「なっ、何でもありません。ちょっと机の引き出しに手を挟みそうになって」
同じように叫んでしまい、同じセリフを言うことにした。やっぱり職場の自分の席に着いていた。
折を見て、電話も幾度か試みたが通じることはなく、結局会議の時間になる。
「深川のおじさん!」
予定していた通り、ポコリンが会議室にやってくる。
「あの、親戚です。すみません、ちょっと席を外します」
「どう? 少しは早かったでしょ」
「ありがとう、ポコリン。急ごう」
『只今電話に出ることができません』
「やっぱりだめか」
愛美とは連絡が取れないまま電車に乗り、二人は愛美のマンションの最寄り駅までやってきた。
ここから先は、いよいよ彼女を探して火災から守らなければならない。
愛美がすでに家にいるのか、それともスーパーに向かっているのか、その辺りははっきりしない。それに、スーパーへ向かうルートもひとつとは言えないことが分かっていた。
「あまり時間がないから、二手に分かれようか。わたしはマンションに愛美さんを探しに行ってからスーパーに行くね。拓さんは連絡を取りながら、別のルートでスーパーへ向かって」
「うん、分かった」
結局、拓は電話が通じないまま、スーパーの火災現場へ到着した。愛美らしい姿は見つからなかった。火事は、すでに起きてしまっている。
「拓さん!」
ポコリンが向こうからやってきた。
「ポコリン、愛美は?」
「見つからなかった」
そう言われて、拓は呆然とした。自分もポコリンも愛美の姿を見ていないとは。
ポコリンもその事実を知ると、驚いていた。しかし、やがて思ってもみない言葉を発した。
「もしかすると、もうひとつの火事かも……」
「何だって」
「完全に上書きされるとは限らないの」
「え……」
「愛美さんは、さっきの過去ではスーパーの火事に遭ったけれど、今回は民家の火事に遭ったのかも」
「そんな……」
にわかには信じられず、拓はポコリンとともに愛美の行方を捜した。民家の火災現場にも行ってみたが、そこはすでに火は消されており、人の姿もいなかった。
しばらくしても、マンションに愛美は戻ってこなかった。
今度の愛美は、別の火災に遭ったらしいと判明した。
「また間に合わなかったのか……」
放心した拓の言葉に、ポコリンは低い声でこう答える。
「……もう一回やり直すよ」
二人は、足取り重くタイムマシンへ向かう。やってきた疲労感に、拓はひと言も発することができなかった。
上書きされないこともある、とは。まるで時間に意志があるみたいじゃないか。
一瞬そう考えてしまい、頭を振る。ポコリンが自転車に追突されたと話したときに「何だか世界から邪魔者にされている」と言っていた意味が分かった。
ポコリンの表情を窺い、その暗さにはっとする。
「今度はもう少し前の時間になれば大丈夫じゃないか」
「……」
ポコリンに向かい、拓は励ますつもりで呼びかけた。
「少しずつ改善していけばいい。何回かやり直したっていいんだよ」
「……」
ポコリンは無言で頷いた。
拓は、そのとき自分のお腹が空いていることに気づく。愛美のところで夕飯をとることを考えて、夕方サンドイッチを一切れ食べただけだった。
「腹減ったなあ。食べ物をちょっと買ってから戻ろうか。ポコリンにも何かおごってあげるよ」
軽い気持ちで。何か食べたら、気分も変わるだろうと思って。
けれど、ポコリンの返事は予想外に今の鬱々とした気分に拍車をかけるものだった。
「ごめん。できれば過去では、外で食べ物を買わないで。なるべく同じ行動を取ってほしいのもあるけど、食べたものと食べなかったもので過去が変わるといけないから」
「……そうか」
正直、拓はずしんと気分が落下した気がした。
妖精境に行って、そこの食べ物を食べたら帰れなくなる、というのにどこか似ている。
タイムマシンに乗ってからも、ポコリンの気持ちは晴れないようだ。拓も、どう声をかけてよいか分からない。何か考え込んでいたポコリンが、やがて口を開いた。
「わたしも何回も失敗しているもんね。もしかすると、この過去はなかなか変わらないようになっているのかも」
「えっ?」
「上書きされるのが基本だけど、そもそも過去って、固定した感じじゃないの」
ポコリンはゆっくりと説明をする。
「同じ過去に戻っても、いつも全く同じ、ではないんだよ」
時間のなかの個々の出来事にはゆらいでいるところがある。実際に、同じ過去に何度か戻ってみると、若干の違いがあるという。
その時々で、人の話す言葉が違ったり、ちょっとした動作が違うなど。そういった過去の出来事の違いは、人々の意識の総意でできているのではないかと推測されているそうだ。
未来における意志や記憶に、過去の出来事が左右されることがあるらしい。例えタイムマシンで修正されても、実際には細かい部分が異なる過去が定着していることもある。
それは、結局のところ過去が人々の想念に影響を受けて形成されているということ。
「わたし、思うんだけど。わたしの時代よりずっと先に、タイムマシンが簡単に使えるようになるとすれば、その未来のタイムマシンの影響もあるのかなって」
ポコリンの説も一理ありそうだ。
「あとね、何度か研究でタイムマシンを動かしてみると、過去や未来に行くにしても、なかなか行きづらいところもあるの。こうしたいと思っている心の強さが未来を作っていて、そこにタイムマシンが入りづらいということもあるし。強い思い出が過去を作っていて、そこにタイムマシンが入りづらいときもある。変えづらいところ、なのかもしれないけどね」
「ふーん」
最初に20時だったのは、やはり過去に入りづらかったのかなと、何となく拓は思った。
「そうか。過去も単純じゃないんだな」
「うん。もしも今の過去に何か意志や想いの強いところがあるとしたら、変えづらいというのはあるんだ。実はね、わたし、この日の18時より前には着いたことがなかったの。さっきも16時に設定したのに16時48分だったよね。あまり前の時間には着けないのかも」
「え……」
 





