エルランドの隠居生活②
【エルランドの隠居生活②】15歳春~
3人とガルムに共通する事柄。
みんな、食事が大好きだった。
日々食事をどうすれば美味くなるか。
3人で研究する日が続いた。
『アンヌもハンスも料理大好きだよね』
『私が料理人をしていた料理屋に、食材を売りに来てたのがハンス。それ以来ですからね』
『自分が納品した食材だと、ついつい味に真剣になるんでやすよ』
『ハンスの顔でわかるんですよ。ちゃんと料理できたかどうか。この国では珍しいですね。ハンスみたいに味のうるさい人は』
この国は食事だけに限ったことではないが、
特に食事は保守的だった。
庶民は麦系穀物が主食。
小麦、大麦、ライ麦、スペルト小麦と野菜主体の食事。
飲み物は質の低いエール。
貴族は、肉主体の食事。飲み物はワイン。
祭りとかを除けば、毎日メニューは同じである。
庶民の食卓風景は。
メニューはパンのみ。
パンといっても、段階がある。
貴族とかだと、白く製粉されたキメの細かいフワフワパン。
それから下がるごとに、大麦やライ麦が混入し、
製粉は荒くなり、異物もまじり始め、
焼き立てではなく数日たった固いパンになる。
さらに底辺になると、パンではない。
ライ麦とか雑草のような麦系のなにかを荒く挽き、
乾燥させたものを食べる。
食べるときは乾燥させたものを水やお湯でフヤかし、
オートミール粥とする。
決して美味しいものではない。
ただし、栄養が整っているので、健康にはいいそうだ。
対して、貴族は肉主体である。
いかに食事が肉だけになるか。
それが、貴族の格につながる。
ただ、満足に血抜きをしないし、熟成技術はないに等しい。
だから食卓は臭い。
肉は塩漬けか、腐りかけた乾燥肉である。
少し前まではテーブルマナーも酷かった。
肉は、テーブルに直おき。
ナイフ一本で肉を切り分け、手づかみで食べる。
油に塗れた手は服になすりつける。
床の上には骨やら食べかすやら油やらで散々であった。
テーブルとナイフの分だけ、獣よりは文明的だった。
フェスティバルでは、解体した魔豚が丸ごと火に炙られる。
それがテーブルにドーンと載せられる。
そこにナイフを持った人々が殺到し、肉の切り合いになる。
それが喧嘩に発展して、死傷者が出る有様だった。
さすがに少しは文明が浸透してきて、
パン皿や陶器の皿、スプーン・フォーク、
テーブル・クロス、ナフキンなどが出現した。
皿が周知されたのは、衛生を慮ったわけではない。
肉の取り合いで死傷者が出るのを防ぐため、
というのが、この世界のマナー水準を表す。
だが、少しずつテーブルマナーもうるさくなり、
それが貴族と庶民を区別する重要なポイントとなった。
テーブルマナーはうるさくなったが、
料理技術はさほど向上しなかった。
むしろ、腐った肉が味がある、とする貴族も多かった。
獣も腐食肉を好んで食べるものが多い。
肉が分解されて、美味しくなるのだろう。
だが、そのせいで、貴族は体臭のキツイ人が多く、
肥満で肌が荒れている。
成人病も多い。
貧相な食事をする庶民のほうが、明らかに健康であった。
さて、エルランド家では。
暇にまかせて、パンを美味しくすることから始まった。
白いフワフワパンの製法はある程度人々に知れ渡っていた。
①未成熟な小麦や小石、ゴミを取り除く。
②①に篩をかけ、軽い異物を取り除く。
③製粉する。
④酵母菌を育て、小麦粉に投入してふっくらさせる。
⑤窯で焼く。
このうち、製粉用の臼と窯は家庭においてないことが多い。
それらの所有を禁止している領もあった。
領主が製粉税や窯使用料をとったりしていたのだ。
酵母菌は一般的ではない。
ただ、エールの樽で粉を捏ねることが行われていた。
そうすると、フワフワしたパンができるからだ。
それは経験則である。
だが、酵母菌の存在が支配者層には知られていた。
彼らは高価な古代書を購入してその秘密を知っていた。
酵母菌を育てる秘技が密かに流布されていたのだ。
そして、それをメイドのアンヌも熟知していた。
もっとも、知れば秘技というほどのものではない。
小麦に果実ジュースを与え、適度な温度で菌を育てる。
その菌を分離して、その中から酵母菌を見つけ、
それを種菌としてさらに酵母菌を育てていく。
質の高い小麦粉、酵母菌が揃った。
臼も窯もある。
しかし、それだけではおいしいフックラパンは作れない。
時間管理、湿度管理、温度管理、材料の分量。
チェックする項目はたくさんある。
それらは簡単に身につくものではないが、
メイドのアンヌは熟練のパン職人であった。
エルランドもアンヌの指導の元でパンを焼いてみるが、
アンヌとは出来上がりに歴然の差があった。
『アンヌみたいに焼けないよ。パンがゴワゴワだ』
『アンヌの腕はピカイチでやすからね。特にパンは』
『坊ちゃま、少しずつですよ。少しずつノウハウを積み上げるのが大事です』
エルランドはなるほどと思わざるを得ない。
しかし、同時に自分の剣はどうだろうと考える。
確かに昔よりは剣は上手くなっている。
しかし、それでも剣士にはほど遠い。
剣聖である弟は今頃……
そう考え、それ以上考えるのを止めた。
考えても詮無きことであるのだ。
弟やに対しての嫉妬心を心から打ち払いたかった。
弟は剣聖、妹は魔道士なのだ。
他人に対してはともかく、
弟や妹に対してそんな卑しい気持ちを持つなど。
エルランドは腐っていたが、
気持ちの奥底では健全のままだった。
そもそも、『魔石』そのものが訳が分からない。
その程度祝福しか授けられなかった自分が悪いのだ。
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