あてのない新天地へ
【あてのない新天地へ】17歳春~
『この馬車、長距離旅行向けというだけあって、乗り心地がいいですね』
『父が言うには、車輪にサスペンションというものがつけられてあってね』
『あの板を重ねたようなやつですか』
『板バネとかいうんだって。それが衝撃を吸収するらしい』
『座席もフワフワでいい感じです』
『あとね、5~6人が楽に寝られるんだよ。天井にベッドが用意してあってね』
『へー、夜が待ち遠しいですね』
などと談笑していたら、山道にさしかかるとお約束の山賊。
『おまえら馬車をおいてどこかへ行け。命は助けてやる』
『エメリ、顔を伏せていなさい。ガルム、頼むよ』
『ワフ!』
すると、地中から何体ものヘルハウンドが姿を現して、
山賊を襲った。
ヘルハウンドは魔犬ガルムの忠実な部下である。
いつもはこのように地中に潜んでいる。
ガルムは魔獣であるが、ヘルハウンドは魔物である。
魔獣は獣が魔力を帯びたもの。
魔物は魔素にある種の生命を吹き込まれたもの。
成り立ちとしては、魔物は精霊の一種だという。
魔素は、この世界ではどこにでも存在する。
魔力と元となる、大切な存在である。
魔物の生態ははっきりとわかっているわけではないが、
魔素があれば、魔物は食事を必要とはしない。
では、魔物がなぜ人間や動物を襲うのか。
命の持つエネルギーを好物としているからとされる。
生体エネルギーはそのまま魔物の成長に役立つ。
また、魔素がなかったり薄い場所では、
生体エネルギーが魔素のかわりになるとされる。
いままさに、生体エネルギーがヘルハウンドの体内に
吸収されていくところだ。
山賊はあっという間にヘルハウンドに食い尽くされた。
『うわっ、盗賊とは言え、人が獣に飲み込まれていくのはきっついね』
『まあ、人の形をした獣でやんすからね、盗賊は』
ハンスは優しく善良な人間であったが、
狩人だけあって、生命のやり取りには無慈悲だ。
◇
◇
さて、隣の領のロンドという街にたどり着いた。
街に入るために、門のところに並ぶ。
そこで、エルランドたちは差別の根深さを実感する。
『そのフード、とってもらえないか』
門番の兵士にそう告げられた。
フードを被っていたのはエメリだ。
『な、黒目黒髪?ダメだ。入場は認められん』
『なんでだ』
『なんだもくそもない。お前ら、黒目・黒髪の意味を当然知ってるよな?』
『……!』
このやり取りを聞いていたエメリが気を失ってしまった。
エルランドたちはあわてた。
街に入場するのはあきらめ、
エメリに魔石回復薬を飲ませ気分を落ち着かせた。
『街にエメリを連れていくことはムリだな』
『残念ながら』
『しかし、黒目黒髪に対する差別がこんなに厳しいなんて』
『地域差もあるでしょうけど、他の街や村もまずは探りながらでしょうか』
エルランドたちはこっそりと話しあう。
主にエルランドとハンスが街や村にいき、
そこでリサーチすることになった。
黒目黒髪の評判は最悪だった。
中には黒目黒髪の名前を出した途端に、
祈りだす人も出たくらいだ。
実は、それは教会の教導師であった。
教会からしてこんな風だと、後は推して知るべしである。
黒目黒髪が嫌われるのは、
小さいときから聞かされる伝承にも表れている。
教会の発行する伝承集『カルマール建国物語』においても、
黒目黒髪の一族が主人公と対立する敵として描かれている。
だとしても、嫌い方が尋常ではない。
これにはアンヌが言うように地域差もある。
アベニクス伯爵領は比較的穏やかなほうだ。
だが、それも領都周辺だけで、エメリが追放されたように、
辺境に行けば厳しい差別にあっているのだろう。
アベニクス家では人の差別をしない。
伯爵にしても差別感情を見せたことがない。
子供3人が素直に育ったのがその根拠の一つだ。
その伯爵がエメリに厳しい対応をとった。
思っているよりも領の差別意識が厳しいのだろう。
エルランドたちを受け入れてくれる街・村は見つからない。
あてもなく、夜は野宿することになる。
伯爵が用意してくれた馬車は頑丈で、
6人程度が馬車内で寝ることができる。
だから、野宿は不快ではない。
だが、結構な頻度で山賊・魔獣の襲来を受ける。
これはいい。
ヘルハウンドのお腹が膨れて満足であるから。
魔物は森の奥に入らなければ姿を現さない。
街道を進む分には、魔物には出会わない。
問題は街の方だ。
生活必需品の購入で街に行くことが多い。
しかし、イライラすることが多い。
エメリのことは抜くとしても、
例えば、エルランドが街に入った瞬間に、
スリに目をつけられる。
店で何かを買おうとすると、
高確率でまがい物を掴まされそうになる。
値段はボッタクリだ。
『坊っちゃんは貴族の紋章を付けておりやせん。しかし、身なりも佇まいも良い。旅行者だ。これだけ揃えば、いいカモ認定されるんですよ』
『そんなのすぐに分かるもんなの?』
『奴らも商売でやすから。卑小、アッシでも坊っちゃんは後ろ姿だけでわかりやすよ。地元の人とは違うオーラが出てやす』
『え、そうなんだ』
エルランドは自分がいかに守られてきたかを実感する。
街は街で、森とは違う厳しい生存競争がある。
そして、それは少しずつエルランドにダメージを与えた。
精神的なダメージだ。
『ハンス、街って疲れるね』
『アッシの職業が狩人ってこともありやすが、森のほうが気楽でやすね』
『まあ、街の人達は森のほうが大変だっていうだろうけど』
『そうですかね。街は肩がこりやすね』
『まったくその通り。まあ、田舎者ってことなのかもしれないね』
『アベニクス領の治安が良いこともありやすよ』
『やっぱり、そうなんだ。アベニクス領都って結構のんびりしてたよね』
◇
◇
エルランドはこの旅を通じて、世間の厳しさを知った。
以前は坊っちゃん面していたのだが、
引き締まった顔になっていった。
『坊っちゃん、以前はスキだらけでしたが、段々と態度とかにもスキがなくなってきやしたね』
『そっかな』
『坊っちゃんが街に入っても、変なのに狙われなくなりやした』
『そういえばそうだね』
エルランドが持ち込む魔石や回復薬を見て、
後をつける輩はいる。
かなりの額でやり取りがなされるからだ。
おそらく、それぞれの買取所とつるんでいる奴らがいる。
高値買取がなされると、すぐに連絡が行く。
襲われる、という流れだ。
エルランドはそういうのにもすぐに気づけるようになった。
なっただけでなく、スキを見せないようになった。
すると、襲われることが激減した。
もっとも、そういう輩が何か仕掛けたとしても、
ヘルハウンドの食事になるだけだったが。
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