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聖母に非ず  作者: 科崎
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生神女福音


シルクトラムの救護室には治癒師が勤務している。

多くの貴族が通う故にしっかりとしたした設備が存在し、大切なご子息にご令嬢に少しでも傷がつけばすぐにきれいさっぱりなかったことになる。

ほんのわずかに具合が悪いと言うだけでも駆け込んでくる貴族の生徒が多いため、その日も救護室の治癒師ガブリエルは簡単な仕事ばかりを数件こなしあとはのんびりとしていた。

だからか、必死の形相で飛び込んできた第一王子とそれに抱えられた気絶している平民の生徒、王子の護衛、それから侯爵令嬢がやってきた時もどうせ軽い貧血か何かだろうと考えていた。

どこか悪いのではないか、調べてやってくれと急かされ若干呆れながら魔法でマリアの体を調べた瞬間血の気がさっと引いた。

何かの間違いではないかと何度か繰り返し検査をするが残念ながら間違いではないようだ。

ガブリエルが真っ青な顔をしているため、ノクス達はまさかよほどひどい病気なのかと詰め寄るがガブリエルは答えられない。

その様子を見てジョゼフィンは確信した。

やはり順調に育っているのだと。


「先生!マリアは大丈夫なんですか!?」

「そ、そのだね、ええと……」

「そんなに言い辛い状況なんですか……!?まさか、死んでしまうような……」

「そんなことは……!いや、その、だが……」

「教えてください!マリアが大変な病気なら助けないと……!」


ガブリエルの肩を掴み揺さぶる勢いのノクスにジョゼフィンはますます呆れてしまう。

婚約者がいる前で他の女にそこまで必死になるなんて、もしかして自分がここにいることを忘れてしまっているのか?と。

さすがのエクセスもジョゼフィンの方にちらちらと視線を送り気にしている様子だ。


「ノクス様、落ち着いてください。具合の悪いマリア様の前でそのように大きな声をだしてしまったら悪化してしまうかもしれませんよ」

「……!確かに、そうだな。取り乱してすまない」

「いえ、落ち着いてくださったのならそれで大丈夫です。……それよりもガブリエル先生。マリア様の状態は私も気になります。決して口外しないと誓いますので」


ジョゼフィンはガブリエルの前に立ちその目を見つめる。

そして魔法で意識の奥底に語り掛ける。

「話してしまいなさい」と。

自分より程度の低い相手の意識を操ることはジョゼフィンには容易かった。

魔術を専攻している他の教師であれば難しかっただろうが、ガブリエルは治癒魔術以外はほとんどできないレベルだ。

何度か躊躇う様子を見せた後、ガブリエルはどっかりと椅子に腰を下ろす。

そして深いため息を一つ吐いた後にこの場にいる三人の顔を見た。


「本当に……他の生徒や教師……ご家族にも内密にしてくれ。いいね?」

「もちろんです」

「誓います!だから、先生……!お願いします」

「自分も、絶対に話しません」

「……わかった。その、彼女は……懐妊、している。恐らくひと月ほど前から……」


小さく誰かが息を飲む音がした。

ノクスは目を見開き固まり、エクセスは顔を顰め、ジョゼフィンは口角が上がるのを隠すため口元に手を寄せた。


「確か、なんですか……マリアが……」

「何度も確認したが間違っていない。病院でも検査するべきだろうね……」

「そんな……」


どうやらノクスは信じられない様子だ。

そうしていると、寝かされていたマリアが目を覚ましたのか体をもぞもぞと動かし上半身を起こした。

状況が呑み込めていない様子だったがノクス達の姿や自分のいる場所の状況を確認し申し訳なさそうな表情になる。


「あ……ご、ごめんなさい!わたしもしかして倒れちゃいましたか……?おかしいなあ、健康には自信があったのに」

「マリア……」

「ノクス様?どうかしましたか?変な顔してますよ!もしかしてそんなに心配かけちゃいましたかね……ほんとごめんなさい!」


明るく笑顔を浮かべるマリアに、ノクスはどう返事をしたらいいかわからないと言った状態だ。


「ノクス様……?」

「……マリアさん。少しいいかな。君に伝えておかなくてはならないことがある」

「あ、ガブリエル先生。どうしたんですか?」

「君は妊娠している。信じられないかもしれないけれど確かだ」

「………………はい?」

「先生……!マリア様は今目を覚ましたばかりですよ、混乱してしまうでしょう?」


ガブリエルを責めるようなことを言いながら、ジョゼフィンは内心舌を出す。

そもそも言うように仕向けているのは彼女なのだから。


「それも、そうだが……言っておかなくてはならないことだし……」

「もう……!マリア様、でも今ガブリエル先生が言ったことは事実です。ごめんなさい、私マリア様が心配であなたが気を失っている間に聞いてしまったの……!妊娠のことを……」

「妊娠……わたしが……」

「マリアさん、なにか心当たりはあるかな」


ガブリエルの言葉にマリアは首を横に振った。

ありすぎてわからないんでしょうねとジョゼフィンは冷たい目を一瞬だけ向ける。

仕方がない、とジョゼフィンは口を開く。


「……マリア様、本当に誤解やただの噂であれば謝罪します。けれど私耳にしたことがあるのです。マリア様が、その……多くの殿方と関係がある、と」


そう言いながら視線をノクスとエクセスに向ける。


「ジョゼ!なんてことを言うんだ!」

「そうです、グラナトゥム嬢!マリアに失礼です!!」

「あら、申し訳ありません。ですがそう言った噂があることも事実です。お二人は心当たりは……」

「な……いや、僕は……」

「あ、あ、ありません!そんなこと!」


二人とも顔を真っ赤にして否定するのをジョゼフィンは小さく鼻で笑う。

痛いところを突かれ必死になっているのだろうと。

そんな様子を見ていたマリアだが、ああ!と声を上げた。


「その噂ですけど、心当たりがありますよ」


あっけらかんと言うマリアに流石のジョゼフィンも驚いた。

マリアは気にせず話し続ける。


「何度か夜二人きりになりたいと誘われることがありました。いろんな方に……。それでわたし、きっと眠れないんだなって思ったんです!」

「…………はい?」

「わたし、年の離れた弟や妹が何人かいるんですけどよく夜眠れないから一緒に寝てって言われるんですよ。で、お姉ちゃんの子守唄を聞くとよく眠れるーって!だから子守唄を歌って寝かしつけてあげていたんです。みなさんもぐっすり眠れているみたいでよかったーって思ってました」


ジョゼフィンは再び男二人に目を向ける。

羞恥で顔を歪ませ俯いている様子を見て頭を抱えたくなった。

夜部屋に誘ったつもりが寝かしつけられただけなのだ。恥ずかしくて仕方だないだろう。

しかしジョゼフィンが納得できるはずもなく。思わずマリアに詰め寄ってしまう。


「そんな話……!証拠はあるんですか?あなたは妊娠しているんですよ?」

「はい。だからびっくりしています。わたし……誰かとそういった行為をしたことがないので。もしかしたらこの子は神さまからの贈り物かもしれないですね」

「はあ……!?」

「あ!そうだ!教会で処女かどうか鑑定できますよね。そうしたら信じてもらえますか?」


次の言葉を紡ごうとした口が開いたまま塞がらない。

確かに教会で処女鑑定は受けられる。

後ろめたいことが何もない証になるし、処女であることに価値もある。

ジョゼフィンはかなり焦った。マリアが複数の男と関係をもっている淫婦であると思っていたから子を宿らせると言う方法を取ったのに。

誰の子供かと言い争う男たちを、マリアが心当たりがありすぎて慌てる様を、醜い実情を晒してやろうと思ったのに。


(いいえ、まだわからない。男と全く関係を持たなかった証拠はまだない。処女鑑定を自ら受けると言い出すことで潔白を主張しているだけかもしれない。本当は受けるつもりなんてないかもしれない。そこまで言うなら白だろうと思わせておきたいだけかもしれない……)


ぐるぐると思考が廻る。

その間もマリアは胎を撫で「神様からの贈り物だ」と主張している。

男たちはただただ困惑しており、収拾がつかないまま教師にマリアの様子を伝えに行っていたウィリデとフェレスも見舞いにやってきてマリアの主張を聞きただただ混乱していた。


「ふふ、早速教会にお願いしに行ってみますね!」

「ま……マリア!待ってくれ……その時は僕も行くよ。一人で行くのは危ないだろう……?」

「大丈夫ですよ、ノクス様は心配性ですね。それに男性と行くのはちょっと恥ずかしいと言うか……。あ、そうだ、子供ができたのでしばらく寝かしつけはできないですね。子育て専念したいので!他の皆さんもごめんなさい!」

「なっ……!」


男たちは顔を赤くしたり青くしたり、顔を見合わせたりしている。

そして、お前もマリアを誘ったのか……とお互いに恨むような目を向けたりしていた。


「君たちはマリアを友人だと言っていたじゃないか……」

「それはノクス様もでしょう」

「友人だなんて建前に決まっているじゃないですか!」

「ぼくはマリアちゃんのことお友達だとはいったことないし!大事な子って……いってたし!」


上からノクス、エクセス、ウィリデ、フェレスだ。

お互い言い争いをはじめて、ジョゼフィンの望み通り……のはずだが全く喜ぶことができなかった。

問題はこの状況でもまだ愛おしそうに自分の腹を撫でているマリアだ。男たちの言い争いなど気にしている様子はない。


「……マリア様。どうしても鑑定を受けるのであれば私が共に参りましょう。女性と一緒の方がいいでしょう?」

「ジョゼフィン様……はい!よろしくお願いします。ジョゼフィン様と一緒でしたら安心できます!」

(……さてどうするか。鑑定士を買収する?いや、無理ね。教会の連中は嫌になるくらい潔癖だもの。いくら公爵家とは言えては出せない……。いっそ今から男に襲わせる?ああでもこの様子じゃ今すぐにでも教会に向かうつもりだ、時間がない……!なんとか期間を延ばして……)

「ま、マリア!護衛!護衛につこう!鑑定の場までは行かない、せめて道中は一緒に行かせてくれ!」

(…………この役に立とうとする役立たず!)


ジョゼフィンは初めてノクスを罵倒した。

言い争っていたはずの男たちはノクスに続き続々と手を上げ護衛を申し出る。

マリアも道中までなら……と仕方なく了承してしまい、ジョゼフィンはいよいよ頭を抱えるしかできなくなっていた。










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