ザクロの聖母
あれからひと月と少し経った。
マリアに転移させたあれは順調に育っただろうか、とそんなことを考えながら学園の廊下を歩いていると当の本人が一人で歩いてくるのが見え、ジョゼフィンは薄ら笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、マリア様」
「あ、ええと。グラナトゥム様?こん……ごきげんよう」
「ジョゼフィンで構いませんよ。私のこと、知っていたのですね」
「はい。ノクス殿下からお話を聞いたことがあります。いつかジョゼフィン様とお話しできたらと思っていました」
マリアの言葉にジョゼフィンは少し目を細めた。
自分に対し申し訳なさを感じている様子はなく、むしろ話をしてみたかったと言う彼女は自分の立場を理解していないのだろうか?
略奪をするような人間はやはり頭が足りていないのだろうか?
そんな考えが頭に浮かぶが口には出さない。
「そうでしたか。嬉しいです、ノクス様と大変仲がよろしいと言う噂を耳にしていましたので……私もゆっくりお話ししてみたいと思っていたので」
「本当ですか?よかった……。もっと早くにこちらから声をかけようと思っていたんですけど、なかなか機会がなくって……」
「いえいえ、お忙しいのでしょう?お友達が多いようですので」
「あはは、実はそうなんです。みんな話したいことがあるって放してくれなくて」
困ったように笑うマリアにジョゼフィンは思わずため息を吐きそうになるが堪える。
どうやら遠回しな言い方や皮肉は通じないようだ。
これが平民と貴族の差なのだろうか?ジョゼフィンは目の前の女が自分とは別の生き物だと感じた。
だが、こちらを警戒している様子がないのであれば都合がいい。
側でマリアの様子を観察するのもいいだろう、そう考えたジョゼフィンはマリアと距離を縮めることにした。
「……ここで立ち話を続けるのもなんですから、この機会に後日私のお茶会に招待しますよ。そのほうがきちんとお話しできるでしょう?」
「えっ……嬉しいです!ジョゼフィン様に招待していただけるなんて夢みたい。ああ、でもわたし、マナーに不安が……」
「大丈夫ですよ。そんなに堅苦しくするつもりはありませんから。なにか間違いがあった時には私が教えますので」
でもお茶会のマナーを気にするのであればふしだらなところを気にしろ、と心の中で付け加える。
わざとなのか無意識なのか、マリアはジョゼフィンを苛立たせるのが上手いようだ。
「ふふ、ありがとうございます。ジョゼフィン様が優しい方でよかった」
「ええ。では後日招待状を――」
「マリア!」
ジョゼフィンの声を遮りこちらに駆けてくるのはノクスだ。
傍らにはエクセスとウィリデ、フェレスの姿もある。
ノクスはマリアと共にジョゼフィンがいたことに驚き、気まずそうに視線を彷徨わせる。その他三人は警戒しているような目をジョゼフィンに向けていた。
「ノクス様。廊下は走ってはいけませんよ」
「ジョゼ……ああ、ええと、すまない。いや、そうではなく……マリアと話していたのか」
「ええ。偶然ここで会って……」
「ノクス様、わたしジョゼフィン様のお茶会に招待してもらうんです!」
「え……っ、ジョゼが……?」
不安そうに見つめてくるノクスにジョゼフィンは微笑みを向ける。
(失礼ね、私がお茶会でなにかすると思っているのかしら?もうした後よ。それから、他の三人は少しは敵意を隠しなさいよ。どうせマリアをいじめるつもりだ、とか思っているんでしょうね)
しかし浮かれた様子のマリアに行くなとは言えないようで黙っている。
唯一ノクスが「僕も同席していいかな?」と提案したが、マリアは頬を膨らませて「せっかくジョゼフィン様と二人でお話しする約束をしたんですから駄目です!」と拒否した。
ジョゼフィンは二人でとは言っていないのだが、と内心苦笑する。
「とにかく、わたしが招待されたんですからノクス様は――っ、ぅ……?」
ぐらりとマリアの体が揺れた。
男たちが一斉に彼女の体を支えようと動き互いが邪魔になり、結局一番近くにいたジョゼフィンが支えることになった。
マリアの顔色は少し悪く、吐きそうなのか手を口元に当て何度かえづく。
もしや、とジョゼフィンは一瞬笑みを浮かべそうになるも耐える。
「マリア様、大丈夫ですか?ノクス様!急いで彼女を救護室に連れて行かないと……!」
「あ、ああ。そうだな。僕が運ぼう!ウィリデ、フェルス、君たちは先生に伝えに行ってくれ!エクセスは護衛で付いて来てくれ」
そう指示を飛ばしマリアを抱きかかえるノクスにジョゼフィンはちゃっかりしているなと感心し、指示を出された三人は少し不満そうにしながらも従った。
「ノクス様、私も行きます。先ほどまで元気にお話していたのに……私、心配で……!」
胸の前に手を重ね、いかにも心配であると言う表情をすればノクスも断ることはできずジョゼフィンの同行を許可した。
エクセスはまだこちらを警戒している様子だがそれには気が付いていないふりをし救護室へと向かうのだった。