バツイチの俺と、同じくバツイチの百瀬さん。お互いの息子と娘が結婚したので、四人で暮らすことに!?
「父さん、この書類チェックしてくれる?」
「コラ宗助、会社では課長と呼べといつも言ってるだろ? あと敬語を使え敬語を」
「あっ、ゴメン! じゃなかったすいません、課長」
「まったく」
へへへと苦笑いを浮かべて自席に戻っていく宗助の背を眺めながら、溜め息を零す。
宗助がまだ幼い頃に離婚して以来、ずっと男手一つで育ててきたこともあり、宗助とは親子というよりは男友達のような関係になっている。
そのせいもあり、宗助が会社で俺の部下になって一年近く経つというのに、未だにこの有様だ。
やれやれ、つくづく教育というのは難しい。
「フフ、風見君、新人教育は順調そうね」
「あ、百瀬さん。ははっ、先が思いやられるよ」
今日も俺と同い年とは思えないくらいの色気を撒き散らしている百瀬さんから、不意に声を掛けられた。
百瀬さんとは同期入社で、長年ライバルとして切磋琢磨してきた仲だ。
今ではお互い管理職になり、それぞれのチームを率いて日々奮闘している。
そんな俺と百瀬さんだが、他にも大きな共通点がある。
それは――。
「お母さん、この書類に印鑑もらいたいんだけど」
「コラ史子、会社では課長って呼びなさいって、いつも言ってるでしょ? あと敬語を使いなさい敬語を」
「あっ、ゴメーン! じゃなかったすいません、課長」
「ホントにもう」
てへへと照れ笑いを浮かべて自席に戻っていく史子ちゃんの背を眺めながら、溜め息を零す百瀬さん。
――そう、何と百瀬さんも俺と同じくバツイチで、しかも娘の史子ちゃんが会社で部下になっているのだ。
魂の双子とも言うべき境遇の近さに、俺は百瀬さんに対して、勝手に同じ釜の飯を食った親友のような感情を抱いている。
「オ、オホン、じゃあ今日も一日、お互い頑張りましょ風見君」
「うん、百瀬さん」
笑顔で軽く手を振りながら自席に戻っていく百瀬さんを眺めながら、俺は「ヨシッ!」と気合を入れ直す。
そんな俺のことを、宗助がニヤニヤしながら見ていた。
な、何だよ……!
「なあ父さん、大事な話があるんだけど」
「んん? どうした改まって」
その日の夜。
いつも通りむさ苦しく男二人で夕飯を食べていると、おもむろに宗助がいつになく真剣な表情になった。
「実は俺――結婚しようと思うんだ」
「――!!」
……宗助。
「……そうか。最近めかしこんで出掛けることが多かったから、彼女はいるんだろうなとは思ってたが。お前もそんな歳になったか」
思えば俺が結婚したのも、ちょうど宗助くらいの歳だったな……。
俺は込み上げてくるものをグッと堪えながら、宗助に向き合う。
「おめでとう。ちゃんと相手のお嬢さんを大事にするんだぞ」
お前には俺と違って、生涯その子と添い遂げてもらいたいからな……。
「ああ、もちろんさ。でさ、来週父さんにも彼女を紹介したいんだけど、いいかな?」
「ん、ああ、俺は構わんが」
いつかこういう日がくるとは思っていたものの、いざとなると緊張するもんだな。
俺の元妻を紹介した時の両親も、こんな気持ちだったのかな?
「ここがその店だよ、父さん」
「そ、そうか」
そして迎えた宗助の彼女との顔合わせの日。
俺はてっきり家に彼女が来るものだと思っていたのだが、宗助に連れてこられたのは、文字通りの意味で敷居の高い料亭だった。
こんなところで会うなんて、いったい宗助の彼女はどんな子なんだ!?
「もう彼女たちは着いてるらしいから」
「そうなのか。……ん?」
今、彼女『たち』って言わなかったか?
「おい宗助、『たち』ってのは――」
「お待たせして申し訳ありません。只今到着いたしました!」
が、宗助は俺の質問をガン無視し、勝手にいかにも高級そうな襖を開けてしまった。
するとそこには――。
「やっほー宗助さん。私たちも今着いたとこだよ」
「えっ!!? 宗助君と――風見君!?!?」
「――!!!」
笑顔の史子ちゃんと、ポカン顔の百瀬さんが佇んでいたのである。
えーーー!?!?!?
「フフ、まさか史子の彼氏が宗助君だったなんて、まったく気付かなかったわ」
「俺もだよ。社内じゃ全然そんな雰囲気出してなかったのに」
「えへへ」
「そりゃ公私はちゃんと分けてるからね」
よく言うよ。
だが、普段はお目にかかれないような豪勢な料理に舌鼓を打ちつつも、どこかホッとしている俺がいた。
史子ちゃんはとってもいい子だし、その母である百瀬さんは言わずもがなだ。
この二人なら、きっといい家庭を築けることだろう。
宗助が史子ちゃんとの顔合わせ場所を、家ではなくこの店にしたのは、こういうことだったんだな。
そりゃ百瀬さんも一緒なら、実質両家顔合わせってことになるもんな。
あとはある種のサプライズ的な面もあったのだろう。
確かに年甲斐もなく「えーーー!?!?!?」なんてツッコんじゃうくらい、ビックリしたぜ。
で、でも、これで俺と百瀬さんは親戚同士ってことになるのか……。
そう考えた途端、何故か俺の心臓が大きく一つ跳ねた。
「でさ、父さんに一つ相談があるんだけどさ」
「ん? ああ」
口に出さずとも、俺には宗助の言いたいことがわかった。
「大丈夫。お前は家を出て、史子ちゃんと百瀬さんと三人で暮らしなさい」
「と、父さん……!」
まだまだ百瀬さんも若いとはいえ、史子ちゃんとしても百瀬さんを一人家に残していくのは、いろんな意味で辛いだろうしな。
なあに、俺は一人でもどうとでもなるし、心配するな。
「そういうわけにはいかないわ! 私に遠慮せず、二人は風見君と住むべきよ!」
「――!」
も、百瀬さん……!
「うん、二人ともそう言うだろうなって思ってたから、宗助さんととってもいい案を考えたの!」
「「……え?」」
いい、案……?
どういうことだと宗助に目を向けると、宗助はドヤ顔でこう言った。
「今後はこの四人で、一つ屋根の下で暮らそうぜ!」
「「――!?!?」」
えーーー!?!?!?
「フウ、これで荷物は全部かな」
「お疲れ様父さん。シャワーでも浴びてきたら?」
「ああ、そうさせてもらうかな」
あの後、あれよあれよと宗助と史子ちゃんの入籍は済み、半ば押し切られる形で四人で住むことが決定してしまった。
流石に宗助と二人で住んでいた賃貸マンションでは手狭だったので、思い切って一戸建てを買ったのだが、こうして引っ越しが終わった今も、イマイチ実感が湧かない。
この家で、百瀬さんと一緒に暮らすなんて……。
『風見』『百瀬』と並んで掛かった表札に、言いようのない違和感がある。
宗助と結婚すると決めた以上、史子ちゃんはまだ俺と同居することに少なからず覚悟はあったかもしれないが、百瀬さんは寝耳に水だったはずだ。
その割には、あまり嫌がっているように見えなかったのは、気のせいだろうか?
……まあ、とりあえずシャワー浴びるか。
そういえば百瀬さんたちはもう荷解き終わったのかな?
そんなことをぼんやり考えながら、脱衣場の扉を開けると――。
「き、きゃあああああ!!?」
「っ!?!?」
綺麗な黒髪を滴らせた百瀬さんが、バスタオル一枚というあられもない姿で立っていた。
えーーー!?!?!?
「ゴ、ゴゴゴゴゴゴメン百瀬さんッ!!!」
慌ててドアを閉める俺。
しまった……!
百瀬さんもシャワーを浴びるかもしれないという可能性に思い至らなかったとは、海のリ〇ク一生の不覚!!(迫真)
とても子どもを一人産んでるとは思えないくらい芸術的なフォルムが、網膜に焼き付いて離れない……!
「い、いえ、気にしないで風見君。一緒に住むんだし、今後もこういうことはあるかもしれないから。――その代わり、もし私が風見君のを見ちゃっても、怒らないでね?」
見たいの???
こんな冴えないオッサンの裸見ても、一銭の得にもならないよ???
……クソッ、完全に油断していた。
こんな生活が続くんなら、俺の精神がもたないかもしれないぞ?
……まあ、あくまでこの家は四人の家なんだ。
百瀬さんと二人暮らしってわけじゃないんだから、その点だけは、まだマシだったかな。
――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
「じゃあ父さん、義母さん、いってきまーす」
「まーす」
「お、おう、いってらっしゃい」
「車に気を付けるのよ」
仲睦まじくデートにいく二人を見送る、俺と百瀬さん。
そうなのだ。
二人は新婚ホヤホヤ。
そりゃ週末は二人で出掛けたくもなるのが普通だ。
――普通なのだが、そうなると必然的に、百瀬さんと二人っきりということに……。
うおおおお、考えただけで心臓がバクバクしてきた。
まさかこの歳で、こんな思春期男子みたいな気持ちを味わうことになるとは――!
「さて、と、せっかく二人なんだし、今日はピザでも頼んで一緒に録画した映画でも観ない、風見君?」
「あ、ああ、いいねそれ」
そんな俺とは対照的に、百瀬さんはどこか余裕そうだ。
そうだよな、百瀬さんは俺のことなんてアウトオブ眼中(死語)なんだから、変に意識するのは失礼ってもんだ。
百瀬さんにとって俺は、ただの同居人に過ぎないんだから……。
『――ミシェル、ずっと君のことが好きだった。これからはビジネスだけじゃなく、プライベートでも俺のパートナーになってくれないか』
『嗚呼、嬉しいわケヴィン。私もあなたを愛してる。今後は公私ともに、お互い支え合いましょう』
……っ!
引っ越しを期に奮発して買った60インチの大型テレビの中で、アメリカの有名な男優と女優が濃厚なキスシーンを展開し出した。
お、おおふ……!
これは百瀬さんと一緒に観るには、若干気まずいな……。
宗助と二人でテレビを観ていた時も、ラブシーンが流れると何とも言えない空気になったものだが、これはその比じゃない……!
やはり映画は失敗だったか……?
――が、ソファで隣に座る百瀬さんを、横目でそっと窺うと。
「……わぁ」
「――!」
少女のように目をキラキラと輝かせて、画面に見入っていたのである。
か、可愛い……!!
……もうダメだ。
いい加減俺も、自分の気持ちを認めなきゃならない。
俺は――百瀬さんのことが――。
「ハァ~、話題になってただけあって、なかなか面白い映画だったわね風見君」
「そ、そうだね」
ゴメン。
正直内容のほとんど頭に入ってないっす。
「さて、と、私ちょっと飲み物取ってくるわね。――キャッ!?」
「百瀬さん!?」
立ち上がった途端、足が痺れていたのか倒れそうになる百瀬さん。
あ、危ない――!!
「百瀬さんッ!!」
「――!!」
俺は咄嗟に、百瀬さんを抱きしめてしまった――。
う、うおおおおおおおおお!?!?
俺の胸の辺りに、とてつもなく柔らかいものが当たっている……!
半ば致し方なかったとはいえ、俺は何てことを……!?
「……ありがとう風見君。風見君の腕、とっても逞しいのね」
「――!!」
が、百瀬さんは頬をほんのりと染めながら、艶っぽい瞳を俺に向けてきた。
――その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「――す、好きだ百瀬さんッ!」
「――!!!」
百瀬さんの宝石のように綺麗な目が、大きく見開かれる。
「ずっと俺は、百瀬さんのことが好きだった! 仕事に一生懸命なところも、意外と少女趣味があるギャップも――史子ちゃんのことを、何よりも大切にしているところも。全部ひっくるめて好きなんだ! ――どうかこれからはビジネスだけじゃなく、プライベートでも俺のパートナーになってくれないかな?」
「か、風見君……」
ふおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?
言っちまったああああああああああああ!?!?!?!?
しかもモロさっき観た映画の台詞に引っ張られてるしッ!!!
これでフラれたら俺、今後どうやってこの家に住めばいいんだ――!
「――嗚呼、嬉しい風見君」
「――!!!」
が、百瀬さんは満面の笑みで瞳を潤ませた。
お、おや???
「私もずっと風見君のことが好きだったわ。仕事に一生懸命なところも、意外と子どもっぽいところがあるギャップも――宗助君のことを、何よりも大切にしているところも。全部ひっくるめて好きよ。私もあなたを愛してる。今後は公私ともに、お互い支え合いましょう」
「も、百瀬さん……」
まさか百瀬さんも、同じ気持ちだったなんて……!
感極まった俺は込み上げてくるものをグッと堪えたが、全ては抑えきれず瞳からそれらが溢れた。
「――ありがとう百瀬さん。百瀬さんのこと、一生大切にするよ」
「うん、私も風見君のこと、一生大切にするわ。――あっ」
「百瀬さん!?」
突然百瀬さんがふらついたので、俺は慌てて百瀬さんを支える。
「だ、大丈夫百瀬さん!?」
「ゴメンなさい……。緊張の糸が切れて、足の力が抜けちゃったみたい」
「……!」
えへっと少女のように可愛らしく舌を出す百瀬さん。
も、百瀬さん……!
「そんな……、百瀬さんも緊張してたんだ? ずっと余裕そうな態度だったから、俺はてっきり……」
「フフ、そんなわけないじゃない。強がってただけよ。 ……す、好きな人と一緒に住んでるんだもの。毎日ドキドキして、夜もあまり眠れなかったのよ?」
「――!!」
頬を赤く染めながら、上目遣いを向けてくる百瀬さん。
うおおおおおおお!!!!
こんなん惚れてまうやろおおおおおお!!!!!!(もう惚れてる)
「も、百瀬さん……!」
思わず百瀬さんの肩を掴む俺。
「風見君……」
そんな俺に応えるように、百瀬さんはゆっくりと目を閉じる。
俺はそんな百瀬さんの唇に、自らの唇を――。
「たっだいまー」
「だいまー」
「「――!!!!」」
その時だった。
お約束とばかりに、宗助と史子ちゃんが勢いよくリビングに入ってきた。
えーーー!?!?!?
「おお! 何だ、思ったより早くくっついたみたいだね。よかったよかった」
「おめでとう! お母さん、お義父さん!」
「「へっ!?!?」」
宗助???
史子ちゃん???
「いやあ、二人ともどう見ても両想いなのに、なかなかくっつかないからさぁ。半ば強引に同居して正解だったよ」
「大成功ー!」
「「……」」
俺たちって、そんなにわかりやすかったの?
……やれやれ、まさか息子と娘に恋のお膳立てをしてもらうことになるとはな。
世界一の親孝行されちまったよ。
「これで全員の苗字が『風見』になるんだね。俺、『百瀬』の表札外してくるわ」
「あ、私も行く行くー」
「オ、オイ」
随分気が早いな。
嬉々として出ていく二人に呆れながら百瀬さんを見ると、百瀬さんは「フフッ」と微笑みながら、そっと目を閉じた。
俺は百瀬さんの唇に、優しくキスを落とした。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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