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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

教育ビデオ

作者: 秋田 茂

 二日前、俺の家から少し離れたところにある寂れた中古ビデオ屋に行った。古いVHSを集めるのが趣味な俺はよく店に立ち寄っては100円コーナーの中の気になった物を買って帰るのが毎週金曜日の決まりだった。

 その日も運良く祝日が日曜日となったため目前と迫った三連休に向け、学校帰りにいつも通っているビデオ屋に行こうとした。すると、『飛び出し注意』と書かれた標識の近くに普段は見なれないこじんまりとしたビデオ屋があった。『中古ビデオ』とだけ書かれた薄汚れた看板が掲げられたその店は何時からそこにあったのか分からない程薄汚れていた。昨日までは何も無かったはずなのに。俺は好奇心からかこのビデオ屋に立ち寄った。

 店の内装は薄暗くはあるが、その外観に似合わず綺麗にされており、所狭しと棚にビデオが並べられていた。ボロボロの外装をしてるものや真新しいもの、割りと最近の作品から大昔の作品まで新旧問わず陳列されている。その並びを適当に物色していると50円コーナーと書かれた、テープが乱雑に投げ込まれたようなカゴがあった。その中のテープは棚の古いテープより一層古ぼけたボロボロのテープばかりだった。その中で就中俺の気を引くビデオがあった。それはラベルも剥げ、背中にペンで書いてあったタイトルも判別不能となった一際古びたビデオだ。いつ作られたかもどんな内容かも解らない、そんな謎だらけのビデオにこそ、俺の収集家としての琴線に触れる。早速その商品をレジに持っていくと、暗い雰囲気の店員が会計をしてくれたが、その時に一言「あんまり面白くないっすよ、それ」と呟くように言ったのだがその時は店員が言うことか?と思うくらいで特に気にも留めなかったが、今思えば店員なりの忠告だったのかもしれない。そう思った時、このビデオを買わなければ良かったと酷く後悔した。尤も、この時の俺はそんなこと知る由もなかったのだが。



「で、これがそのビデオか?」


「そ、一人で見ても良かったんだけど何となく不気味だから折角だし一緒に見よっかなって」


 彼はクラスメイトの三谷。機械いじりが趣味の気さくな男だ。特に仲がいいという訳では無いが、初日に席が隣だったのでそれなりに仲良くしてる。今日は一人で見るのが何となく嫌だったので二人で見ることにした。と言うのも金曜日、あのビデオを買って帰ってすぐにビデオを見ようと思ったのだが運悪く再生機器が不調を起こしてしまい結局その日の内に見ることは叶わなくなってしまった。

 翌日の土曜日に機器を直して貰えるか街中駆け回ったが、イマドキ古いVHS再生機器を取り扱う店も少なくただでさえ人口が多くないこの街では検索する方が大変な程店も少なく、ようやく見つけたのもひっそりと佇むこれまたオンボロの電気屋で生憎シャッターが閉まっていたという不運ぶり。結局その日は貴重な休日を丸一日潰してしまった。

 その翌日の日曜日、ダメ元で三谷に直せるか聞いてみた。すると二つ返事でOKを貰えた。そして、いざ来てみると直してもらうと前日の不調が嘘のように吹き飛び新品さながら……は少し言い過ぎだけど、以前のような働きを取り戻してくれた。ここで彼は帰ろうとしたのだが、その時私は彼を引き留め一緒にビデオを見ようと言ってみた。するとこちらもあっさりとOKを貰えた。



「まあ見てみようぜ、どんな内容か分からないっての宝箱開けるみたいでドキドキするじゃん?」


「まあ、分からなくもないけど……」



 俺がこのビデオを買った時の事を話すと彼は訝しげな表情をしていたが、俺は大して気にせずセッティングするべく例のビデオを収納ケースから取り出し機器に入れようとするとあることに気付いた。

 このビデオ、よく見るとうっすらと文字が読めるんじゃないか?

 そう思いビデオの背を目を凝らして見てみると『教育ビデオ』と書かれている。



「なあ、三谷。このビデオよく見たらタイトル書いてあったんだけどさ、教育ビデオだって」


「教育ビデオ? 変なタイトル。どんな内容なんだろうかね」



 先程までビデオに萎縮していた三谷も、その奇妙なタイトルに少し興味が湧いたのか乗り気な様子で尋ねてくる。



「さあ、実際見てみると分かるだろ」



 そう言って俺は機器にビデオを入れ再生ボタンを押した。





 始まったのは学校で見るような交通安全指導のためのビデオだった。ちゃちなドラマパートと再現コーナーがありナレーションの注意喚起の一言で締めくくられる。そんな編成の動画がチャプターごとにいくつか別れている、有り触れた教育用のビデオだった。



「成程、確かにこれは教育ビデオだな。それにしてもなんでこんなものが売ってたんだろうね」



 と、彼の方を向くと口をポカンと開けたまま微動だにしない間抜けな面がそこにあった。



「どうした三谷? まさかとは思うが、こんな陳腐なビデオにビビったんじゃないだろうな?」



 そう尋ねると、三谷は錆び付いたロボットみたいにゆっくりとこちらへ首を捻り一言



「お前、気づかなかったのか?」



とだけ言った。

 はて、気付かないとは何の事だろうか。昔見たことがある? 知り合いが出ていた? 撮影場所が家の近所? そう逡巡していると乾いた口をうるおすように一度言葉を飲んでからこう続けた。



「これ、去年実際にあった事故なんじゃ」






 三谷の突拍子もない発言に俺は黙るしか無かった。同じように歯をガタガタと鳴らしながら彼も黙っていた。



「そんな訳ないだろ? 何言ってんだよ。大体、実際起きた事故元にしてるってそれくらいなら別に――」


「いや、そうじゃないんだ。気になってあの動画中に調べてみたんだ。すると、被害者の顔も犯人の顔も車種も場所もシチュエーションも何もかも一緒だったんだよ」



 そんなまさかと言葉を紡ぐ前に彼からその証拠の数々を見せられた。確かに俳優の顔は生き写しのようにそっくりだし車種も事故現場も全てあのビデオ通りと言っていいほどそっくりだ。

 こんな偶然があるだろうか? 仮にリアルな再現にしたかったとしてもここまでしたら関係者にNGを出されるんじゃないのか?

 このビデオは不気味だ。もしかしたら本当に見ない方がいいかもしれない。でも、こんな所で視聴を辞めるのはモヤモヤとしたものが残り後味が悪い。そして出した結論は



「なあ、ほかのチャプターも見て見ないか?」



 その好奇心を抑えきれず三谷に提案する。却下されたら一人で見てやろう。不安は残るが全くの正体不明より少しだけ判る正体不明の方がよっぽどマシだ。


「いいよ、俺もここで終わったら気持ち悪いし。最後まで付き合うよ。それにもし、本当にそういうビデオなら他のチャプターの動画も実在してるはずだから」



 三谷のその言葉に安心しその後のチャプター2,3,4と進めていく。彼の予想通りその後に続くどの動画も過去に実在した事件事故を扱った動画で、子供の飛び出しや飲酒運転、信号無視、あらゆる系統の映像が収められていた。中にはカメラの前で血飛沫が舞う様子がくっきりと写っていたり、肉片がカメラの画面に飛び散ったりととてもじゃないが学校の教習では使えない動画ばかりだった。

更に驚く事に画面の端にその映像が取られた日付も書いてありその日付が事故発生日と合致したのだ。これはいよいよ偶然では済まされなくなってきた。

 チャプター7まで進めた辺りで三谷が徐に立ち上がった。



「ごめん、俺もう無理だわ。色々とキャパオーバーみたい」



 そう言い放つと俺の呼び掛けにも応答せずそさくさと荷物をまとめて家に帰ってしまった。

 仕方ないか、こんな代物だしな。よく付き合ってくれた方だよ。ここから先は俺一人でも見よう。

 そう決意し続いたチャプター8を再生した。そこには見慣れた道路が写し出されそこを見慣れた人物が歩いている。背中を伝う冷や汗を感じながら恐る恐る画面右端の日付を確認する。

2021/08/08

 その日付を確認するが早いか駆けるが早いか、部屋を飛び出し転がるように階段を降りて靴も履かずに外に飛び出した。確か彼はこっちに帰って行くはずと注意しながら捜索する。確かに特別仲がいい訳でもないが数少ない友人の一人だ。何としてでも救いたい。その思いだけで足の裏が砂利や小石で擦れる感触も通行人の奇異の目も気にならない。懸命に走って映像に映っていた所に到着、だがまだ彼は来ていない。



「良かった。間に合った」



 安堵と息切れの激しい呼吸を繰り返していると、向かいの道路から自分を呼ぶ声がする。見てみると片手にコンビニのレジ袋を呑気にぶら下げた奴が立っていた。



「お前どうしたんだ? そんなに息切らして」



 本当に良かったどれだけ心配した事か。



「待ってろ、今そっちに行くか――――」


 辺りに響く轟音と新鮮な音が俺の耳にもハッキリと届いた。視界がグルグルする。吐きそうだ。地面に倒れるその刹那、視界の端で絶望した三谷の顔とトラックのフロントガラスにこびり付いた肉片と地面に倒れ腹部から漏れた臓物を見た。





 誰もいなくなった部屋では映像が再生されたまま置いてある。そこにはトラックに轢かれた少年、と言うかその一部にその友達の少年が駆け寄っている様子が写っていた。悲劇的なBGMと共に乾いた声のナレーションの一言で締められ、そのビデオは音も立てず何処へと消えた。


『飛び出し注意』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世にも奇妙な物語っぽい感じで面白かったです。 こういうの好き
[一言] 更新応援してます!
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