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黒猫と私。

雨宿り。

作者: さち


雨は好き。

でも、梅雨は嫌い。



洗濯物が乾かないし、お布団も干せない。



アタシのくせっ毛はいつも以上に暴れてしまって、朝の短い時間ではとてもじゃないがまとまってくれない。






「…おはよ。」



う〜んと、ベッドの中で体を伸ばして一緒に住んでいる猫のレンに声をかけた。


一緒に寝ていたレンは、スリスリと顔を寄せて「うみゃぁん」と鳴いた。



『おはよう。』



「うぅ!今日も可愛いですね〜!」

レンのお腹に顔を(うず)める。


ホワホワと暖かいお日様みたいな匂いがする。

スゥッと吸い込んで元気をもらった。




「さぁ、今日も仕事だぁ。起きよ!…レンありがと。」

起き上がりベッドに腰掛けた私の膝の上で、レンが丸まって尻尾をパタパタさせた。


『…俺と一緒に居ろよ。仕事なんか行かないでそばに居ろ。な?』


「うにゃうにゃ。みゃぁお。」


「レン、どしたの?寂しいの?」

ひっくり返って私に見せたお腹を撫でてやると気持ち良さそうにレンは目を閉じる。


私はちょっとからかってみたくなって、レンの鼻先にチュッと口づける。

レンはバチッと目を見開いて驚いたのか固まってしまった。


『…お、お前!急に何するんだにゃ!…嬉しいけど。』


「にゃ、にゃぁ〜。」

「レンさ〜ん!どうしました?…ビックリしちゃった?ごめんね。」


『な、なんだよ。お前も可愛いトコあんじゃん。今度は俺からしてやるよ。き、今日はしないけどな。』


レンは尻尾を振り「うにゃうみゃ」ブツブツ言いながら膝の上から降りてしまった。


「ありゃ。怒らせちゃったかな?レン、ごめんって〜。」

後を追いかけてリビングへ向かった。




レンはいつもの定位置の猫用ベッドで丸くなっている。

「怒ってた訳じゃないの…かな?なら良かった。さ、準備しちゃお〜。」





チラッと飼い主である澪の顔を見ながら、レンは小さくため息をついた。


『ふぅ。…俺が人間だったら抱きしめてやるのにな。』


「うにゃ。みゃうみゃう。」

小さく呟いた後、俺は再び寝るつもりで丸くなった。





「レン、何か言った?……気のせいか。」


その後朝食を食べ、メイクをしていつも通りの時間に家を出る。

今日はお昼頃から雨が降るらしい。

そろそろ梅雨入りだ。



本格的に雨が続くならもう少し早く起きないとなぁ。くせっ毛がね。いうことを聞かないんですよ…。


そんな事を考えながら折り畳み傘を鞄に入れて、玄関までお見送りに来てくれたレンに声をかけた。


「行ってきます!早めに帰るから待っててね。」


「にゃぁ〜ん!うみゃ。」

『気をつけてな。早く帰って来いよ。』



手をヒラヒラと振り、静かにドアを閉めた。




ガチャッ





鍵の閉まる音がして、澪の靴がコツコツと音を立てて離れていく。


あぁ。行っちまった。

また帰ってくるまで一人か。寂しいな。

とりあえず寝るか…。


水を飲んでリビングの定位置に戻り、俺は眠りについた。



…澪の夢を見たいな。










マンションを出て何気なく上を見上げると、どんよりとした鼠色の雲が重たそうに空に広がっていた。

あぁ。間違いなく今日は雨が降るんだな…と分かる色をしている。


…この空は気が滅入るな。

ひとまず朝くらいは雨に当たらず出社したい。


いつもより湿気を含んだ空気を感じて、髪をサッと抑えた。



会社までは最寄りの駅から電車で3駅先。

そこから歩いて10分ほどで着く。



(まだ降らないで〜!)

どうにもならない願いを心の中で唱えながら足早に会社へと滑り込む。


「はぁ。何とか雨には当たらずに済んだ。」

これで帰るまでの間は社内の空調のおかげで髪が爆発するような事はないだろう。



「おはようございまぁす。」

テンションの上がらないまま、デスクへと向かう。


…さぁ、今日も頑張りますかぁ。

何とか仕事スイッチを入れて、昨日途中まで作成していた資料に目を通す。




なんて事はない。

朝にテンションが低かろうが、実際に仕事が始まってしまえば何とかなるもの。

その後は集中して仕事をしていたからか、気づけば11時半過ぎ。



パチパチと雨の当たる音がして、窓へと目を向ける。


「あちゃ〜。やっぱり降って来たか。」

後ろから同じ課で働く同期の高木君が声をかけてきた。

「ほい。頼まれてたやつな。」

そう言いながら書類を手渡してくれる。


「あ、ありがとう!やっぱり予報当たって雨降っちゃったね。…憂鬱だな。」

「雨嫌い?」

「ううん。雨の日は好き。ただし、休みに限る…だけど。」

「あぁ、それな。分かるわ〜。」


「ま、もうすぐ昼だから頑張るべ〜!」と言いながら、彼は自分のデスクへ戻った。




私は再び窓へと目を向け、さらに雨足が強くなりバチバチと窓を叩く雨を恨めしそうに見つめた。


「帰りまでに弱まるかな…?」

願いを込めて小さな声で呟いた。



ふぅっと息を吐き、再びデスクへと向かう。


その時ふと、朝のレンの驚いた顔が浮かんでクスッと笑ってしまった。

(可愛かったなぁ。帰ったらオヤツあげよ。)



さてと、もうひと頑張りしますかっ!





………



「はぁ〜!終わったぁ!」


椅子にもたれかかり体を伸ばす。

ずっとパソコンと睨めっこしてると、体が石化の魔法をかけられたのかと思うくらいカチコチになる。




時刻は16時45分。

定時の17時まではあと少し。


作った資料の最終確認をして、デスク周りを片付けたら今日というか今週の仕事はおしまい。

今日は金曜日なのだ。




予定通りに確認作業やら片付けを終えて、帰り支度を始める。

すると、高木君にまた声をかけられた。


「お疲れ!今日、メシ行かね?他の同期の奴らも誘ってさ。」

「お疲れ様!あ、う〜ん。今日はやめとくかな…?」

「お、なんか用事か?」

「ううん。そうじゃないんだけど…今週忙しかったしちょっと家でゆっくりしたいかなぁって。」


「なんだ〜!付き合い悪りぃなぁ。…と言いたい所だが、確かに忙しかったからな。了解!ゆっくり休めよ!」

「ありがとう。せっかく誘ってくれたのにごめんね!」

私は顔の前で手を合わせて謝った。


高木君は手をヒラヒラ振りながら言う。

「気にすんなって!また誘うから。じゃあ、お先!また来週な?」

「うん!また来週ね!ありがとう。お疲れ様〜!」


颯爽と帰って行く彼を見送りながら、心の中で再び「ごめんね。」と謝った。



さぁさぁ、私もそろそろ帰りますか。



「お先に失礼しまーす!」

「お疲れ様〜!」

まだ残っている人達へ声をかけて、会社を出る。




雨は…もうほとんど降っていない。

傘は必要なさそうだ。

「…良かった。これならのんびり歩いて帰れそう。」



見上げると相変わらず空には雲がびっしり垂れ込めているが、朝より少し明るくなったように感じた。



駅までの道をゆっくりと歩く。

さっきまで降っていた雨のせいであちこちに水溜りが出来ている。

避けて歩くのは一苦労だ。




(…そうだ。家の近くに新しいパン屋さんが出来たんだった。今日、寄って帰ろっかな?)

そんな事を考えながら駅の階段を上る。



ホームに着くと会社帰りのスーツ姿の人達で溢れていた。

雨上がり特有の湿気を沢山含んだ空気がモワッと辺りに立ち込めていて、何とも言えない臭いがしている。



(雨の降り始めの匂いは好きなんだけどなぁ。この臭いはちょっと苦手。)

怪訝そうに辺りを見回していると、キキィーッとけたたましい音を立てて電車がホームに入ってきた。



プシューッと大きなため息のような音を立て、今度は扉が開く。

ゾロゾロと人が降りてきて、それと入れ替わるようにホームにいた人達が電車の中へと吸い込まれていく…。


私はその波に乗り遅れないようにスルッと電車に乗り込んだ。降り口は反対側なので奥まで進み、扉の前に立つ。


窓の方を向いて外を眺める。

再び大きなため息をついた電車がゆっくり動き出すのを足元に感じた。



ガタタン…ガタタン…

規則正しい音に変わり、景色があっという間に目の前から流れていく。


私は毎日同じ景色を眺めて通勤している。


人によっては「毎日同じは飽きる」とか「違う景色を見たい」とか思うのかもしれないけれど、私は毎日同じ事が続くのが安心に繋がると思っている。



今日も一日頑張ったなぁ…

そう思いながら同じ景色を見るのは、何事もなく一日が無事に終わった証だと思うから。





目の前の扉が開き、最寄り駅のホームへと降り立つ。


先程の駅と違って降りる人は少ない。

湿った風がフワッと吹いて、私の肩まで伸ばしたくせっ毛を揺らした。


冷んやりとした空気を鼻から吸い込むと緑の匂いがする…。

階段を下り、駅を出た。





自宅へ向かう帰り道の途中で少し寄り道。

さっき思い出したパン屋さんへと足を踏み入れた。


ドアを開けるとホワホワッとパンの香ばしく甘い香りが鼻をくすぐる。思わず深呼吸してしまった。


(う〜ん!いい香り〜っ!!パン屋さん大好き!)



「いらっしゃいませ〜!」

元気な声で挨拶されると気分がいい。


(…素敵なお店だな。)

店内を見渡して思った。


木を基調とした店内は明るく爽やかな雰囲気で、並んでいるパンも全部美味しそうで。


(どれにしようかな…?)


食べたいパンが沢山あって迷ってしまう。

トレイとトングを手に持ち、ゆっくり見て回った。

いくつかパンを乗せて、レジに向かう。



「お願いします。」

「はい!ありがとうございます。」



レジの横に小さなクッキーが入った袋を見つけた。


"猫ちゃん用クッキー"


可愛い猫の顔の形をした小さなクッキーが入っている。



「あの、これ。」

指を差して聞くと店員さんが丁寧に教えてくれる。


「あ、ありがとうございます!猫ちゃん用のクッキーでお塩や添加物などは入っていませんので、安心してあげられる商品ですよ!宜しければご一緒にいかがですか?」


ニッコリ笑った店員さんにつられてニッコリ笑う。

「じゃあ、一つください!」

「ありがとうございます!」



(レン、喜ぶかなぁ?思わぬお土産が出来ちゃった。)



「ありがとうございました。」

お礼を言って店を出る。


「ありがとうございます!またお越しください!」

最後まで明るく気持ちのいい挨拶。



ウキウキしてドアを開けて……足が止まった。





ザーーッ




え〜!雨降ってるーー!?

さっきまで止んでたのに…。


鞄から折り畳み傘を出そうとゴソゴソ手を突っ込む。


「…あれ?え、ない?そんな訳ない。朝、ちゃんと鞄に入れたよね?」


大きく鞄を開いてもう一度中を確認する。


「やっぱりない。えぇ?なんで……あ。」



…思い出した。



朝、会社に着いてすぐに必要な書類を取り出さないといけなくて、邪魔だからデスクの引き出しに入れたんだった。


あぁ…やってしまった。

会社を出た時に雨がほぼ止んでたから油断した…!




どうしよう…すぐに止むかな?

濡れて帰るのを躊躇(ためら)うくらいには雨が結構強くなってきている。



パン屋さんの軒下から空を覗いた。

向こうの空が少し明るい…?

このまま走って帰るか迷っていると声をかけられた。


「…あの〜、傘ないんですか?」

振り返るとさっきの明るい声の店員さんだった。


「あ、すみません!会社に忘れてきてしまったみたいで。少し雨宿りさせていただいてもいいですか?」

「あ、はい。それは大丈夫ですけど…中に入られますか?」


あぁ、優しい…。


「いえっ!ここで大丈夫です!すみません…少しの間、軒下お借りします…。」

申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら伝えると、店員さんはクスッと笑いながら言う。


「ごゆっくりどうぞ。あまり酷くなるようでしたら中へいらして下さいね!」

「ありがとうございます。」

恥ずかしくなりながらもお礼を伝えた。




濡れないように壁際に立ち、雨が降るのをただ眺めていた。


サァーー

パチャパチャッ

ピチョン…ピチョン…

パラパラパラ…



色んな雨の音がする。




こんな風にじっくり雨の音を聴く事なんてないから、なんだか不思議な気分だった。



耳が一枚膜に覆われたようにいつもの音が遠くに聴こえて、私一人だけ雨の中に取り残されたみたいだ。


…でも嫌な気分じゃない。むしろ、気持ち良かった。




10分程、そうしていただろうか。

雨の音が少しずつ小さくなっていく。


パラパラパラ…


パラ…パラパラ…




軒下から手を伸ばして雨の降り方を確認した。


「止んだかな…?」

今度は顔を出して確認した。



良かった〜!止んだみたい。

今のうちに帰ろ。



ドアを開けてお店の方へ声をかける。

「ありがとうございました!また来ます。」


「ふふふ。ありがとうございました!お待ちしてます。」

なんて優しいやり取りだろう。


心がホッコリ温まって足取りも軽く家へと向かう。




何気なく後ろを振り返って空を見上げたら、雲の切れ間からキラキラと光が一筋伸びていた。



「天使の梯子…。」

好きな作家さんの小説で出てきた空から降りてくる光の梯子。

天使が空へと登る為のモノなんだとか。




「…キレイ。」

あまりの綺麗さにその場に立ち尽くす。


再びフワリと吹いた冷んやりした風にふと我に返る。

ポケットからスマホを取り出し、写真に収めた。


「…レンに見せてあげよう。」



またいつ降るか分からない雨にこの時期はヤキモキするけれど、一週間頑張ったご褒美を貰えたみたいで心が軽くなった。



「さぁ、帰ろ。」


また沢山増えた水溜りを上手に避けながら、レンの待つ家まで帰った。







「ただいま〜!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] レンくん、またまた登場ですね。 猫ちゃん用クッキー、レンくん喜んだかな? 「天使の梯子」素敵な表現ですね。
[良い点] 連載の第1話の様な、この先を感じさせる短編でした。
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