解明
「どうして俺に何も言わずに役員を増やしたんだ!?」
「何をそんなに怒っているんだ?役員の任命権は会長の私にあるだろう?」
放課後の生徒会室。一人の男子生徒、三年生で生徒会副会長のマイケル・ホワイトが、デスクに座っている生徒会長のローズ・コイルに声を張り上げていた。
「俺が連れてきた一年を全員蹴って、何でろくに試しもせず編入性を生徒会に入れてるんだよ!?」
「さっきも言ったがな、マイケル、ノアは魔法の不適正使用に対処するために入れたんだ。奴の戦うところは見ただろう?」
「公爵嬢との決闘のことか?あんなの何の参考になるんだ?」
「奴の体術には目を見張るものがある。素手で魔剣を砕くなんて信じられない」
マイケルは決闘を直接見てはいないが、学院の魔法具に記録されている映像を見ている。
「そんなことを言っているんじゃない。ノア・シランは“無能”なんだろう!?そんなやつに…」
「おい、今何と言った?」
「っ!?」
無能とはそのままの意味ではなく、属性魔法の適性が低い者の蔑称だ。もちろん、蔑称を使うことは校則で禁じられている。しかし、属性魔法が重視される傾向の学院において、無属性魔法や体術を主体にする者や文官志望の者は軽んじられる風潮がある。ローズはそんな風潮を変えたいと考えているため、マイケルの失言を見過ごさなかった。ローズの鋭い眼光に晒されて、マイケルの気勢が削がれる。
「……だが実際、属性魔法には属性魔法で対応するしかないだろう?」
「そうでもない。奴は編入試験で教官三人を下しているのは知っているだろう?その際、無属性魔法で演習場の壁を壊したそうだ」
生徒会には、学院生の入学試験や定期試験の結果を閲覧する権限が与えられている。当然だが、権限を濫用するのは禁止されているし、誰がいつ閲覧したか記録されるが。その権限を以って、二人はノアの編入試験の結果を共有している。ノアがどのように魔法戦闘に長じた教官を倒したのか知っているのだ。
「つまり、少なくとも一撃の威力において魔法使いに劣らないと?」
「ああ、その上、有効範囲が狭いから周囲に被害を出さずに済む」
だが、ここまでの話はただの建前だ。ローズの真意は別にある。マイケルはそれを見抜いている。
「本音を話してくれ、ローズ。お前の目的は、ノア・シランを魔法使いに対するアンチテーゼに仕立て上げることだ。違うか?」
一拍の沈黙の後、ローズは肯定する。学生ではあるが、ローズには実戦経験がある。初陣では、イリアス学院を卒業したばかりの新兵達が、敵の主力部隊に包囲されたところを救出するという大功績を挙げている。ローズが支持を集めている理由の一つだ。
もしも今回の決定が功績と支持に胡座をかいた思いつきなら、マイケルは断固として認めなかった。しかし、彼女なりに考えがあってのことらしい。
「……反対するのは俺だけではない。そして矢面に立たされるのはお前だけではない」
「分かっている。だが、せめて、私の任期の間に新しい風を入れたいんだ」
未だ、マイケルには思うところがあるが、ひとまず受け入れることにした。最初にローズが言ったが、役員の任命権は会長であるローズが持っている。マイケルには、学院の属性魔法重視の風潮を変えたい理由が分からないが、制度を守った上での任命なら文句はつけられない。
「この会話は胸に秘める。こんなこと内にも外にも聞かせられないからな」
「ああ、そうしてくれ」
「それと、ノア・シランが本当に魔法使いを制圧できるのか試させてもらう」
「……好きにしろ」
◆◆◆
まだ日が登りきっていない早朝、ノアは徒手空拳の型稽古をしていた。はじめはゆったりと、徐々に激しさを増していく。汗が飛び散り、きらめく。
「【身体強化】」
身体能力を底上げし、ノアはさらに激しく動く。ノアの他に誰もいない静寂の中、響くのは短い呼吸音と靴底が地面を削る音のみ。
そうして延々とシャドーを繰り返して、辺りが明るくなった頃に止めた。近くの木の枝に掛けたタオルで滝のような汗を拭き、足元の三本の水筒のうち一本を飲み干す。やや温いが、脱水気味な体に染み渡る。
「ふぅ。よし、次だ」
ノアは魔力操作の訓練を始めた。左手で二本目の水筒を持ち、広げた右の掌に少しずつ水をかけた。すると、滴り落ちた水が独りでに浮き上がり、大小様々な水玉を形作る。それらの水玉を不規則に動かし始めると、ノアは締め付けられるような頭痛を感じたが、歯を食いしばって耐える。ゆっくりと水玉の速度を速くしていくが、それに比例して頭痛がひどくなった。
そうして水玉を動かす速さが一定を超えると、三つの水玉がノアの制御から離れて地面に叩きつけられた。それに気を取られて、ついノアが集中を乱すと、まだ浮いていた水玉が全て地面に叩きつけられた。
「はぁ、ここまでだな」
朝の訓練を切り上げ、二本目の水筒の残りと三本目を全て飲み干してから、ノアは自室に戻った。
余人が見たらびっくりするだろう量の朝食を食べ終えてから、試験勉強を始めた。教科書の内容を口に出して読みながら、重要な部分を雑紙に殴り書く。魔法理論の定理を自力で導けるように、導出過程を書き写す。しばらく続けて、チラリと置き時計を見ると、いつも寮を出る時間まであと少ししかない。
教科書とノートをカバンに放り込んで、制服に着替える。火の元を確認してから自室を出た。
◆◆◆
「みんなおはよう。今日は全員来ているな。試験まで一週間くらいだが、ちゃんと勉強しているか?」
グレイシアが朝の朝礼を始めて、今日という一日が動き出す。昨日休んだケールも今日は来ているようだ。
「シラバスに書かれているし入学説明会でも説明されただろうが、不合格の科目が三つ以上だと進級できない。不合格の基準は40点か学年平均の半分を四捨五入した点数のうち高い方だ」
不合格の可能性を示されて、少し教室がざわめく。
「不正行為をした場合は、全科目を0点にした上で留年が確定する。くれぐれも妙なことを考えるなよ」
これもシラバスに書かれていることだが、まるで初めて通達されたかのようにざわめく。グレイシアはそれを無視して、教師の一人が体調不良で今日だけ代役を立てたことを伝えた。他にも数件の事務連絡をする。
「連絡事項は以上だ。シランは私と来い」
と、何故かノアがグレイシアからご指名を受けた。大人しく着いていくと、ノアはラチェット教諭に引き渡された。
「ラチェット先生、彼を連れてきました」
「ご苦労」
そのままラチェット教諭とノアが歩いていくと、理事長室に通された。ノアが理事長室に入ると、ラチェット教諭は去っていった。
まわりくどい方法でノアを連れてきたのは、生徒たちに不信感を与えないようにするためだろう。
「おはよう、ノア君。試験勉強は順調かしら?」
「おはようございます、理事長。試験は合格できそうです」
分かっていた事だが、エミリアはすぐに本題に入るつもりはないらしい。
「そうよねぇ。君が試験を落とすはずがないわ」
「……油断は禁物ですが」
そんなふうに、しばらく、無駄な雑談が続く。寮生活はどうかとか、友達はできたかとか、そんな話をひとしきりした後、エミリアが本題を切り出した。
「生徒会に入るそうね?」
「ええ、正式な手続きはまだですが」
エミリアの雰囲気がやや鋭く変化する。
「まず言っておきます。分かっているでしょうけど、私には君を監督する責任があります。君が護衛の任を疎かにすることを見過ごすことはできません」
エマ・ダイヤモンドの護衛という任務があるのに、生徒会で遊んでいる暇があるのかということだろう。
「存じ上げています。生徒会に入ったのは、護衛のこととも関係しています」
「……と、言うと?」
「ダイヤモンド嬢を守る動機になるからです」
「なるほど、もっともな理由ね」
ノアの立ち回り次第では敵にも味方にもなりうる存在、センリ。現状彼女からは何の感情も向けられてはいないが、エマを守る正当な理由があれば協力を引き出せるだろう。
逆に、動機が曖昧なのにエマを守ろうとすれば、センリに『お嬢様に不埒な思いを抱く曲者め!』と斬られかねない。悲しいことに、一定以上の身分がないと、公爵嬢に好意を抱くだけで斬るには十分なのだ。
生徒会に入り、学院の風紀と治安のために実行力を振るう立場にあることは、十分にエマを守る動機になる。
「では、君は“さらに上の地位”を狙っているわけではないのね?」
「…当然です。私は“今の地位”に満足しています」
かなり不穏当な会話だった。エミリアはノアの『事情』を詳細に知っているために、ノアに叛意がないか確かめずにはいられなかったのだろう。ノアもそのことに不満を覚えるほど狭量ではない。
実際エミリアにとって、任務を疎かにするのかより、“上の地位”を目指しているかの方が重要だった。
「ごめんなさいね、変な勘ぐりをしてしまって」
「いえ、当然の懸念かと」
「もう戻ってもいいわ。試験、頑張ってね」
「はい、失礼します」
ノアは一礼して、理事長室のそばに誰の気配もないことを確認してから退出した。
◆◆◆
「……よし!試験の内容は以上だ!試験まであと一回授業があるが、その日は自習にする」
この時間の授業は『外国語 I 』。隣国の獣人国『ベジャール連盟』で話されているベジャール語を学ぶ。
「授業の終わりまで時間があるから、騎士団の話をしよう。何か聞きたいことはあるか?」
この教師はベジャール語以外にもいくつかの言語を操れるマルチリンガルだ。その技能を活かして、以前は騎士団に所属し、通訳として活動していた。気まぐれの余興として、その時の経験を話してくれるらしい。
「はいっ」
「お、何が聞きたい、カムイ」
先日、中級魔法を行使して周りを驚かせた、カムイ・ズーが真っ先に手を挙げた。教師は、やや嬉しげにカムイを指名する。
「『札付きの騎士』について聞きたいです!」
「ほう、彼らの話か……」
指名されたカムイは、興奮気味に聞きたい内容を話した。彼だけでなく、男子の多くが興味津々という様子だ。女子はそこまで目を輝かせていないが、少しは興味があるようだ。それもそのはず、イリアス王国が誇る『札付きの騎士』は市井の憧れなのだ。
「私が知っている『札付き』は『影札』様だけだから、彼の話をしよう。と言っても、詳しい話は機密に触れるから言えないが」
札付きの騎士とは、王国が所有する四つの『十二種至宝神器』を与えられた、選ばれた四名の騎士のことだ。騎士は、五等から一等、そして準特等と特等の七階級に分けられる。そして札付きの騎士は特等騎士と同格の権限が与えられる。二等騎士以上は超人しかいないが、札付きの騎士はまさに一騎当千の英雄である。
札付きの騎士の一人、『影札』の話が聞けるとあっては、教室の雰囲気はいよいよ高揚してきた。
「影札様が実際に戦ったのを見たのは、一回だけなんだ。あれは確か、北部戦線に派遣された時だった。もう、七年ほど前になるかな。南部戦線の戦況が芳しくないと見るや否や侵攻してきたベジャールの獣を、影札様は一晩で皆殺しにした」
自然と皆静かになり、教師の思い出話に聞き入っている。
「影札様の魔法は明らかに固有魔法だった。地面を踏み鳴らす獣人を刺し貫き、拘束し、影の中に引きずり込んでいた。影札様は『十二種至宝神器』を一つ持っていたはずだが、全く使う気配がなかった。皮肉な話だが、神器に相応しい英雄には、神器を使わざるを得ない局面があまりないのかもしれない。ともかく、彼は目につく全ての敵を瞬く間に殺し尽くしてしまったんだ」
教室の雰囲気を例えるなら、激しい沈黙だった。
「だけど、私が一番驚いたのが、影札様が自分の戦果を一切誇らなかったことだ。まるで、こんなことできて当たり前、という顔をして飄々としていた」
教師は、当時を思い出して、少し身震いした。
「カムイ、私が知るのはこんなところだ。大したことは話せなかったな」
「いいえ、貴重なお話をありがとうございます」
本心だ。雑誌で読むのと人から聞くのでは、まるで違う。
「他にも、『鬼札』『雅札』『鉄札』の札付きの騎士がいるそうだ。よく励み、鍛えるのなら、次の札付きは君たちかもしれない」
自分に侵略者を一晩で皆殺しなんてできるわけない、という空気が流れる。
そんな中、カムイ・ズーは奮起したような表情をしていた。このご時世では珍しくないことに、カムイには英雄願望があった。
「今日の授業をこれで終わりにする。質問は次の時間までにまとめておいてくれ。試験勉強、頑張れよ」
そう言って、教師は教室から出て行った。
◆◆◆
さらに一時限の授業を受けて、今日の授業は全て終了になる。生徒たちは手早く荷物をまとめて、自室や図書館、カフェに勉強しに行こうとしていた。
「ジーク、図書館に勉強しに行かないか?」
「ああ、いいぜ」
ノアも試験勉強を進めようとしていた。
「ちょっといいかしら」
ノアとジークが廊下に出たところで、友人の女子を五人程連れてケールがやってきた。十中八九、先の決闘のことであろう。ノアはため息を吐きたくなった。
「なんだろうか?」
「決闘のことよ」
ノアは小さくため息を吐いた。