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札付きの騎士  作者: トムヤムクン
編入
6/25

玉と石

 「なんで編入三日でそんな面白いことになってるのかしら?」

 「……笑い話にはなりませんよ。勝っても負けても面倒になると分かりきっています」


 ケールの決闘宣言の翌日の昼休み、ノアは理事長室に呼び出されていた。言うまでもなく、決闘について釘を刺すためである。室内にはノアと、クスクスと上品に笑っているエミリアと、それとは対照的ににこりともしないスキンヘッドの男性教師、ジェームズ・ラチェット教諭がいる。


 「ラチェット先生、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません」

 「いいや、それを言うべきはお前ではない。それより、決闘の相手は公爵家の娘だ。分かっているな?」

 「勿論、心得ています。手心を間違えません」


 回復不能な傷を負わせるな、ということだろう。ノアとラチェット教諭はすでに顔合わせを済ませている。しかしノアの事情を知らない他の教師の手前、まだ表面的な話しかしていない。

 決闘だろうと自主練だろうと、放課後に魔法を使うのなら演習場の予約を取らなくてはならない。また、決闘の場合、教員が審判として監督するので、ケールとノアの決闘は一夜明けた今日の放課後に決まった。


 「私が審判をしよう。適当に実力差を見せたら、止めに入る」

 「それなら安心できます。よろしくお願いします」


 学年主任を任されているだけあってか、風貌通りの真面目な性格らしい。正直、ノアはエミリアを教育者としては当てにしていない。百戦錬磨の彼女からすれば、公爵嬢との喧嘩()()()些事に過ぎないらしい。現に今も、面白がってばかりだ。協力者にまともな感性のラチェット教諭がいて良かった。


 「仮にバタフライ嬢が実家の権力をチラつかせてきても、全て無視しろ。そういった貴族の介入を許すつもりはない。間違っても、お前の所属を明かすな」

 「…痛み入ります」


 学生としてのノアは、そういった盤外戦術には対応できない。ラチェット教諭の申し出は心底有り難かった。ノアは理事長とラチェット教諭に礼をしてから、理事長室を後にした。



 ◆◆◆



 面倒事が待っている時、時間は早く進む。痛感したくない事実を痛感しているノアは、グレイシアが帰りの連絡を済ませるのを、暗澹たる気持ちで聞いていた。グレイシアが教室から出ると、ケールがノアの席へ歩いてくる。


 「支度しなさい!早く演習場に行くわよ!」

 「支度はもう済んでいる」

 「ノア、介添えはいるか?」


 ノアがケールに連れて行かれそうなところで、ジークが介添えを申し出てきた。自分も無関係ではないと思っているからだろう。


 「いや、大丈夫だ。試合の延長だからな」

 「そうか。なら、観客席で見てる」

 「早く来なさい!時間稼ぎでもするつもり!?」


 何様のつもりなのかと聞いたら公爵嬢様だと答えるのだろう、ケールの態度にうんざりしつつ、ノアはジークと別れて演習場へ向かう。演習場へ向かう道すがら、好奇心に満ちた視線が多く向けられる。公爵家という身分や恵まれた容姿ゆえに、ケールは学院の有名人であった。

 よく手間と費用をかけて手入れされた艶やかな赤い髪、勝気な目や強気な態度は身分を考えれば気品があると受け取られ、やや低い身長は可愛げを演出する。昨日の勉強会の参加率が異様に高かったのは、ケールの声が大きいのもあるが、彼女が有名で人気者であることも理由の一つだった。

 そんな彼女に喧嘩を売られたノアは、編入試験の噂もあって悪い意味で有名になってしまった。


 「ケールさん、ノア君、やっぱり決闘なんてやめましょう」


 諦めを抱いて演習場へ向かうノアと、自身の勝利を確信しているケールを止めるのはエマだった。エマは昨日のケールの決闘宣言の時も、仲裁に入ってくれた。それでもケールの意思は固かったが。


 「エマさん、心配してくれるのは嬉しいけど、止めないで。私は公爵家として、学院にいながら自分勝手な人が許せないの!」

 「……ですが、だからって決闘することはありませんよ。話し合いで解決できるはずです」

 「エマさん、もう話し合いができる段階は過ぎている。決闘で白黒つけるしかない」

 「そんな、ノア君まで……」


 決闘が嫌なのはノアも同じだが、ケールがもう止まらないのは容易に想像がついた。それに放課後に拘束されるのは、もううんざりだった。鍛錬の時間を確保したいのもあるが、図書館には貴重な文献が揃っており、魔法を扱う者として興味をそそられる本が多いのだ。


 「エマさん、観客席で見てて。私がコイツを改心させるから!」


 両者が決闘に異議がないなら、部外者に止める術はない。エマの説得は失敗に終わってしまった。



 ◆◆◆

 


 「勝敗は、気絶か降参で判定する。また私が生死に関わると判断すれば、腕尽くで静止するから覚悟しろ」

 

 ノアとケールが了解を示すと、審判のラチェット教諭は下がって行った。ノアとケールは向かい合って、得物を構えている。ノアは貸出品の木剣を構えているが、ケールは赤い意匠の真剣を構えている。


 「バタフライ嬢、真剣ではなく、木剣を装備してくれ」

 「いいえ、この魔剣を使うわ。これは家宝の魔剣なの。決闘なんだから正装で挑むのは当然でしょ?」

 

 安全を考えての当然の要求を突っぱねるケール。当たり前だが、ノアは木剣以外何も持っていない。安全性と公平性を考えて、ラチェット教諭からも真剣を置いてくるように指示が飛ぶが、ケールは納得がいかないらしい。


 「ラチェット先生、もうこのままで構いません。早く始めてしまいましょう」

 「……そうか」


 押し問答を面倒に感じたノアが、このまま始めるように促す。


 「始める前に、条件を確認しよう。俺が勝ったら、俺とジークは放課後の自由に干渉されない。逆にバタフライ嬢が勝った場合は…」

 「二人に勉強会に参加してもらうわ。それと、アンタとの決闘で今日の勉強会がなくなったんだから。迷惑かけたことをクラスに謝罪してもらうから」

 「……それでいい。ラチェット先生、この条件の証人になって下さいますか?」

 「……いいだろう」


 ケールの提示する条件が増えているが、気にすることでもないだろう。ノアも理事長もラチェット教諭も、ノアの勝利を確信している。決闘前の確認も済んだので、ラチェット教諭は決闘の開始を宣言した。


 「はぁあああ!!」


 開始と同時にケールが真剣を上段に構えて向かってくる。振り下ろされる魔剣に対して、ノアは後ろに下がって回避、ケールが木剣を切り上げるのを待ってから、これも回避。傍目には苛烈に見える攻撃を、ノアは回避し続ける。ケールの剣術の技量は並よりも上だが、ジークには及ばない。況や、ジークを完封したノアには敵わない。


 「ちょこまかと!正々堂々戦いなさい!」

 「…では、行くぞ。【魔力弾(バレット) 】」

 

 回避を続けるノアに、焦れたケールが吠える。先程と同じように頭上に振りかぶった魔剣を振り下ろそうとして、不自然に魔剣の軌道が逸れて体勢を崩す。

 無属性魔法【魔力弾(バレット) 】。ただ魔力を固めて押し出すだけの魔法。魔法を習得するための練習のような位置付けで、クッションを投げつけた程度の威力しかない劣等魔法。本体なら牽制にもならない攻撃だが、ノアの技量なら、正確にケールの掌を打ち剣筋をずらすことができる。

 

 「……何をしたの?」

 「答えるはずがない」


 とはいえ、ケールには理解できないことだが。魔法に携わった時間が長い者ほど、無属性魔法を軽視しがちだ。なぜなら、魔法の優位性は射程と威力だからだ。どちらも備えない無属性魔法は顧みられない傾向にある。例外的に、肉体を強化する【 身体強化(フィジカル・ブースト) 】と武器を強化する【 武装強化(マテリアル・ブースト) 】は近接戦で効果を発揮する魔法として重宝されている。

 

 「ちょっと油断していたようね。でも、これからは本気で行くから! جسدي قبل التقوية 【 身体強化(フィジカル・ブースト) 】!」

 「【 武装強化(マテリアル・ブースト) 】」


 ケールがきっちり詠唱して【 身体強化(フィジカル・ブースト) 】を使うのを待ってから、今度はノアが攻撃を仕掛ける。身体を強化しているだけあって、ケールの動きは先程より速い。しかし、剣術の技量が違いすぎる。すぐにケールは防ぐのがやっとという有様になった。


 「クッッ!【 火炎剣(イグニス・ブレード) 】! 」


 剣術の範囲では敵わないと理解したケールは、火属性魔法【 火炎剣(イグニス・ブレード) 】を無詠唱で使い、魔剣の刀身を燃え上がらせた。魔剣がただの鋭い剣ではない理由の一つが、今の無詠唱だ。ケールの魔剣は、公爵家の家宝であるだけに素晴らしい性能を誇り、魔法の発動のための魔力操作を完全に代行する。故に術者は、魔法名を唱えるだけで魔法を使うことができる。

 ノアは一旦下がり、ケールは息と体勢を整える。そして、最初の攻防と同様にケールが斬りかかる。流石に木剣で燃え盛る魔剣を受けることはできない。回避に徹する。


 「これでもう、アンタは避け続けるしかなくなったわ!今なら降参を受け入れてあげるけど?」

 「いいや、俺の勝ち目は無くなっていない」

 「強がりを!」


 そう言って、ノアはケールの魔剣を避け続ける。魔力切れを狙った時間稼ぎだろうか。否、ノアの狙いはすぐに衆目に示される。



 ◆◆◆



 「此処にいらっしゃいましたか、会長」

 「ああ、ディディも見に来たのか?」

 「ええ、後学のためになるでしょうから」


 演習場の観客席からノアとケールの決闘を観戦しているローズ・コイル生徒会長に横から声をかけたのは、生徒会書記で二年生のクラウディア・アーデルハルトだ。コイル家と同様に伯爵家であるアーデルハルト家の長女である。ディディというのはクラウディアの愛称だ。ローズがノアに注目するのを見て、クラウディアもノアに注意を向けていた。


 「それに、会長が後輩の試合を観戦に来るなんて珍しいですから」

 「奴は例外だよ。まあ、見てみればわかる」


 そう言って、ローズはクラウディアに隣りの席を勧める。クラウディアの目には、決闘は拮抗しているように映った。なにせノアの装備は木剣で、ケールは燃え盛る魔剣を振り回しているのだ。ノアの負けはないかもしれないが、勝ちもあるまい。


 「会長は、あの編入生が勝つと思っているのですか?」

 「ああ、あいつが勝つだろうな」


 周りを見渡しても、弛緩した空気が流れている。ノアが噂通りのメチャクチャな強さを見せないことに、失望と安堵感が流れていた。


 「バカな!」


 そう言ったのは、観客の誰であったろうか。空気を緊張させる、信じ難いことが起こった。ノアがいつの間にかケールの腰にあったはずの鞘を片手に持ち、ケールの【 火炎剣(イグニス・ブレード) 】の刺突をその鞘に収めたのだ。相手に気づかれずに鞘を奪い、正確に刃を収めるなど、尋常の技ではない。

 

 「うそっ!?」


 ケールも驚愕の絶叫を堪えられずにいた。ノアは魔剣の収まった鞘を捻り、未だ驚きの最中にいるケールはこれに対応できない。ケールの手からするりと魔剣を抜き取ったノアは、そのまま魔剣を少し抜き、ケールの首筋に軽く当てた。

 直後、カランッという軽快な音が響く。それはノアが放り捨てた木剣だった。


 「貴女の負けだ」

 「クッ!……卑怯よ!相手の装備を使うなんて!!」

 「貴女がなんと言おうと、俺もジークも自由にさせてもらう」


 ケールは敗北の屈辱からか、顔を真っ赤にして、奪われた家宝の魔剣を見つめるのみ。一方的に勝利宣言したノアは、魔剣を放り捨て、踵を返して歩き出す。あり得ない迂闊さだった。ケールはまだ気絶も降参もしていないし、ラチェット教諭も勝敗の宣言をしていない。己に屈辱を与えた者が背を向けて歩き出せば、ケールが何をするかなど考えるまでもないだろうに。


 「ああぁぁぁああ!!【 火炎剣(イグニス・ブレード) 】!!」

 

 案の定、ケールは地面に転がる魔剣を拾い上げ、憎きノアの背中に斬りかかる。自分の発案の勉強会を蔑ろにされたこと、決闘に勝てないこと、魔剣を放り捨てられたこと、これらの怒りが爆発していた。

 ノアが焼き斬られる姿を幻視したのか、誰かの悲鳴があがる。だがクラウディアは、ローズの表情が先ほどと変わらないことに気付いた。そのことに違和感を感じる前に、先ほどよりさらに信じられないことが起きた。ノアが何某かの魔法を小さく唱え、振り下ろされる刃の側面を……


 「ふっははは!冗談だろう」


 ……裏拳で殴り折った。ローズは愉快そうに笑っているが、クラウディアは戦慄している。燃え盛る魔剣を素手で殴り折るだなんて、人間の所業だろうか。いや、普通の真剣でも、その難易度は想像を絶する。

 ノアは体の回転を利用して、左拳をケールの鳩尾に叩き込み、決闘を終わらせた。歓声は上がらない。なぜなら皆、二度にわたって為された神業に声を奪われているからだ。

 ラチェット教諭が勝敗を宣言し、動けないケールが医務班に運ばれたところで、ようやく観客が声を取り戻し騒ぎ始めた。だが、この信じられない決闘を目の当たりにしても静かな者が一人。


 「……奴を生徒会に入れよう」


 ローズは静かに、久しぶりに現れた『玉』を手元に置くことを決めた。


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