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札付きの騎士  作者: トムヤムクン
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4/25

初戦闘

 イリアス学院は優秀な武官や高級文官、魔法関連の研究者や技術者の育成を主な目的として創設された。そして誰が有能な人材であるかは、成果からしか判断できない。幅広い状況に対応できる汎用性と磨き上げられた専門性。その二つを生徒に叩き込むことが、学院のカリキュラムの目的である。


 「はい、では授業を始めます。今日は前回の続きの、同系統の魔法の干渉から」


 選択授業は三年生からで、一年生と二年生の授業は全て必修となる。座学と魔法実技、武器術など様々な授業が目白押しだ。

 

 「教科書の二章を開いて下さい。忘れた人は先生の話と黒板に集中して、隣の人に見せてもらうことなどないように」


 一限目の授業は『魔法理論基礎 I 』。魔法はどのように働くのか、魔力の性質はどのようなものかを扱う学問の初歩を取り上げる。白髪が混じり始めた初老の男性教師が教壇に立って、講義を始めた。


 「同系統の魔法を正面衝突させた場合、結果は大きく分けて二通り考えられます。一つ目が互いに干渉して、内包する魔力量が減衰しながらすり抜けるというもの。この時の減衰についての公式が、系統ごとに解明されています。試験の際には、この減衰の公式で計算してもらいますが、問題文で公式が与えられるので覚える必要はありません。黒板に今私が書いた図が、減衰の過程をデフォルメしたものです。教科書の一章でも述べられているような魔力の干渉が、このプロセスに関わっています」


 理路整然とした講義が続くが、ほとんどの生徒が聞いていない。あくまでこの授業は魔法と魔力の理論を学ぶもので、魔法を使うための授業ではないためだろう。入学してもう一ヶ月、様子見の期間は終わり、怠けられそうな科目で怠ける要領の良さが『横行』している。無断欠席しないだけまだマシなのかもしれないが、露骨に無関心が顔に出ている。それこそ進級するために受けてます、という顔だ。だからこそ、ちゃんと授業を聞いているノアや少数の生徒は教師からとても目立っていた。


 「二つ目が、すり抜けずに一方だけ消失するというもの。この時の消失する方の魔法が一般に攻撃魔法、消失しない方の魔法が防御魔法と呼ばれる魔法で、学術的にはそれぞれ透過魔法、非透過魔法と呼ばれます。では、なぜ非透過魔法は魔法を、あるいは魔力を通さないのでしょうか?……ノア・シラン君、答えられますか?」


 こいつも一ヶ月したら話聞かなくなるんだろうな、と思いつつノアを指名して立たせる。他の大部分の生徒に聞いても、分かりませんとか、聞き逃しましたとかいう答えが返ってくるのは、この学年に限った話じゃない。男性教師は、ノアが真面目なうちに有意義な授業を受けさせたいと思っていた。

 一方、ノアは講義の最中に当てられたことにかなり驚いていた。ノアの知っている講義、研修は教官が一方的に教えるスタイルを取っていた。こんなふうに生徒の予習状況や理解度を問うことなどない。


 「魔力の粒子性が関わっていると考えます。非透過魔法を構築する魔力は互いに近接し、強く結合しています。衝突の際に減衰はしますが、魔力同士の結合張力によって非透過魔法の形は保たれ、結果として透過魔法を通しません」

 「その通り、素晴らしいですよ。よく勉強していますね。シラン君の言ったように、魔力は粒子性と波動性を兼ね備えます。詳しくはもっとずっと後にやりますが、魔力同士が強く結びつく魔法が防御魔法だと覚えていれば今は十分でしょう」


 教師の言葉は本心である。魔力の粒子性云々は一年生の教科書には載っていない内容であり、現段階では雑でアバウトな説明しかされていない。教師は、ノアが魔法理論に興味のある研究者志望の子なのだろうかと考えていた。

 

 「先程の、すり抜ける衝突は攻撃魔法同士をぶつけた場合に起きます。そして攻撃魔法同士の衝突の公式は、攻撃魔法と防御魔法の衝突を考える際にも使えます。詳しい数式は教科書の中程の導出を見てください。これらの意味は……」

 

 それから、ノアや別の真面目な生徒を当てつつ授業は進んでいく。ノアにとっては満足いく内容だ。精鋭とは、才能ではなく熱意と教育が噛み合って誕生するというノアの信念からすれば、一つ一つ丁寧に教えてくれる男性教師は理想的である。目の前の授業に没頭していた。

 だからだろう、ノアは気づけなかった。隣のジークがノアに対して向けている疑惑の視線が鋭さを増していることに。

 


 ◆◆◆



 ジーク・グレートベア。イリアス学院の特待生の一人。イリアス学院はエリート養成機関であるだけに学費が高いが、特待生は学費が免除されるだけではなく、逆に返済不要の奨学金が交付される。破格の厚遇を受ける特待生だが、当然果たす義務も大きい。まず筆記試験のある全ての科目で上位25%に入る必要があり、二回連続で同じ科目を落とすと特待生の資格を失う。その上、卒業後の進路の自由もない。ジークの場合、魔法の才覚を見出されたため、卒業後は騎士団に所属することが現時点で決められている。

 商才を欠く父親が事業に失敗し、父親は自殺し母親は蒸発、一家は離散した。16歳のジークには守ってくれる人がいない。自分と妹と弟は、自分自身の手で守らなければならない。『貧乏』こそがジークを縛る鎖であり、同時に原動力でもある。


 「よう、ノア。早く更衣室に行こうぜ」


 ジークはノアを遠ざけるより、近づくことを選んだ。入学して約一ヶ月、自分ほどの貪欲さを持った者はいないというのが、自クラスを観察したジークの結論だった。優秀な学生が集まるとは言っても、所詮は温室で大切に育てられたボンボン、取るに足りない。

 

 「ああ、助かる。更衣室の場所がわからなかったから」


 だからこそノアの身体つきと学識には驚き、警戒していた。ジークはすでに、一年生のうちに使う教科書を全て最後まで目を通している。故にノアの先程の教師への返答が一年生の内容を超えており、平易な表現ながら専門的であったこともわかった。探りを入れる必要を感じていた。


 「すげえ身体だな。何かやってたのか?」

 「まあ、徒手空拳を少しな。お前もかなり鍛えてるな」

 「ああ、まあな」


 二限目の授業は『魔法実技 I 』。上級生が履修する訓練のための導入のような位置付けで、まず魔法に慣れることが目標だ。屋外の演習場に教室と同じ並びで生徒が整列している。


 「整列!これより、魔法実技の授業を始める!礼!」

 「「「よろしくお願いします!」」」


 特待生であり続けること、奨学金で家族を守ること、それらがジークの目標だった。

 

 「各自で柔軟を済ませたら、トラックを自分のペースで五周!はじめ!」


 全員が体をほぐしてから、走り始める。そんな中でジークは頭ひとつ抜けていた。他より念入りに柔軟をして遅れて走り始めたが、グングン追い抜いている。身体能力ではジークは学年でも指折りだ。


 「今日はまず見取り稽古を行う!ノア・シラン、前へ!」

 「……はい」


 柔軟を終えてトラックを五周走って再び整列したら、いきなり矢面に立たされてびっくりしているノア。まあ、無理もあるまい。朝のノアへの質問攻めでも、実技試験の件は言及された。当然教官の耳にも入っているだろう。


 「シランは編入試験の際、優れた魔法技術を示した!これから誰かにシランと模擬戦をしてもらう!名乗り出るものはいないか!?」


 いちいち声を張り上げる教官にうんざりしつつ、いきなり戦わされるノアには同情する。ジークは名乗り出ず、観戦することにした。黙っていても、名乗り出る者に心当たりがある。そいつとの模擬戦を観察してノアがどの程度なのか推し量ろう。


 「教官殿、もし宜しければ、対戦したい相手がいます」

 「ほう、言ってみろ」

 「ジーク・グレートベア。彼と戦いたい」

 「……!?」


 ジークの心当たりの人物が手を挙げるほんの一瞬、何故かノアがジークを指名してきた。


 「……教官殿、自分では不足です」

 「いいや、私もお前が適任だと考えている」


 くそったれ!そう心の中で毒づいて、そばにある鉄製のカートから木剣を取り出して構える。同じようにノアも構えていた。


 「これはただの試し。親睦を深めると思って、気楽に付き合ってくれ」

 「……ああ」


 見方によっては良い展開かもしれない。噂の編入生をダシにして、教官に自分の実力をアピールする。まあ、半分以上博打だが。ノアが圧倒的に強いと成立しない。


 「先手はもらうぞ」


 イリアス王国に限らず周辺地域において、魔法とは主に戦闘の術である。故にこの授業では、魔法だけでなく武器の扱いも習う。

 まずは、ジークがノアに上段から切り込んだ。全くの小手調べであり、ノアの対応を見るつもりだ。対してノアはこの攻撃を左に滑るように動いて回避、そのまま右手で握った木剣で突き込む。ジークは素早く木剣を戻して、ノアの突きを逸らす。それを読んでいたノアがもう一歩踏み込み、その左の拳がジークの頬に叩き込まれた。


 「ぐはっ……」

 「先制打はもらったぞ」


 一旦後ろに跳んで距離を取るジーク、対してノアは泰然に木剣を構えている。ジークとノアの身長はほとんど変わらない。先程と同じように、攻防を再開する。数合の打ち合いの後、ジークの右手が強かに打たれた。

 ジークは体術の技量には差があると理解した。しかし、これは魔法の授業。魔法を組み合わせた剣術なら、そう簡単に負けるつもりはない。ジークの適正魔法は『火』。木剣に炎を纏わせることはできないが、やりようはある。


 「حريق ، احضر 【下級火矢(ファイアー・アロー) 】」

 「【身体強化(フィジカル・ブースト) 】」

 

 ジークは二節の詠唱の後、火属性の【下級火矢(ファイアー・アロー) 】を放つ。ノアは無詠唱で無属性の【身体強化(フィジカル・ブースト) 】を使い、ジークの頭上に跳ぶ。空中では身動きが取りづらい。ジークは続けて【下級火矢(ファイアー・アロー) 】を頭上のノアに向けて数発放ち、ノアの着地に合わせて木剣による斬撃を仕掛けようとする。

 

 「【空中歩行(エア・ウォーク) 】」

 「おいおい、マジかよ……」

 

 信じられないことに、ノアが空中を蹴った。空中で方向転換して【下級火矢(ファイアー・アロー) 】を躱し、ジークの右側に着地し、木剣を片手で突き込む。ジークも木剣を構え直して応じるが、ノアの不自然な加速に対応しきれず、首筋に木剣をピタリと突きつけられた。


 「……参った」

 「そこまで!全員、二人に拍手!」


 教官が終了を宣言し、拍手が起きる。


 「いい試合だった。ありがとう」


 そう言って、ノアが握手を求めてくる。その手を握りつつノアが使った魔法について尋ねる。少なくとも、ジークの知識に【空中歩行(エア・ウォーク) 】という魔法は存在しない。


 「なあ、さっきの魔法って……」

 「ああ、あれは俺の固有魔法(オリジナル)だよ」


 ジークはノアへの警戒を解くことにした。固有魔法(オリジナル)とは、既存の魔法に存在しない自分の独創の魔法のことだ。自分と同い年であるにも関わらず、固有魔法(オリジナル)を生み出すノアに対して、現段階の己では逆立ちしても敵わないと諦めた。

 教官へのアピールは叶わなかったが、相手が悪かった。そう思って、ジークはこの負けを受け入れた。



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