二人目
ここで久しぶりに私の現在の資産……ではなく、負債についてまとめておこう。
振袖を作るための資金として着物産業を担保にニブラから借用したのが大金貨五枚。
振袖と羽織の純売上が大金貨二枚あったが、これは全てラザ国で発生した新たな借金への返済とあてあられることになる。
よって現在の借金は大金貨五枚のまま変動なく、手持ちの金も一銭もない。
布ナプキンでいくらか稼いで入るがこれは生活費と材料費で消える。返済に当てるほどの捻出は難しいのが現状だ。
ミゲルの紹介によってもらったのは普通の金貨五枚。大金貨一枚は金貨十枚に相当するというから、これは大金貨二分の一の値だ。
つまり、返済額まであと大金貨四枚と金貨五枚。
なんだかな……。
ありがたくないわけではないが、焼け石に水である。さらに悪いことに、現在は次の仕事も見つかっていない。
返済期間十ヶ月のうち、振袖を作ったり旅に出たりしているうちにすでに半分の月日が経過しており、完済は絶望的だった。
借金があると日々の食事にすら罪悪感を覚える。このパンの代金を返済に回した方が……でも食べないと生きれないし……などと思考回路がループする。
グリーが言ってたようにトレジャーハンターで一攫千金を狙おうかな。でも私が洞窟探索とか、一攫千金どころか逆に命を失いそう……などと、暗澹とした思いで、せめてもの気晴らしに自分用の新しい帯を作っていた。
この帯の素材はラザ国で購入したストールである。
ちょっと躊躇したけれど、思い切って幅三十センチ強に裁断。一メートルちょっとが四本とれたのを一本にして、三十センチ×四メートルの長ーい帯にする。これで兵児帯の完成だ。幅広なので胴に回すときはだいたい半分に畳んで結ぶ。
兵児帯は薄くて軽いのでとにかくアレンジが自由自在。令和の着物女子はみんな一枚は持っている必須アイテムだ。浴衣にも流用しやすい。これでまたコーデが増えた!
我ながら満足のいく出来にうっとりしているとき、空けた窓からザワザワと喧騒が風に乗ってきた。
この感じ……なんか覚えがあるぞ……
アパートの下に降りると、案の定アントワネット馬車が路地を塞いでいた。
「やっぱりゼランさん! もう!」
「まったく、いつもながらここは狭くてかなわんな」
ゼランは馬車の中から辟易しながら言う。
「逆だ逆! 狭いと知っててこんな馬車で来ないでくださいよ」
「昔から私の移動は馬車なのだ」
昔から迷惑かけてんのかい。
悠々と降りてくる彼の姿を見た時に、今度は別な違和感を感じた。
「……なんか痩せてません?」
もうちょっと正確に言うと、やつれた感じ。頬骨が出はじめていて目の下のクマもひどい。
だが、ゼランは目も合わさず吐き捨てる。
「……連日の調べものが祟っただけだ。気にするな」
「一人ですか? お付きは?」
「今日は私用だ。護衛は税金がかかるから公務にのみつけている」
「馬車で来たくせに」
「これは私財だ」
きっちりしてますな。
「でもまぁちょうどよかった、私もゼランさんに会いたくて」
「そ……そうなのか……っ!?」
「ラザ国の借金を返納しようと」
「あ、あぁ……」
二人目の訪問者であった。
この人がここにくるのは別段意外でもないが、後に説明される目的が少々意外だった。
部屋へ大金貨を取りに戻るが、ゼランは戸口に立ったままだった。
「ではこれ、確かに」
「お前に即金で返済できる金があったとはな」
「私の国にこんな言葉があります、『愛想尽かしは金から起きる』。人間関係に悪影響を与えないうちに早々に処理したいんです」
「うむ。私から国庫に返納する」
お願いしますと頭を下げる。
「で、今日はどういったご用事で?」
「実はな」いつになく神妙そうだった「お前を元の世界に還すための妙案を思いついた」
「えっ……」唐突だったので脳に浸透するのに時間がかかった。「ほっ本当に!?」
「そのためにまずエルフの力を借りねばならない。お前の友人を紹介しろ」
「スルーフを? それはいいですが……」
ゼランとスルーフ? 変な取り合わせ。
「神官のあなたが私に頼み事とはね」
スルーフがフンと鼻をならしながらぶっきらぼうに言い、ゼランもまたフンと鼻をならした。
「本来エルフに頼み事などしたくはないが、私は使えるものは何でも使う主義だ」
以前からなぜか二人の間にはギスギスしたものを感じていて、しかしそれはゼランとスルーフという個人ではなく(そもそも私を介する以前の二人の面識はない)、人間とエルフという種族間に関することではないかと思われた。
二人共、テーブルを挟んで顔を見合わせてはいるが着席はしない。互いに長話をする気はないという暗喩だ。
「ご要望は何かしら」
「エルフの書庫を見せてもらえるよう橋渡しをしてほしい」
「書庫を? なぜ?」
「ある魔導書を探している」
あぁーそういえばだいぶ前に言ってたな、スルーフの故郷に古代魔法書とか魔導書が集められた書庫があるとかって。
「ある魔導書?」
「悪魔の魔導書だ」
「だから、それはなぜよ!?」
「サクラコの帰郷に必要だからだ」
「……魔導書が必要とは思えないけど」
「私ほど眼光紙背に徹しなければ分からないだろう」
スルーフがムッとする。
故郷というと、つまりエルフの村だよね? スルーフみたいな感じの人がいっぱいいるんだ。わぁなんか素敵。私は妄想する。
「エルフの国かぁ。行ってみたいなぁ」
何気なく口をついて出た言葉だったが
「「絶対ダメ!」」
ソリの合わなかった二人が突如同時に拒絶の言葉を発したので、面食らった。
このときはわけが分からなかったが、後から考えると二人が必死になって私を守ろうとしてくれていたということがよく理解できる。
私が興味を持ってしまったのが悪かったのか、
「……まず手紙を書くわ」スルーフが話をまとめにかかった。「でも私は村を出てきた身だから現在の村の様子はわからないし、知り合いも多くないわ。あまり期待はしないで」
「承知した。だがサクラコのためだ、できる手は尽くしてほしい」
スルーフはゼランが帰るとすぐに、サラサラと羊皮紙に何事かを書き、封蝋で止め、その封筒にさらに何やら魔法陣を書いた。
手紙と名はついているが、届けるのは風魔法ということだ。
よくこんな円陣をフリーハンドで書けるなぁ。しかもびっしりと書かれた細かい文字は、全部羅列を暗記しているわけ?
「これで特定の相手に届くの?」
「この魔法陣があればね。人を判別させることもできるけど、今日は魔導書庫までだから場所宛ね」
これが住所になるのか。
「どれくらいで届くの?」
「天気も悪くないし、明日の朝あたりには着くんじゃないかしら」
何やら呪文を唱えると魔法陣はパァッと青白く輝いて、そのまま風に乗って空中をすっ飛んでいった。
子供の頃ファックスってこうやって送られてると思ってたやつだ。なんかシュール。




