一人目
私達の姿がだいぶ遠くなるまでユカタは手を降って見送ってくれた。やっとヤツの中身にも可愛げが出てきたか。
「もう旅の疲れは取れたか?」
イラールはいつも気遣ってくれる。
「疲れは取れたけど、今はまた熱中症になりそうだよ」
「それはキモノだからだろう。まったくこの季節だけでもワンピースにすればいいのに、頑固だな」
「イラールこそ疲れは取れたの?」
「私はあの程度の旅では疲れない」
「さっすが神官付きの騎士だね!」
「……」
なんだか急に顔が曇った。
「どうしたの? 本当はやっぱりどこか調子悪いの?」
「いや……」そして若干の言いよどみの後、こう続けた。「私ではない。ゼラン様だ」
「ゼランさん?」
「帰国以来ずっと神殿のこもりきって天帝に祈りを捧げている……こんなに長時間の祈りは初めてだ。食事もあまり取っていないようだったし」
「へぇ……」
「国交はかなり善処しているように思えたが……サクラコは何か思い当たるふしがあるか?」
「……」
思い当たるふしは、ある。無関係ではないだろう。
だが私の口から彼の禁忌の告白を言うのははばかられたし、かなり照れくさい。今はもうひたすら帰還の可能性が出てくるのを願うばかりだ。
暑さに耐えきれずに、魔法を使える一部の人は自分に風魔法と水魔法を使ってミストを浴びている。そういう人とすれ違うとこちらにも冷涼のおこぼれに預かれる。
風になびいて同じ年頃の娘たちが大きなリボンが腰についたワンピースの裾を抑えた。
「……つか、ラザから帰国してからこっち、やたらリボンしてる子が目につかない?」
髪しかり、服しかり、アクセサリーしかり。ほとんど全員が体のどこかにリボンをつけている。
「私達がラザに行っている間に流行ったらしいぞ」
「流行りねぇ」
年中着物の私にとってはこっちの世界でもあっちの世界でも流行は関係ない。なにせ着物事態が百年前の流行だから。
「サクラコお姉様、ごきげんよう!」
「ストラちゃん、久しぶりーっ」
バドール家に到着するとすぐにストラの熱烈な歓迎を受けた。私達はぎゅっとハグしあう。
スルーフとは違うやわらかい肉体の抱き心地がたまらない!
「ラザ国はいかがでしたの?」
「食べ物が個性的で美味しかったよ!」
「金の輸入の交渉も上々と伺ってますの。これからに期待ですの」
「これはお土産だよ」
「あら! 素敵なお色のストールですの!」
「私とスルーフと色違いでお揃いだよ」
「お姉様方とお揃いなんて初めてですの! 嬉しい!」
いつも当主としてしっかり者のストラが、年相応の可愛らしい少女の顔を見せてこちらもキュンとくる。
「それで今日は……?」
「そうそう、サクラコお姉様にどうしても見せたいものがありますの!」
手を引かれていつもの応接間に連れて行かれる。ご機嫌で、まるで踊るように歩く。
「えーなんだろう?」
「うふふ、きっとびっくりなさいますの」
そう言いながら観音開きした扉の先には
「うわぁ……!」あの振袖が広げたままで大きなハンガーラックに掛けてあった。「衣桁だ……! どうしたのこれ!?」
衣桁とは着物をかけておく専用の道具で、ハンガーというより家具である。ミニチュアの(といっても私の背丈よりは大きい)鳥居のような形をしたものに着物をかけてあるところをテレビや施設だけでなく、旅館の部屋の片隅に二つ折りのタイプが置いてあるので、見たことがある人も多いだろう。
たまに着物の保管というとこれに掛けていると思われたりもするが、実際は場所も取るし、三万円以上する高額商品ので、私はおそらく一生使うことはないだろう。
「うちの職人にキモノを飾るための家具と所望し、作っていただきましたの」
「さすがだ……!」
本物のことは知らないであろうに、それでもこの形にたどり着いたのは職人さんには感服より他ない。
「フリソデがあまりにも美しくて、クローゼットにしまうよりもたくさんの方の目に触れたほうが良いと思いましたの! それからこちらも!」
横にはセットで帯のためにミニチュアのようなサイズも作られていた。
「撞木まで! 私の祖国にあるものとそっくりだよ……!」
撞木とは、我々着物ファンの間では帯を下げて展示するための自立式ハンガーのようなものを言う。
元を辿れば仏具の、鐘を鳴らすための棒をさすのだが、同じ丁字型であることから名前が混同、もしくは共有されたと思われる。
「絵画としても扱えるドレスなんて画期的です」
家宝のブローチと並んで飾られる振袖は、ルゥバの手書きの絵も相まって芸術品そのものであった。
「素敵なものを見せてくれてありがとう……! ルゥバさんもきっと喜ぶよ」
「あら。本題はこれからからですのよ」
「そうなの?」
「私も立ち会いますが、招客したのはあくまでもルビルですの」
そうでした。
「サクラコ殿、ご足労いただきありがとう存じます。切にお願いしたい儀がありましてな」応接室にやってきたルビルが丁寧に挨拶する。「実は、帯のことですがな」
「帯が? 何か?」
「柄を書いた人物のことです」
「紅型の?」
「それです」
「私の友達ですけど」
「えぇ、それはパーティーで伺っておりました。どういった人物か詳しく教えていただきたいのです」
「どういった……? 男の子ですよ。街のレストランで働いてます」
「レストラン? 経営を?」
「いえ、下働きで」
「絵の修行はどちらで?」
「修行? さぁ……多分独学です」
「あの草木の構図は実に生き生きとしていたが、他の作品もあるでしょうか?」
「私が根付……木彫りの彫刻をつけたキーホルダーみたいなもの持ってますし、本人に言えばたぶんいくらでも見せてくれるかと……あの、何がどういうこと?」
「実は」ルビルが前のめりに強く言った。「今回ラザ国から金の輸入を増やしていただけたことで、サクラコ殿のご提案だった安価な装飾品を作ることも可能になりまして」
わ! あのアイディア採用されちゃったんだ! 話が大きくなるとビビるなぁ。
「それに伴って職人を増やすことにしまして」
「えっ……まさか」
「是非ともその人物をご紹介いただけませんか。私の元に弟子入りさせたいのです」




