歓楽街
「最後の晩かぁ……」
明日からは復路につくことになる。せっかくの最後の夜、なんだか休むのももったいない気がする。
あの素敵な庭園を夜間散歩でもしようかな。
明日に備えてすでに早寝したイラールを起こさないようにそっと部屋を出ると、
「ん?」
廊下の奥からユカタがスキップしてきた。やたらご機嫌である。
「どこかに行くの?」
「ん? んふふぅ~」ホクホク顔で手のひらの銀貨を見せてきた。「ゼラン神官からお小遣いもらっちゃったぁ」
「お小遣い? ……あぁ」
例の約束か。
「そんなわけで、俺ぁ今から出かけてくるぜぃ」
「歓楽街だっけか?」
「そ。一緒に行くぅ?」
こういうとき、男の子は別な生き物に見える。鼻の下の伸びたデレついた顔に、ムカつきを覚えた。
「……行く」
このときは彼に嫌がらせしたい一心だった。
『ラザ国は女がいい』と以前グリーも言っていたが、歓楽街は昼間のバザールよりも明るく照らされ活気があった。まばゆいばかりに華やいで気分が上がる。
「本当に付いてくるなんてぇ……」ユカタがうなだれた。「女の子連れじゃ行きたいとこにも行けないよぉ」
「好きなお店に入ればいいよ。そうしたら私は先に帰るから」
「好きなお店を見られるのが嫌なんだよぅ!」
ほぼほぼ涙声。それほどのことか、と思うのだが、おそらく彼にとってはそれほどのことなのだろう。
「てゆーか一人なんだ」
「ルゥバ魔法士は一応誘ったよぉ。でも『は、初体験はある日突然天から降りてきたロングヘア天然系女神に「あなたの願いを一つだけ叶えます」て言われたときにって決めてるんで!』って頑なでさぁ」
「目に浮かぶよ」
つか初体験なのかよ……知りたくなかった情報。
「理想を追ってる男てのは自分で自分に呪いかけてんのなぁ」
「理想の人なんて存在しないしね」
「それなぁ。あぁいうのに限って、理想と全然違うタイプでも押し切られるとあっという間に落ちるんだからさぁ」
「ユカタ君こそ口を開けば女の子の話するけど、他に考えてることないの?」
「まさか! もちおろんあるよぅ!」
「へぇ!」
「昼飯おいしかったなぁとか、夕飯は何食べようかなぁとか」
「……」
道の両側には布地の少ない衣装のお姉さんが色とりどり待ち構えていて、あれこれ声を掛けてきたり、セクシーなポーズでアピールしてきたり。
職種に偏見はないつもりだが、自分の体を自由にする権利を他人にお金で譲るというのは自分だったらと思うとぞっとする。しかし彼女たちには彼女たちそれぞれの事情があるだろうから現状は深く考えないようにする。
「はぁい! うちは椅子一脚からあるよ」
という謎の掛け声もちらほらと聞こえる。
「あれは何? 家具も売ってるの?」
「いやだからぁ……椅子に座って何かできるよってことでぇ……」
「えっ!? 椅子一脚分のスペースで足りるの!?」
「足りる時もあるしぃ、でもまぁ俺としてはもうちょっと広い場所が必要な方が希望っていうかぁ」
「詳しいね」
「初めて来たのが五年前でぇ……いや言わせんなよぅ」
「いろんな人と遊ぶより、たった一人お互い好き合える人を見つけたほうがよくない?」
ここらへんは本当に理解できない感覚だ。
「たくさんの女にモテたいのは男のロマンだよぉ」
欲望だろ。
「不特定にモテたいという感覚がもう理解不能なんだよ。たくさんの人に言い寄られてその中から一人を選ぶというならわかるけど、全員と関係したいとか意味わかんない」
「でもどうせ君が付き合ってくれるわけじゃないんだろぉ」
「ユカタ君はパワーが強いタイプだから、同じくらいパワーがある女の子がいいと思うよ」
「しれっとフるんだからぁ」
「女の子にモテるためじゃなくて、人の役に立てることをすれば女の子が見てるよ」
「見てなかったら?」
「見てるよ。他人は案外、見てるから」
「でも見てなかったら、優しくした労力は無駄になるってことじゃん」
「言ったでしょ、女の子にモテるためじゃなくて人の役に立てって。身近な人にすら好かれない奴が異性に好かれるわけないじゃん」
私の言葉が伝わったのかはわからないが、単にバツが悪いだけかもしれないけれど、ユカタは結局お姉さん方に自分から声をかけたり料金交渉をしには行かなかった。
「今日我慢したら女子の好感度上がるかなぁ?」
「上がんない」
「なんでぇ!? おこずかいもらったのに我慢したんだよぉ!?」
「悪いことをしなかったというのは当たり前だから、下がらないけど上がらない。ポイント上げたければ良いことをしないと」
「良いことって?」
「気を使えばいいよ」
「俺は女の子には優しいじゃん」
「他人に優しくするのは人間として当然。そのうえで気遣いをするの。意地悪したりからかったりは絶対ダメ」
「えぇ? でも意地悪してるのは本当は好きだからだしぃ」
「本当の気持ちとか関係ない。『今意地悪された』という事実が問題なんだ」
ユカタがレディファーストという概念について頭を捻っていた時、
「ねぇねぇ! 君たち二人とも店決まった!?」
辟易するほど積極的な客引き男性に捕まった。
「結構です」
と言ったのだが、向こうはすぐには引き下がらなかった。
「よかったらうちにどう!? 二人ともOKだよ!」
「二人でもいいんですかぁ!?」
ユカタの声がうわずったのも一瞬。
「いいよ! うちは今は女の子不足だから、今日から働けるよ!」
スカウトマンだった……。




