唖然
「は? おばあちゃんが? 何言ってるの?」
彼が何を言っているのか全く意味がわからず、不審にさえ思った。だが珍しくルゥバは引かなかった。
「で、でも会話の端々に布石が……オ、オタクが同士を見抜く第六感は確かです!」
「そんなこと言ってた?」
「た、確かに!」
まさか。
だが振り返ると、リプはなんと真っ赤になってぷるぷる震えていた。
「……えっ!? もしかして本当なの!?」
驚く私をよそにリプはキッとルゥバを見据えた。
「どうして分かった!?」
「ほ、ほええーー!?」
「今まで誰にも言わへんかったのに!!」
「い、一般人は通常『ダンジョン』とか言わないかと思われ」
「……言わないかい?」
私の顔を見てくるのでこちらも首を傾げた。
「だんじょんって何?」
「……言わへんのか……」
「ほ、他にもちらほらと」
「さっさすがは魔法士、こちらの隠し事に目ざとく気付くとは……!」
「か、隠してるつもりでしたか!? ダ、ダダ漏れでしたが……」
「おおっと!!」
私にはまだ自体が飲み込めない。
「おばあちゃん……? ゲームって……!?」
「家族の誰にも言うてへんかったけど……うちはウィザードリィ時代からのユーザーや」
「えっ? 何?」
「つまり、うちはあんたが生まれる前からずっとファンタジーゲームを楽しんどったんや」
「はぁ……」
まだ飲み込めない。
「義母、つまりあんたの曾祖母はんがえらい古い人で、女は家のことだけやっとったらええって外にも出されん小遣いもくれん人で。京都から嫁入りしたばかりのうちに、許可されたんは着付け教室だけやった……」
「あぁ、それで……」
「着付けで稼いだお金で気晴らしにパソコンを買うたんや。これなら一つ買えば長い時間遊べる思うて……」
「ネットくらいやってるのは知ってたけど……でも、おばあちゃんって夜は早くに寝ちゃってたよね?」
「夕食後は早うパソゲがしとうて、さっさと食べて部屋に戻ってただけ。寝てへん」
「パソゲ!?」
「お江戸で知り合いもいないうちを助けてくれたんがファンタジーの世界や。夫が死んで一人部屋になってからはいよいよ楽しくて、夜になるとデスクにパソコンをひろげて繋いで」
「いつも使ってた和机のこと!? なんかごつい座椅子と一緒の……」
「あの座椅子はゲーミング座椅子なんや」
「ゲー……何!?」
祖母の口からは出ないであろう単語が連発して、貧血のせいだけではなくめまいがした。
「本当はずっとうちもいつかこないな世界でいきてみたいなって思うとって! せやから夢がかなった今、毎日新鮮でおもろおして!」
「じゃあ、ずっとこういう剣と魔法の世界について詳しかったの!?」
ただただ唖然とした。着物が好きで堅苦しい頑固者だとばかり思ってたのに!
だがその一方で、思い返せばなにもかも府に落ちる。孫に対していまいち愛情が感じられなかったのは、ゲームにウエイトがかかっていたためか。
この世界に転生できたのも祖母自身がこの剣と魔法の世界で生きることを強く望んだからとしか思えない。
「でも! 部屋の整理したけどそんな痕跡なかったよ!?」
「最後の入院の直前にゲーミングマウスとパッドとキーボードとヘッドセットはまとめて行李に入れて物置にしまった」
「物置なんて見てないよぉ」
家族といえどもプライベートタイムがあり秘密がある、それは当然のことだ。それにしてもこのギャップはあまりにも振り幅がでかすぎる! 着物からゲームまでって!
「……」
もう絶句しか出ない。
おばあちゃんはこの世界について詳しくないだろうと勝手に決めつけていたけれど、私よりもよっぽど玄人だったなんて。
喧嘩は意気消沈し、とはいえこちらから謝るのもなんとなく癪だし、フォローするのも違う気がする。
その時ふと、私の胸に去来するものがあった。
「ねぇリプ、あれ作ってよ」
「あれってなんや」
「どら焼!」
ケンカはしょっちゅうしてたけど、こんなおねだりなんて子供の頃依頼かもしれない。
リプも若干びっくりはしつつも、すぐにどら焼かぁと言った。
「……そういやうちも久しぶりに食べたいわ」私の意図を読んだのだろう、こちらにノリを合わせてくれる。「したらテヴェ豆が必要やな」
「あの青い豆?」
「そや。こっちに来てから色々食べたけど、これが一番小豆に近いね」ってことは青いあんこができるのかぁ。「ほなグリー、ここはもういいからひとっ走りテヴェ豆を買ってきておくれ」
「えぇ!? 俺かよぉー!?」
嫌がるグリーの脇から
「せ、僭越ながら某が……!」
ルゥバが挙手をした。この人がこんなに積極的なんて珍しい。
「いいのかい?」
「そ、某もあんこが食べたいのです!」
「おや、あんたも転生組かい?」
「そ、そうでございます」
「魔法士だもんね。風魔法でひとっ走りたのむよ。砂糖もたっぷりね」
わぁ! 五年ぶりのおばあちゃんの手作りどら焼きだ!




