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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
着物女子のプロローグ
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魔法って……!

 店を出ると、いの一番に先程見た露店でサンドイッチを買って頬張った。

 付近で大きな壺から何かを汲み出しているなぁと思っていたらミルクを売っている人だった。とても飲みたかったがコップを持参しないといけないようなので諦める。


 お姉様は質屋の外に一時置きしていた水瓶をまた抱える。

「あなたが随分遠くから来たみたいなのはなんとなく分かったけど、その髪型教えてくれる時間はあるんでしょうね?」

「もちろんです」

「私はこのあと仕事に行くんだけど、それまでにその完成するかしら?」

「すぐです。私がお姉様の髪を結います」

「髪飾りの値段交渉もあるし、一度私の家に行きましょう。あと、そのお姉様ってのもいい加減やめて。私はスルーフよ」

「私は桜子です!」

「サクラコ? 変わった名前ね」

 みんなに言われるのかなぁこれ。



 先程いた大きな通りから路地を抜けるとまた大きな通り。その路地を少し入った日の当たらないアパート。

「ここよ」お姉さまの誘導で石造りの階段を二階登る。「家捜ししても金目のものなんかないからね」

 もとより泥棒などするつもりはなかったが、それにしてもスルーフの部屋は質素だった。薄い布団の乗ったシングルベッドと、小さな丸テーブルにひとつだけの椅子。

 突然スルーフは指を立てる。つられてその指先を見ると古びたランプに突然ポッと火が灯った。

「えっ!? 今なにかした!?」

「え? 魔法だけど。サクラコの国ではあまり使わないの?」

 魔法!! そんなもの好景気と同意語だ。テレビの中にしか存在しない。

 私はその場に膝から崩れ落ちた。


 正直この瞬間まで、ものすごい過去か、ものすごい未来にタイムスリップでもしたのではないかと疑っていた。

 だがそんな程度じゃない。ここは私の知らない時間軸、異世界だかパラレルワールドだかは分からないがこの星のどこを探してもどれだけ時間が経過しても私の知ってる人はいないし、知ってる場所もない。


「座ってていいわよ」

 脱力したのを疲れているためと解釈したのか、スルーフが椅子を勧めてくれる。もう何も考えられない。

 這うように椅子に座っている間に、スルーフは金の鍵を取り出した。一見しては気付かなかったけど奥にもう一枚木戸がある。

「着替えてくるからちょっと待ってて」

 そう言って鍵を開けた扉の先、戸の隙間から見えたその様に、今度は目がくらんだ。

 この簡素な部屋とは全く逆に、きらびやかなドレスが何枚も並んでいるのが見えた。装飾の縁取りのあるおしゃれな鏡台も。

 そんな豪奢なウォークインクローゼットを見ても私は呆然と見ていた。

 魔法……魔法って……!


 次に出てきた時のスルーフはAラインの美しいドレスに身を包んでいた。

 上品な程度の光沢のある布地に袖には手縫いレースがたっぷりと縫い付けてあって、豪華かつエレガンス。先程まで着ていた使い込んだ地味な色合いのワンピースのときとはあまりにも違い、絶望していた私の思考回路が一時停止するほどに美しい。胸にはたくさんの宝石がアシンメトリーに並んだ金額が想像つかないネックレス。

「綺麗……お姫様みたい」

「お姫様だったらもう少し生活が楽なんだけどね」

 本人はカラカラと笑うが、最初にあった時のあの妖艶な雰囲気といいこの豪華さ美しさといい、おそるおそる聞くべきことがあった。

「あの……仕事って……」

「娼婦よ」

 やはりか。人を見た目で判断してはいけないというのは世の中の道理だが、見た目で得られる情報も多大にある。

 彼女は背を向けるようにしてベッドに腰を下ろした。

「さぁ、同じ髪型にしてより美しくしてちょうだい」


 日本髪を結う時ととても似ているので明治時代に流行した夜会巻。

 着物にもドレスにも合うし、アレンジもたくさんできるので一度覚えておくと便利だ。アップにまとめあげればうなじもセクシーでそれはもう夜の世界では映えることだろう。


 自分の髪からコーム、ヘアピン、髪飾りを取り、借りたブラシで美しいブロンドをまとめ上げる。スルーフの髪はシルクのようにつややかでしっとりとまとまり、ビジュウのついたボンネがよりキラキラと輝いて見えた。……これが百均の代物ではなく本物の宝石だったらそれはもうまばゆかっただろうに……。


「いいわね、素敵」手鏡を眺めながら彼女も満足そう。「それにしても早いわね」

「もう分かったと思うけど手順は簡単だから、次からは自分でできますよ」

「この足が何本もついた特殊な櫛のおかげね」これも百均なんですが。「この髪飾りはこのままいただいていいわね」

「もちろんです」

「値段はどう折り合いをつけようかしらね」

 彼女の目が意地悪っぽく笑ったが、こちらはもう心に決めていたことがある。

「私を泊めてください」

「泊めてくださいって……はぁ!? ここに!?」

「お金はいりません。髪飾り代金分の日数、私をこのまま置いてください」

「一緒に住むってこと!?」

「はい! お願いします!」

「だって……それって一体、何日分なのよ!?」

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