制御不能
この時のことは意外にもよく覚えている。
体と心がバラバラになった状態だった。
制御不能で暴れる体を俯瞰するように見ている心があって、止めなければと思っていても、体と繋がっていないために自分自身でも暴挙の様子を眺めているしかなかった。
黒い闇の力が全身にまとい、ゴォッという突風で瞬時にほとんどの人や物を吹き飛ばした。体重の軽いユカタとリプは一瞬で遠ざかっていく。
列柱廊の柱が一本ビキンと大きなヒビが入ったのち、ガラガラと音を立てて瓦礫と化した。
ルゥバは幸か不幸か自分の杖の細工が列柱廊の細工に引っかかって洗濯物のようになっていた。
「ゼラン様!! 後ろに!!」
イラールが剣で体を支えながらゼランをかばった。それとほとんど同時にゼランは風の障壁を作り、突風の力を逃しつつガードする。
「サクラコォ――!!」
ゼランの叫び声がうっすらと聞こえるが、返事をできるほど意識は保てていない。
そこに意外な人物が飛び出してきた。タースである。
「天帝に祈ろう!! 氷点の御心に守らせたまえ!!」
詠唱と共に大きな石のついたネックレスが光りを放ち、それとともに私の足元からビシバシと氷が這い上がってきて腰まで一気に氷結した。
「あぁ――っ!!」
氷の冷たさは刺さるような痛みとなり私は悲鳴を上げる。
私の気が削がれたおかげで闇の強風がわずかに弱まり、すかさずゼランが飛び出してくる。
「タース! お前いつから氷結魔法なんてできるようになった!?」
「俺の成長をみくびるなよ!」
「サクラコ少しの間だけ我慢しろ、今すぐ悪魔を取り出してやる!!」
彼の杖が強く白く輝き、私の胸にある闇の力がビクッと恐怖で存在を震わせた。
ゼランの魔力を温存しておいてほんとに良かった……
「天帝の天命を悪しき者にも悟らせたもう!! 御恩を!!」
――ピィ……ピイィィ――
耳をつんざく不愉快な高音の悲鳴。私の体の中で散々抵抗したようだったが、悪魔は圧倒的な光の力の前に引きずり出される。
塵のような存在がズルズルと胸から引きずりだされ、一方で再び私の体に戻ろうと不気味ののたうち回っているようだった。
「サクラコにはもう取り憑かせない!!」イラールが長剣とともに飛び出してきた。「ルゥバ様!! お力をお貸しください!!」
「は、はいっ!!」
長剣をまっすぐ塵の存在へ振りかざし
「て、天帝に祈ろう、めぐみを炎にて溢れん!!」
その剣にまとわせるような形でルゥバが業火をくべ、悪魔を私の体から分断した。
「これだけで終わると思うな!!」
その炎の剣を再び振り上げて
――ピイィ……ピグアァァァァ……――
おぞましい塵の塊を真っ二つに分断した。
だが一太刀で片がつく相手ではなかった。そもそもはっきりとした肉体もないのに刃物が致命傷になるとは思えない。
体が分裂しながらも、めいめい逃れようとする悪魔の片方をイラールは必死に剣を突き刺し動きを止めようとするがうまくいかない。
「先日の低級悪魔とはパワーが違うっ……!!」
「イ、イラール氏……!! そ、某、もういっぱいいっぱいですーっ!!」
「耐えてくれ!!」
だが耐えていたのは悪魔の方も同様で、剣で刺されていない片割れの塊が徐々にイラールのものと同じような剣に変化する。そして彼女に狙いを定めた。
危ないイラール!!
状況は見ていたが言葉は全く出なかった。自分の体を自分で動かせないというのは想像以上に恐ろしい事実だった。
塵の刃が彼女に飛び上がり向かっていったとき
「天帝に祈ろう!! 水をはぐくみ悪しき存在より守護せよ!!」
ゼランの叫びとともに水の壁が伸び上がり、イラールを黒い剣から守った。
「ゼラン様! 感謝します!」
だが足りなかった。水の壁を突き破ろうと塵がじわじわと侵入してくる。
「全くお前達は頼りないな!!」叫んだのはタースだった。「再び天帝に祈ろう!! 氷点の御心に守らせたまえ!!」
タースの呪文でゼランの水の壁がバキバキと氷結し、氷の壁へと変化した。これでは塵も身動きがとれない。
「とどめは頼む!!」
氷の壁の中からじわじわと塵の剣が押し出されてくる。
その時、小さな影が庭園の奥から走り戻ってきた。
「うちの孫になにすんだ!!」
おばあちゃん、もといリプである。
細く小さい剣ではあるがシャランと腰から抜刀すると、剣先を突き出しながら猪突猛進してきた。
「お前も俺の力が必要なようだな!!」
「タース!! 頼むよ!!」
「天帝の守りよ!! 風を溢れさせん!!」
タースの呪文とともに小さな竜巻ができると、それにリプを乗せ猪突猛進に拍車をかける。
「でえぇぇい!!」
「天帝のさとしめぐみを炎にて溢れん!!」
タースがさらに火魔法を加えて、リプの剣にも炎がまとわれた。
「孫の死目なんて見たくないよ!!」
短剣であったゆえに氷の壁を貫通している悪魔に的確に突くことができた。
――ピイアァァァァ……――
氷の壁の密室の中で、業火から逃れられず悪魔は燃え尽き、あとに残されたのは真っ黒な砂のようなものだった。
「こっちもだね!?」
流れるようにイラールが抑え込んでいるもう半身にも短剣の業火をくべた。
――ピィッ……キュアァアァァァ……――
耳障りな悪魔の断末魔を再び聞きながら、塵の塊は火の塊に変化しゴウゴウと燃えた。
「勝った! 勝った! 夕飯はドン勝だ!!」
リプが勝利に喜びぴょんぴょん跳ねている後ろで、ルゥバはその場で力尽きへたり込んだ。そして、元はにゃんこ先生だった砂とも灰ともつかない黒い砂塵を見つめ、呆然と見つめた。
「ウ、ウソみたいだろ。し、死んでるんだぜ。それで……」




